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第2章 落ちこぼれが出会った『ちっちゃい英雄』
『特殊な部隊』への誘い(いざない)
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「遼州同盟会議・遼州同盟司法局 実働部隊 機動部隊、第一小隊に配属する……ってなんだよ、遼州同盟司法局って?」
神前誠少尉候補生は目の前の配属辞令を手にして、一人ブツブツつぶやいていた。
周りに人がいないのを確認すると、再びそれを読み上げる。
「遼州同盟司法局……司法局って何?」
誠は『司法』と聞いて『司法試験』を思い出す。
『司法試験』と言えば『弁護士』を思い出す。
『弁護士』と言えば『サスペンスドラマ』で犯人を追い詰める人だと思った。
誠は大卒のわりに社会常識の欠如した偏差値教育の生み出した『理系脳』の持ち主だった。
「公務員で『司法』関係者と言えば『警察』か『裁判所』じゃん。どっちもパイロットはいらないと思うんだけどな……」
そう言って誠は周りを見回した。
朝の出勤時間と言うこともあり、通り過ぎる人も少なくはない。それでも誠を気にかけることなく、大柄の誠をかわして自動ドアを出たり入ったりしていた。
誠は再び辞令に目をやった。
「それに、実働部隊……って……『実働』って何?意味が分かんないんですけど」
そう言いながら誠はただ困惑していた。
「東和共和国宇宙軍総本部の人事課まで、出てこいって言われて、来たのに。辞令を渡されて地下三階の駐車場入り口で女の人が迎えに来るから待ってろって言われても……」
誠は先ほどの東和宇宙軍の総本部の人事課の中での出来事を思い出しながら独り言を続けた。
「それに、人事の担当者の司法局実働部隊は『特殊な部隊』だって説明……なんだよ、それ。『特殊な部隊』って」
そんな誠の愚痴は続いた。
「『「特殊部隊」ですか?』って聞いたら『「特殊部隊」じゃなくて、「特殊な部隊」だよ』って……なんで、『な』が入るんだよ……エロゲか?嫌いじゃないけど。僕はパイロットじゃなくて、絵がうまいからキャラデザインで呼ばれたのか?あのスダレ禿の眼鏡の人事課長の大尉……木刀があったら、ぼこぼこにしてやったのに……」
今、誠がいるのは地球から一千光年以上離れた植民第24番星系、第三惑星『遼州』。そこに浮かぶ火山列島は『東和共和国』と呼ばれていた。
その首都の『東都』の都心。そこにたたずむ赤レンガで知られる建物が東和宇宙軍総本部だった。
地下三階駐車場。目の前には駐車場と言うだけあり、どこを見ても車だらけ。9時の開庁直後とあって、車の出入りが激しく、呆然と立ち尽くす誠の横を人が頻繁に本部建物と駐車場の間を行き来している。
そんな中、神前誠少尉候補生は呆然と一人、利き手の左手に辞令、右手に最低限の身の回りの荷物を持って立ち尽くしていた。
7月半ば過ぎ。そもそも大学卒業後、幹部候補教育を経てパイロット養成課程を修了した東和宇宙軍の新人パイロットが、この時期に辞令を持っていることは実は奇妙なことだった。
前年の3月から始まる大卒全入隊者に行われる幹部候補教育は半年である。その後、志望先に振り分けられ、各コースで教育が行われるわけだが、パイロット志望の場合はその期間は一年である。
本来ならばその時点、6月に配属になるのだが、そもそも人手不足のパイロットである。教育課程の半年を過ぎたあたりから、見どころのある候補生は各地方部隊に次々と引き抜かれていく。一人、一人と減ってゆき、課程修了時点では全志望者の半数が引き抜きで消えていく。それが普通なら6月の出来事である。
普通ならそこで残った全員の配属先が決まる。それ以前に東和軍の人事の都合上、その時点ですでに配属先は決まっていて、個別の内示などがあるのが普通である。実際、誠の同期も全員が教育課程修了後、各部隊へと散っていった。
