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第20章 決戦前日
ゲリラ狩り
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「そう言えば伊藤中尉 」
クリスは消えていく別所を見つめながら仕事に向かおうとする伊藤に声をかけた。伊藤は不思議そうにクリスの顔を見る。
「作戦会議に出た人達が見慣れない集団を見たと言うことなんですが…… 」
そのクリスの言葉に政治将校伊藤隼中尉の顔が険しくなる。
「それはノーコメントで 」
ある程度予想できた話だと思いながら本部に降りていく伊藤に続いた。シャムもまたクリスの後に続く。彼女に付き従う熊太郎をハワードがしきりに撮影していた。
「胡州陸軍外事憲兵隊ってご存知ですよねえ 」
坂を下りきったところでとぼけたように伊藤が言った。クリスは軽く首を横に振った。伊藤はそれが嘘だと分かっていると言うように笑顔でクリスを見つめた。知らないわけが無かった。遼南は先の大戦が始まる以前も東モスレムの分離独立運動。遼北の反政府ゲリラ活動。そして南部のシンジケートによる裏社会などの不安定要因を抱えていた。
その活動はゲルパルト・胡州・遼南の三国枢軸の戦況の分析が悲観的なものとなり始めたとき、一気に噴出することとなった。遼南の武装警察のふがいなさに遼南は胡州に対テロ特殊部隊の派遣を要請した。それが当時の遼南方面軍司令部付き憲兵嵯峨惟基憲兵少佐であり彼に与えられた特殊部隊、外事憲兵隊、通称『外憲 』だった。
組織の切り崩しや潜入作戦を得意とする彼らの非道な作戦行動は一定の成果を上げた。北天を牙城とする人民軍の要請を受けつつも遼北が参戦を渋ったのは彼らにより直接指導可能なゲリラ組織が数多く殲滅されたことがきっかけとさえ言われる部隊。
伊藤が彼らの名を口にした事はクリスにとって重要なことだった。
『ゲリラ殺し』の名を受けた彼らが今再び嵯峨を迎えて動き出していることを知りながら政治将校である伊藤がそれを暗示させる発言をしていると言う事実を北天の上層部が知れば重大な裏切り行為とでも言える話だった。
「知らないことがいいこともあるということですよ 」
クリスの方を見ながら伊藤は笑った。そんな言葉を聞いたあと先ほどまで立っていた嵯峨を探してみた。
「そう言えば嵯峨中佐はどこいったんですか? 」
不意に消えたくたびれた中年男の存在感の喪失。だが伊藤は表情を一つとして変えない。
「さあ…… 」
伊藤はそれだけ言うとクリス達を置き去りにして本部のビルへと消えていった。
クリスはそのままシャムと一緒にハンガーに向かった。主がどこかへ行ったと言うのにカネミツの組上げが急ピッチで進んでいる。二式の周りでは出動を前にした緊張感を帯びた整備兵が走り回っている。
「忙しいねえ 」
シャムは熊太郎の喉を撫でながらその様子を見つめている。ハワードは整備員の邪魔にならないように注意しながら写真を撮り続けていた。
「あ、ホプキンスさん! 」
ただ立っているだけのクリスに話しかけてきたのはキーラだった。
「大丈夫ですか? かなり忙しいみたいですけど 」
クリスの言葉にキーラは疲れたような面差しに笑みを浮かべた。
「まあ戦場に向かえる状態に機体を整備するまでがうちの仕事ですから」
そう言うとクリスの隣に立ってハンガーを眺めていた。パイロット達の姿は無い。詰め所にいるのか仮眠を取っているのかはわからなかった。
「決戦ですかね 」
クリスの言葉にキーラは頷いた。
「吉田少佐が指揮権を引き継いだと言ってもすぐに納得できる兵士ばかりじゃないでしょう。それにこの一週間の間、難民の流入による交通の混乱で資材の輸送が混乱していると言う情報もありますから 」
