レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第23章 体力勝負の職場

期待のサウスポー

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「それじゃあ、西園寺。神前を貸すわ。投げ込みでもなんでもやってろ。アタシは隊長と話がある」

 そう言ってランはそのままグラウンドを立ち去った。それなりに運動をするふりをしていた隊員達の緊張が一気にほぐれた。

「はい、終了……昼まで三十分か……アメリア!オメエがキャッチャーやれ!」

 かなめはグラウンドの中央でやる気も無く談笑していた長身のアメリア・クラウゼ少佐に声をかけた。

 この部隊の売りは『福利厚生施設が充実している』と言うことで、どこからその資金をねん出したのか、ちゃんと別棟に『部室』まであるというよくわからないところがあった。

 中でも、かなめが監督を務める草野球同好会はかなり本格的で春と秋に地元の草野球チームとリーグ戦をやっているという話だった。

「え!またアタシ?うちのキャッチャーは本庄君じゃないの!」

 180㎝を超える身長の紺色の長い髪のアメリアがそう言ってかなめをその開いているのかどうかはっきりわからない糸目でにらみつけた。

「アイツはへぼだからダメ!オメエの方がキャッチングは上手いんだから!それにアイツはまた島田の指示で今度フルスクラッチする旧車の設計やってんだから……うちのクラブ活動の財政を支えてるのは島田の趣味の旧車のフルスクラッチなんだから……」

「分かったわよ……でも試合では『四番・サード』以外はやらないからね」

「分かってるって!」

 紺色の長い髪をなびかせながらアメリアはかなめの足元にある野球道具の山に向けて歩き出した。

「でも、いいんですかね。こんなに走ってるか野球やってるか遊んでるか……」

「いいんだよ。うちがすることが無いってことは平和ってこと。良いことじゃねえか」

 ようやく息を整えた誠はかなめからグラブと軟式のボールを受取るとそのままグラウンドの奥にある野球練習場に足を向けた。

「でも……僕、一回肩壊してますよ。良いんですか?僕がピッチャーで」

 誠は慣れない軟球を左手で握りながらかなめに尋ねた。

「これまでは先発は島田だったんだけど……あいつはカッとなるとわざとバッターに当てるから嫌われてんだよ。まあ、危険球退場になった後はカウラが投げるんだけど……カウラの守ってるショートの代わりが居ねえんだ。島田がセンターで、カウラがショートをやれば多少は守備もましになるだろうからな。万年Bクラスはいい加減卒業してえんだ」

 そう言いながらかなめはグラウンドの奥にあるマウンドに向かって歩いていった。

「じゃあ、とりあえずキャッチボールから」

 ホームベース上でアメリアはキャッチャーの防具をつけながらそう言ってミットを振る。

「軟球って……小学校以来触ったこと無いですよ」

 誠はそう言って背後で見守っているかなめ達に目を向けた。

「あんまりスナップ利かせると浮くからな……球が軽いから」

 そんなかなめの助言を聞きながら誠はゆっくりした球をアメリアに投げた。きっちりボールはアメリアのミットに収まる。それを何度か繰り返すとアメリアが腰を下ろし始めた。

「コントロールが良いのは分かった……本気で投げてみろ」

 かなめに言われて誠はマウンドの上で静かにグラブの中のボールを握りしめた。振りかぶり、高校時代を思い出して投げてみる。かなめの言う通り、軽い軟球は高めに浮いた。

「もうちょっと……落ち着いていいわよ。ワンバウンドしてもアタシ取るから」

 そう言って投げ返してくるアメリアに苦笑いを浮かべると今度は低めを意識して投げてみた。

「結構早いな……島田ほどではないが」

 カウラはそう言って納得したような顔をして誠を見つめている。

「そう言えば、神前。球種は何を投げられるんだ?」

 かなめは珍しくまじめな顔でそう尋ねてきた。

「一応、カーブとスライダー……スライダーは早いのと遅いのがあります。それと……一応フォークも」

「凄いのね!島田君なんかまっすぐと曲がらないカーブしかないのに」

 誠の体力に一人付き合ってへばっていたパーラの驚いた言葉に誠は少しうれしい気分になった。

「じゃあ、カーブ……どんな感じなんだ?」

「まあ、できるだけストレートと出所が同じような感じで投げるようにしてるんですが……結構落差は……自信があります。軟球だとどうなるかはわかりませんけど」

 かなめの問いに誠はそう即答した。

「じゃあ、投げろ」

 かなめに言われて誠はゆっくりと振りかぶった。誠の投げた球はまるで浮き上がった後ストンと沈むようにしてアメリアのミットに収まった。

「結構曲がるな……球速もストレートとかなり違う」

「これならいけるかな……『豊川』相手でも」

 カウラとかなめがささやきあうのを聞きながら『豊川』と言う謎の単語に誠は戸惑っていた。

「じゃあ、次はスライダー……じゃあ早いのから」

 そして何球かカーブを投げた後、かなめはそう言って誠の顔をのぞき見た。

「これはあんまり変化しませんよ」

「だろうな」

 誠はかなめの言葉に少しカチンときたがそのまま静かに振りかぶる。ストレートより若干遅い程度の球だったが、アメリアは思わず取り損なった。

「これ……打てないわよ」

 アメリアは足元に転がった軟球を拾うと誠に投げ返した。

「使えそうだな……じゃあ遅いの!」

「分かりました!」

 かなめに褒められてうれしくなった誠は高校時代を思い出しながら緩いスライダーを投げ込んだ。

 長身のアメリアの手元でワンバウンドした球にかなめは首をひねった。

「これは……使いどころが難しいな……アメリア!」

「そうね……じゃあ!もう一球!」

 アメリアの要求に少しムキになりながら誠は彼女の返球を受取った。誠はもう一度緩いスライダーを投げ込んだ。今度はストンと落ちるようにアメリアのミットに収まる。

「じゃあ、フォークだ」

 そう言うかなめの言葉を聞くと誠は受け取った軟球を左手で握りこんだ。アメリアはワンバウンドに備えて腰を落としてミットを構えている。誠は昔を思い出しながら投げ込む。投げられた球は明らかにバッターボックスの手前でワンバウンドしてアメリアのミットに収まった。

「使えねえな」

「ああ、これを振る馬鹿はいないだろ」

 かなめとカウラは多少その自覚のある誠に向けて冷たく言い放った。

 誠も久しぶりに投げる感覚にまだ慣れていないので苦笑いを浮かべつつかなめに目を向けた。

「とりあえず投げ込みが必要だな。しばらくはうちの正捕手の本庄はしばらくは残業続きだろうからアメリア相手に投げ込め。毎日50球。それがノルマ」

「そんな……うちって社会人野球でも始めるんですか?」

 かなめの非情な通知に誠は思わず反論していた。

「うちの所属しているリーグで28期連続優勝中の『菱川重工業豊川』は社会人野球経験者だけで構成されたチームだからな。プロのスカウトに引っかかったことのある選手も7人いる」

 そんなカウラの言葉に誠は青ざめた。

「そんなの相手にするんですか?無茶ですよ……」

「無茶だろうが何だろうがリーグがあって試合がある。だから常に勝利を求める!遊ぶ時も本気で遊ぶのがうちのルールなの!」

 かなめはそう言うと防具を外しているアメリアに目をやった。

「まあ……島田君みたいにファーボールで自滅したりしない分なんとかなるんじゃない?」

「そうだな。私が投げるとショートがいないからな。神前は左利きだからショートはできないだろうし」

 二人の言葉に誠はグラブを外しながら何のためにここに来たのかよくわからない気持ちになっていた。
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