しかし、誠にはどの部隊からも全くお呼びがかからなかった。
教育課程の修了式で教官から誠が伝えられたのは、『自宅待機』と言う一言であった。
誠にもその理由が分からないわけではなかった。
誠は操縦が下手である。下手という次元ではない。ド下手。使えない。役立たず。無能。そんな自覚は誠にもある。
運動神経、体力。どちらも標準以上。と言うよりも、他のパイロット候補生よりもその二点においては引けを取らないどころか絶対に勝てる自信が誠にもあった。
しかし、兵器の操縦となるとその『下手』さ加減は前代未聞のものだった。すべてが自動運転機能で操縦した方が、『はるかにまし』と言うひどさ。誠もどう考えても自分がパイロットに向いているとは思えなかった。
それ以前に誠には生きていくには不都合な癖があった。それは『乗り物酔い』である。
最悪『ゲロを吐く』と言う結果が多くあった。当然のように小さいころから『乗り物』に酔う傾向が強かった。パイロット養成課程に進んだ後にもその症状は悪化を続けた。遼州星系では一般的なロボット兵器『アサルト・モジュール』に至っては、最初のうちは見ただけで吐くというありさまだった。
それなのに、なぜかトラックの運転は得意だった。クレーンも得意。パワーショベルなどの特殊重機の操縦も得意だった。クレーンのワイヤーを結ぶ技術である『玉掛け』の資格もある。指導の教官から『港湾関係の仕事ならすぐできる』と太鼓判を押されたほどのものだった。
操縦する機体に載っているのが荷物なら何でもないが、人が乗っているとまるで駄目だった。胃がしくしく痛み、運転どころではなくなる。トラックもバスも自家用車も、確実にハンドルを誤ったりして。めちゃくちゃである。自動車の免許は軍の入隊時に取ったが、完全なペーパードライバーである。
その結果、同期のパイロット候補達は誠を『胃弱君』と呼んで、完全に馬鹿にしていた。幼稚園時代からのその『胃弱の呪い』は、見た目はさわやかなスポーツマン風の誠から友達と彼女を奪い続けることになった。
そんな『乗り物に乗ることすら無茶』な誠である。
東和共和国宇宙軍に入隊して以来、誠は『胃薬』と『乗り物酔い止め』が手放せなくなった。
神前誠少尉候補生は目の前の配属辞令を手にして、一人ブツブツつぶやいていた。
周りに人がいないのを確認すると、再びそれを読み上げる。
「遼州同盟司法局……司法局って何?」
誠は『司法』と聞いて『司法試験』を思い出す。
『司法試験』と言えば『弁護士』を思い出す。
『弁護士』と言えば『サスペンスドラマ』で犯人を追い詰める人だと思った。
誠は大卒のわりに社会常識の欠如した偏差値教育の生み出した『理系脳』の持ち主だった。
「公務員で『司法』関係者と言えば『警察』か『裁判所』じゃん。どっちもパイロットはいらないと思うんだけどな……」
そう言って誠は周りを見回した。
朝の出勤時間と言うこともあり、通り過ぎる人も少なくはない。それでも誠を気にかけることなく、大柄の誠をかわして自動ドアを出たり入ったりしていた。
誠は再び辞令に目をやった。
「それに、実働部隊……って……『実働』って何?意味が分かんないんですけど」
そう言いながら誠はただ困惑していた。
「東和共和国宇宙軍総本部の人事課まで、出てこいって言われて、来たのに。辞令を渡されて地下三階の駐車場入り口で女の人が迎えに来るから待ってろって言われても……」
誠は先ほどの東和宇宙軍の総本部の人事課の中での出来事を思い出しながら独り言を続けた。
「それに、人事の担当者の司法局実働部隊は『特殊な部隊』だって説明……なんだよ、それ。『特殊な部隊』って」
そんな誠の愚痴は続いた。
「『「特殊部隊」ですか?』って聞いたら『「特殊部隊」じゃなくて、「特殊な部隊」だよ』って……なんで、『な』が入るんだよ……エロゲか?嫌いじゃないけど。僕はパイロットじゃなくて、絵がうまいからキャラデザインで呼ばれたのか?あのスダレ禿の眼鏡の人事課長の大尉……木刀があったら、ぼこぼこにしてやったのに……」
