レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,068 / 1,503
第28章 予定された演習

誠のトラウマ

しおりを挟む
「そう言えば……誠ちゃんはなんで野球をやめたの?」

 ビールを飲みながらアメリアは突如何気ない調子で誠に語り掛けた。

「肩を壊したからに決まってるじゃないか。軟式だからあれだけ投げられるんだ」

 そう言ってカウラは微笑みを浮かべる。

 カウラの視線の先で誠はうなだれつつ話始めた。

「実は……僕……キャッチャーを殴ったんです……試合中に……それで公式の試合には出場できなくなったんです」

 誠の突然の告白にカウラとアメリアの表情が曇った。

「うちの高校……都立の進学実験校だったんで……ほとんどの生徒が帰宅部なんですよ」

 ビールのジョッキを手に誠は語り始めた。

「僕の居た野球部も3年が僕とキャッチャーで主将だった奴と二人っきり。2年と1年生を合わせても12人しか部員が居ないんです……しかも1年からほとんどの生徒が予備校に通ってるんでほとんど練習には出れないんです……練習試合もできない有様でしたから」

 暗い誠の表情に聞いてきたアメリアさえ少し寂しげな表情を浮かべていた。

「3回戦の日なんですけど……相手は……坂東ばんどう一高って言う学校でして……」

「坂東一高!その年の全国大会優勝校じゃないの!」

さすがに野球をやっているだけあってアメリアは全国大会出場確実な学校名ぐらいは知っていた。

「うちのキャプテンだったキャッチャーの奴がその日、大学の推薦入試の面接の日だったんです」

 誠はそう言って遠い昔のことのようにその光景を思い出していた。

「ずいぶんと悪趣味な日に面接の予定を入れるわね」

「そいつは海外留学経験があって夏季入試の日程に合わせて受験したからその日になったそうです。……その医大も9月入学のための入試が7月にあるんです」

「そう言えば……4月入学の国って同盟では東和と甲武くらいだものね」

 アメリアは納得したというようにシシトウを口に運んだ。

「知ってるよ。2番手キャッチャーのその日のパスボールが8個。他にも内外野のエラーが合わせて22個……5回コールド負けの試合で240球も投げたら肩もぶっ壊れるわな」

 かなめはラムを飲みながらそうつぶやいた。

「知ってたんですか?」

 少し驚いたような誠の顔を見てかなめはやさしく笑いかけた。

「一回戦は完全試合、二回戦は3安打失点0の『都立の星』の最期にしちゃあずいぶん間の抜けた話だってんで調べたんだ。あれだろ?キャッチャーの奴はその後、医科大学に進んで今じゃあ母校の監督をしてるって話じゃねえか……」

「ええ、アイツは……大学なんてどうでもいいって言ったんです。実際、その推薦入試は落ちて、その冬に都立医科大に受かってそっちに行きましたから。けど……僕には言えませよ、お前が居ないとゲームにならないなんて……アイツは医者になるつもりで高校に来てたんですから。野球をやりに来てたわけじゃありませんから」

 誠はうつむきながらジョッキに口を近づける。そんな仕草の中に少し感傷的になっている自分を感じていた。

「でも殴るなんて……」

「僕も自分で殴るなんて思っていなかったんです。パスボールを詫びに来た後輩を気が付いたら殴ってたんです。生まれて初めて人を殴ったのがそれです。でも、暴力はいけませんよね。即座に僕は退場になりました……それ以来野球はやっていないんです」

 アメリアに言われるまでも無い。それに誠はそれ以降も人を殴ったことは無かった。

「オメエが来るって聞かされて実は当時の映像を見たが……全国大会優勝チーム相手に外野まで飛んだ当たりがほとんど無かったのは事実だしな……キャッチャーがまともなら勝ちはしねえがいい試合になったろ」

 そう言うかなめの慰めの言葉も今の誠にはあまり意味は無かった。

「でも三振もほとんど取れませんでしたよ。やっぱり全国レベルの選手は違いますよね。ボールになるスライダーやフォークは見向きもしないし、カウントを取りに行ったストレートはセンター返しで、カーブは……いい勉強になりました。僕にはやっぱり勉強とプラモしかないのかなって……」

 そう言って誠はジョッキのビールを飲み干した。

「今回の演習……無事で済むといいな。秋には貴様のピッチングが見られるんだ」

 烏龍茶を飲みながらカウラがつぶやくのに合わせるようにアメリアがうなづいた。

「死なせねえよ……誰もな」

 かなめの力の入った言葉を聞きながら誠は静かにネギまを口にした。誠はそんなかなめに頼もしさを感じながら彼女が避けたレバーに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...