レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
993 / 1,505
第28章 終戦と別れ

別れ

しおりを挟む
「ホプキンスさん! 」 

 そう言って司令部の入り口から飛び出してきたのはキーラだった。かつて彼女とであったときに感じた違和感はそこには無かった。神に逆らう所業と言う既成概念が消えていたことにクリスは少しばかり驚いていた。

「どうしました? 」 

 クリスのぼんやりとした顔に、キーラは眉間にしわを刻んだ。

「どうしたのじゃないですよ! 聞きましたよ、明日出られるそうですね 」 

 白いつなぎに白い肌、そして短い白い髪がたなびいている。

「ああ、ハワードさんちょっと話があるんで…… 」 

「そうですね。シャムちゃん! ちょっと熊太郎と一緒に写真を撮らせてもらってもいいかな? 」 

 楠木とハワードは気を利かせて嬉しそうに二人を見つめるシャムと熊太郎をハンガーの方へと誘導する。

「クリスさん…… 」 

 言葉にならない言葉を、どうにか口にしようとするキーラ。クリスも彼女のそんな様子を見て声を出せないでいた。

「たぶん、これから二式の整備で手が離せなくなるんで…… 」 

 そう言いながらくるりと後ろを向くキーラ。クリスは彼女の肩に手を伸ばそうとするが、その手がキーラの肩にたどり着くことはない。

「そうですよね。帰還したばかりだけど西部での戦闘は続いている以上、常に稼動状態でないとこの基地を押さえた意味がないですよね 」 

 クリスの言葉に、キーラは何か覚悟を決めたように振り向く。

「ジャコビンさん! 」 

 名前を呼ぶクリスの胸にキーラは飛び込んでいた。

「何も言わないでいいですよ。何も言わないで 」 

 キーラはクリスの胸の中でそう言うと、ただじっとクリスの体温を感じていた。

「帰ってくるん……いえ、また来てくれますよね 」 

 ゆっくりと体を離していくキーラを離したくない。クリスはそう感じていた。初めてであったときからお互いに気になる存在だった。それなりに女性との出会いもあったクリスだが、キーラとのそれは明らかに突然で強いものだったのを思い出す。

「いえ、また帰ってきますよ 」 

 そう言って笑う自分の口元が不器用に感じたクリスだが、キーラはしっかりとその思いを受け止めてくれていた。次々と通り過ぎる北兼の兵士達も彼らに気をきかせてかなり遠巻きに歩いてくれている。

「それじゃあ、これを…… 」 

 クリスはそう言うと自分の胸にかけられていたロザリオをキーラに手渡した。

「これはお袋の形見でね 」 

 クリスの手の中できらめく銀色のロザリオ。キーラはそれを見つめている。思わず天を仰いでいた自分に驚くクリス。そんな純情など残っていないと思っていたのに、キーラの前では20年前の自分に戻っていることに気付いた。

「そんな大切なものを私がもらって…… 」 

「大切だから持っていてもらいたいんだよ。そして必ず返してくれよ 」 

 クリスの言葉に、キーラはしっかりとロザリオを握って頷いた。

「わかりました……でもクリスさんに返しても良いんですか? 本当に受け取ってくれますか? 」 

 いたずらっぽい笑みを浮かべるキーラに頭を掻くクリス。

「大丈夫さ、きっちり取り返しにくるさ 」 

 そう言ってキーラがロザリオを握り締めている両手をその上から握り締めるクリス。

「キーラ! 早く来てよ! とりあえず機体状況のチェックをするわよ! 」 

 小さな上司、許明華が手を振っている。お互い明華を見つめた後、静かに笑いあったクリスとキーラ。

「ったく! チビが野暮なことするなよ! 」 

「楠木大尉! そんなこと言ってもあんな二人見てたら邪魔したくなるじゃないですか 」 

 無粋な明華をしかりつける楠木。ハワードは気がついたようにクリスとキーラにシャッターを切った。

「ハワード! あんまりつまらないことするなよ! 」 

「何言ってるんだ。俺とお前の仲じゃないか! 」 

 そう言ってシャッターを切る続けるハワード。さらに司令部から出てきたセニア達パイロットや伊藤までもが生暖かい視線を二人に送ってくる。

「じゃあ、ホプキンスさん! 」 

 交錯する視線に耐えられなくなったキーラがそのまま明華の方に走り出した。

「必ず返してくれよ! 」 

 そう叫ぶクリスに向けて、キーラは右手に持ったロザリオを振って見せた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...