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第26章 決戦の端緒

ナイトシリーズ

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「クリスさん、行きますよ 」 

 そう言うとシャムはパルスエンジンに火を入れた。軽い振動の後、静かに周りの風景が落ち込んでいく。

「高度は百メートル以下にしろ! 上空の東和空軍機に捕捉されると面倒だ 」 

 セニアの声を待つまでも無く、クロームナイトは北兼台地に向かう渓谷を滑るようにして飛び始めた。

「ナイトシリーズか。さすが遼南の盾と呼ばれた機体だ 」 

 クリスはすでに巡航速度に達している加速性能に感心しながら前を向いているシャムを後ろから眺める。

「質問、いいかな? 」 

 つい文屋魂で、息を整えながら操縦棹を握っているシャムに声をかけた。

「うん、まだブリーフィングとか言うお話会で教わった地点まで時間が有るから大丈夫だよ 」

 シャムは振り向いてそう言った。

「なんで君は戦うんだ? たぶん嵯峨中佐は君には難民と一緒に避難するようしつこく迫ったはずだ。だけど君は今ここにいる。もう戻ることは…… 」 

「友達だから 」 

 言葉をつむぐクリスをさえぎるようにしてシャムは笑顔を浮かべてそう言った。

「もう一人ぼっちになりたくないんだ。熊太郎がいて、隊長がいて、セニアがいて、飯岡さんがいて。みんながいるからあたしはここにいる。もう一人ぼっちなんて嫌だから 」 

 そう言い切ったシャムはにこりと笑うと漆黒の渓谷へと目を移した。レーダーには後続の二式の反応が映し出される。高高度にはいつものように東和空軍機がへばりついてきていた。

「東和の偵察機か 」 

 苦々しくクリスはそうつぶやいた。東和空軍は常にこの戦いを監視すると宣言している。遼南中部以北に飛行禁止区域を設定し、航空戦力の使用に対し実力行使も辞さないという状況は人民軍にも共和軍にも利もあれば害もあった。たとえばこうして限られた戦力で攻撃をかけると言う状況においては、非常にその害の部分が浮き彫りになる。

 東和空軍の偵察機のデータを盗み見ることくらい、共和軍に鞍替えした吉田俊平少佐には容易いことだろう。彼は十分にこちらの手の内を知った上で迎撃体制を整えることができる。そう思いながらクリスは見えもしない東和空軍の偵察機を見上げた。

 突然割り込みの通信が入り、クロームナイトの全周囲モニタにウィンドウが開いた。にやけた表情の青年将校、嵯峨中佐の姿が大写しにされる。

「はい、皆さんご苦労さんですねえ 」 

 そう言いながら頭を掻く嵯峨。クリスはあっけに取られて画面の中の嵯峨の顔を見つめた。頬のあたりに赤いシミがある。良く見ればそれはどす黒い新鮮な血液だった。嵯峨も気付いているようで左腕で拭おうとするが、その左の袖にも大量の黒いシミが浮かんでいた。

「隊長? 」 

 シャムはウィンドウの中の嵯峨に目を奪われた。

「さて、共和軍の皆さん。あんたらの大将のエスコバル大佐はお亡くなりになりましたよ 」 

 嵯峨はあっさりとそう言うと、隣から手渡された焼酎の小瓶を口に含んだ。

「まあ、現在共和国大統領府が後任の人事を急いでいますが、まあどれほど人材があるのかは俺の知ったことじゃ無いんでね 」 

 そう言うとにんまりと笑う嵯峨の目に浮かぶ狂気をクリスは背筋の凍る思いで見つめていた。

「吉田の旦那。あんたも雇い主がおっ死んだと言うのにご苦労なことですねえ。確かにここで白旗上げればあんたの傭兵としての命脈が尽きると言う理由で戦う。仕事とは言え同情しますよ 」 

 嵯峨は明らかのこの状況を楽しんでいる。クリスは確信した。

「腕と勇名があんたクラスの傭兵になると給料の査定に響く話だ。飼い主がくたばった後でもその尻拭いもせずに引き下がったとなれば、どの武装勢力も民間軍事会社もあんたを買ってくれなくなる 」 

 そう言って嵯峨は再び焼酎の小瓶を傾ける。

「まあ、降伏しろとは言わねえよ。だが頭は使っておくほうがいいな 」 

 嵯峨の表情はまるで子供のそれだった。悪戯好きの子供がまんまとわなにはまった教師を見下すような表情で彼は話を続ける。

「そう言うわけなんで、俺の部下の皆さんは空気読んで適当に暴れてこいや 」 

 それだけ言うと突然振り向いて歩き出す嵯峨。さらに誰も映っていない状態でウィンドウだけが開いている。

「あれ? まだ回ってるの? ちゃんと切っといた方が…… 」 

 中途半端なところでウィンドウは閉じた。クリスはただ呆然とその光景を眺めていた。

「なんだよ、空気を読んで暴れろって? 」 

 クリスの言葉に振り返ったシャム。その表情には不思議な生き物を見つけたような大きな目が輝いていた。

『迎撃機上がった! 三機……まだ増える! 』 

 セニアの声がコックピットに響いた。

「ちょっと揺れるけど我慢してね 」 

 シャムはそう言うとさらに加速をかける。クロームナイトの重力制御コックピットにより、マイルドに緩和されたGがクリスの全身を襲う。

『シャム! そのまま無視して突っ込め! 吉田が出てくるはずだ 」 

 セニアの指示に頷くシャム。モニタの中の点のように見えた共和軍のM5が急激に大きくなる。朝焼けの光の中、そのいくつかが火を放った。次の瞬間、振動がクリスを襲う。

「直撃? 」 

「違うよ! 」 

 そのままシャムは速度を落とすことなく、滞空しているM5をかわして突き進む。

『敵機、さらに五機出てきた! 御子神とレム、ルーラはシャムに続け! 私と飯岡と明華で先発隊は落とす 』 

『じゃあ私達は御子神中尉についていきますよ』 

 指示を出すセニア。その言葉に続いて進む東モスレム三派のシン少尉、ライラ、ジェナン。

「クリスさん。また揺れるよ 」 

 そう言うと同じように五つの豆粒が急激に拡大し、そこから発せられた光の槍をかわすようにしてクロームナイトは進む。クリスはただ敵基地を目指し突き進むシャムの背中を見ながら黙り込んでいた。

「ここから! 一気に落とすよ! 」 

 シャムはそう言うと再び視界のかなたに現れた五つの点に向けて加速をかける。抜いた熱式サーベルを翳して、そのまま制動をかける。シャムの急激な動きについていけない敵のM5の頭部が、そのサーベルの一撃で砕かれた。

「邪魔しないでよ! 」 

 クロームナイトの左腕に仕込まれたレールガンの一撃が、モニターを失い途方にくれる敵機のコックピットに吸い込まれた。そして爆炎がその後ろからライフルを構える二機目のM5の視界の前に広がった。

「そこ! もらうよ! 」 

 シャムは視界にさえぎられて慌てて飛び出した二機目のM5の胴体にサーベルをつきたてる。そしてそのままパルスエンジンでフル加速をかけ、串刺しにされたM5を中心にして一回転した。クロームナイトの背中に張り付いていた敵のM5の大口径レールガンの火線はシャムの機体ではなく、友軍のM5のバックパックに命中して火を噴いた。
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