レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,012 / 1,503
第8章 医務室の天使

ポエマーひよこ

しおりを挟む
 運航部に向かう廊下を左に曲がると、そこには小さな白い看板に明らかに女性の書いた筆文字で『医務室』と書かれているのが目に入ってきた。

「ここだ」

 島田はそう言うと咳払いをして扉を開いた。

「ひよこちゃん!居るー?」

 彼は軽い調子でそう言って医務室の中に誠を案内した。

「失礼しまーす」

 誠は仕方なく島田に続いて医務室に入った。

 医務室の中はまるで中学高校の保健室のように、白いパーテーションが目に付く明るい壁紙の張られた部屋だった。

「はーい」

 パーテーションの奥から出てきたのは、小柄なカーリーヘアーの髪の『少女』だった。

「こいつが今度来た……」

「誠さんですよね!私も苗字が『神前』なんですよ!奇遇ですね!」

 小柄な実働部隊の夏季勤務服姿のひよこが誠の目の前に飛び出してくる。その勢いに押されて誠は思わずのけぞった。

「ごめんなさい……大丈夫ですか?」

 ひよこは正直、『かわいい』感じだった。年齢は幼く見えるが、看護師と言うことは短大か専門学校は出ているはずなので二十歳ぐらいと言う所だろうか。誠はなんとなくうれしくなって彼女のまん丸の瞳に恐る恐る目を向けた。

 照れている誠の顔をどんぐりのような丸い瞳が見つめてくる。思わず誠はこれまでの女性陣には感じたことのないときめきを感じながら頭を掻いた。

「神前ひよこさんですよね?」

「はい!神前ひよこです。今年の春からこの実働部隊にお世話になってます」

 そう言って笑いかける幼く見える姿を見て誠は思わず頬を赤らめた。

「こう見えても東和陸軍医療学校の看護学科卒の正看護師だぞ!まあ、包帯を巻くのは……うちの兵隊の方が得意だけど」

「すみません……」

 島田が口を滑らすとすぐにひよこは落ち込んだように首を垂れた。

「いやあ!うちも若いのが多いから!前のおばちゃんが定年で辞めたからどんな人が来るかなーとか言ってて!そこにひよこちゃんみたいなかわいい子が来て!……」

「でも……私……新米だし……経験もあまり……」

「関係ないから!経験とか無くていいから!」

 いじけるひよこと焦る島田の掛け合いが繰り広げられる。そのコンビに誠はただ何も言えずにたたずんでいた。

 次の瞬間、誠は背後に視線を感じて振り返った。

 ドアの隙間から整備班の制帽の白いつばがいくつも覗いているのが見えた。

「島田先輩……あの人達……」

 ひよこに愛想笑いを続けている島田に誠は思わず声をかけた。

「言っとくぞ神前。オメエが下手にひよこに手を出すと……血を見るぞ……ひよことオメエの部隊の小隊長はコアなファンが多いからな」

「小隊長って……カウラさん?コアなファンって……」

 島田は誠の耳にそうささやくと頭を掻きながら部屋の扉に向かった。

「じゃあ、ごゆっくり!」

 整備班の野郎共の敵意の視線を浴びながら、誠は明らかにひよこを意識している島田の背中を見送った。

『オメエ等!覗きは犯罪だぞ!詰まらねえことしてるくらいならランニング!グラウンド10週!走れ!』

 医務室の外で島田の叫びがこだました。

「誠さん……」

 島田を見送った誠のすぐそばにいつの間にかひよこが立っていた。

 誠はひよこのふわふわした黒髪に視線を送る。思わずその肩に手を伸ばしてもいいんじゃないかと言う妄想にとらわれそうになった時、ひよこは一冊の本を誠に手渡した。

「あの……」

「これ、私のポエムなんです……読んでくれますか?」

「ポエム……」

 文系科目まるでダメの誠には歌心などあるはずもない。これまで付き合った女性も理系女子だった誠にとって初めて見るポエムノートは不思議なものに思えた。

「ポエム……詩……歌……」

 独り言をつぶやきながら誠はそのポエムノートの表紙を開いた。

 あまりうまくないウサギとタヌキのようなものが描かれた裏表紙に誠は少し嫌な予感を感じていた。

 次のページには確かに詩が書いてあった。

『夏の風……少し暑い日々……夏の風……生き物を育てる風……夏の風……』

 硬直しながら誠はひよこのポエムを黙読した。正直、誠にはよくわからなかった。

「どうですか?」

「まだ一ページしか読んでないんですけど……」

 誠がそう言うと、ひよこは明らかに落胆したような表情を浮かべる。

「いや!僕は国語がまるでダメだから!漢字が読めるだけで!詩とか、歌とか全然わからないんだ!うん!」

「わからないんですね……伝わらないんですね……私……」

 明らかに落ち込んでいるひよこに誠はただ苦笑いを浮かべていた。

 そして、誠に分かったことは、ここは長居は無用だということだった。

「ごめんね……僕は他にも挨拶をしなきゃなんないところがあるから!」

 さわやかお兄さんを演出しつつ、誠はそのまま医務室の扉に手をかけた。

「誠さん!頑張ってくださいね!」

 また明るくなったひよこの声を聴いて誠は確信した。彼女はかなり躁鬱激しい詩的少女なのだと。

 誠はひよこに見送られて医務室を後にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...