今、誠がいるのは地球から一千光年以上離れた植民第24番星系、第三惑星『遼州』。そこに浮かぶ火山列島は『東和共和国』と呼ばれていた。
その首都の『東都』の都心。そこにたたずむ赤レンガで知られる建物が東和宇宙軍総本部だった。
地下三階駐車場。目の前には駐車場と言うだけあり、どこを見ても車だらけ。9時の開庁直後とあって、車の出入りが激しく、呆然と立ち尽くす誠の横を人が頻繁に本部建物と駐車場の間を行き来している。
そんな中、神前誠少尉候補生は呆然と一人、利き手の左手に辞令、右手に最低限の身の回りの荷物を持って立ち尽くしていた。
7月半ば過ぎ。そもそも大学卒業後、幹部候補教育を経てパイロット養成課程を修了した東和宇宙軍の新人パイロットが、この時期に辞令を持っていることは実は奇妙なことだった。
前年の3月から始まる大卒全入隊者に行われる幹部候補教育は半年である。その後、志望先に振り分けられ、各コースで教育が行われるわけだが、パイロット志望の場合はその期間は一年である。
本来ならばその時点、6月に配属になるのだが、そもそも人手不足のパイロットである。教育課程の半年を過ぎたあたりから、見どころのある候補生は各地方部隊に次々と引き抜かれていく。一人、一人と減ってゆき、課程修了時点では全志望者の半数が引き抜きで消えていく。それが普通なら6月の出来事である。
普通ならそこで残った全員の配属先が決まる。それ以前に東和軍の人事の都合上、その時点ですでに配属先は決まっていて、個別の内示などがあるのが普通である。実際、誠の同期も全員が教育課程修了後、各部隊へと散っていった。
しかし、誠にはどの部隊からも全くお呼びがかからなかった。
教育課程の修了式で教官から誠が伝えられたのは、『自宅待機』と言う一言であった。
誠にもその理由が分からないわけではなかった。
誠は操縦が下手である。下手という次元ではない。ド下手。使えない。役立たず。無能。そんな自覚は誠にもある。
運動神経、体力。どちらも標準以上。と言うよりも、他のパイロット候補生よりもその二点においては引けを取らないどころか絶対に勝てる自信が誠にもあった。
しかし、兵器の操縦となるとその『下手』さ加減は前代未聞のものだった。すべてが自動運転機能で操縦した方が、『はるかにまし』と言うひどさ。誠もどう考えても自分がパイロットに向いているとは思えなかった。
それ以前に誠には生きていくには不都合な癖があった。それは『乗り物酔い』である。
最悪『ゲロを吐く』と言う結果が多くあった。当然のように小さいころから『乗り物』に酔う傾向が強かった。パイロット養成課程に進んだ後にもその症状は悪化を続けた。遼州星系では一般的なロボット兵器『アサルト・モジュール』に至っては、最初のうちは見ただけで吐くというありさまだった。
それなのに、なぜかトラックの運転は得意だった。クレーンも得意。パワーショベルなどの特殊重機の操縦も得意だった。クレーンのワイヤーを結ぶ技術である『玉掛け』の資格もある。指導の教官から『港湾関係の仕事ならすぐできる』と太鼓判を押されたほどのものだった。
操縦する機体に載っているのが荷物なら何でもないが、人が乗っているとまるで駄目だった。胃がしくしく痛み、運転どころではなくなる。トラックもバスも自家用車も、確実にハンドルを誤ったりして。めちゃくちゃである。自動車の免許は軍の入隊時に取ったが、完全なペーパードライバーである。
その結果、同期のパイロット候補達は誠を『胃弱君』と呼んで、完全に馬鹿にしていた。幼稚園時代からのその『胃弱の呪い』は、見た目はさわやかなスポーツマン風の誠から友達と彼女を奪い続けることになった。
そんな『乗り物に乗ることすら無茶』な誠である。
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