キーラの言葉でクリスは何故嵯峨がこの基地を留守にするのかがわかった。情報戦での優位を確信している吉田はすでに嵯峨が不穏な動きをしている情報は得ていることだろう。だからと言って打って出るには資材の確保が難しい状態である。必然的に北兼軍の動きを資材の到着を待ちながら観察するだけの状態。今のようなにらみ合いの状態が続き北兼台地の確保の意味が次第に重要になっていく状況でもっとも早く戦況を転換させる方法。そして嵯峨がもっとも得意とする戦い方。
それはバルガス・エスコバル大佐の殺害あるいは身柄の確保である。
難民に潜ませた『バレンシア機関 』の工作員がこの基地の情報を吉田に報告しているだろうと言うことはこの基地の誰もが知っていたことだ。そして壊滅させられた右派傭兵部隊の壊走にまぎれて北兼も対抗して工作員を紛れ込ませていることも吉田も当然知っているだろう。
敵支配地域に尖兵を送り、協力者を通じて潜入、作戦行動を開始する。クリスはこの一連の行動が嵯峨の最も得意とする作戦であることに気付いていた。
「要人暗殺、略取作戦…… 」
そうつぶやいたクリスを不思議そうに見るキーラ。
「出撃は明朝ですよ。休んでおいたほうがいいんじゃないですか? 」
キーラの言葉を聞くとクリスはとりあえず本部に向かう。シャムは黙ってクリスを見送った。
クリスは消えていく別所を見つめながら仕事に向かおうとする伊藤に声をかけた。伊藤は不思議そうにクリスの顔を見る。
「作戦会議に出た人達が見慣れない集団を見たと言うことなんですが…… 」
そのクリスの言葉に政治将校伊藤隼中尉の顔が険しくなる。
「それはノーコメントで 」
ある程度予想できた話だと思いながら本部に降りていく伊藤に続いた。シャムもまたクリスの後に続く。彼女に付き従う熊太郎をハワードがしきりに撮影していた。
「胡州陸軍外事憲兵隊ってご存知ですよねえ 」
坂を下りきったところでとぼけたように伊藤が言った。クリスは軽く首を横に振った。伊藤はそれが嘘だと分かっていると言うように笑顔でクリスを見つめた。知らないわけが無かった。遼南は先の大戦が始まる以前も東モスレムの分離独立運動。遼北の反政府ゲリラ活動。そして南部のシンジケートによる裏社会などの不安定要因を抱えていた。
その活動はゲルパルト・胡州・遼南の三国枢軸の戦況の分析が悲観的なものとなり始めたとき、一気に噴出することとなった。遼南の武装警察のふがいなさに遼南は胡州に対テロ特殊部隊の派遣を要請した。それが当時の遼南方面軍司令部付き憲兵嵯峨惟基憲兵少佐であり彼に与えられた特殊部隊、外事憲兵隊、通称『外憲 』だった。
組織の切り崩しや潜入作戦を得意とする彼らの非道な作戦行動は一定の成果を上げた。北天を牙城とする人民軍の要請を受けつつも遼北が参戦を渋ったのは彼らにより直接指導可能なゲリラ組織が数多く殲滅されたことがきっかけとさえ言われる部隊。
伊藤が彼らの名を口にした事はクリスにとって重要なことだった。
『ゲリラ殺し』の名を受けた彼らが今再び嵯峨を迎えて動き出していることを知りながら政治将校である伊藤がそれを暗示させる発言をしていると言う事実を北天の上層部が知れば重大な裏切り行為とでも言える話だった。
「知らないことがいいこともあるということですよ 」
クリスの方を見ながら伊藤は笑った。そんな言葉を聞いたあと先ほどまで立っていた嵯峨を探してみた。
「そう言えば嵯峨中佐はどこいったんですか? 」
不意に消えたくたびれた中年男の存在感の喪失。だが伊藤は表情を一つとして変えない。
「さあ…… 」
伊藤はそれだけ言うとクリス達を置き去りにして本部のビルへと消えていった。
クリスはそのままシャムと一緒にハンガーに向かった。主がどこかへ行ったと言うのにカネミツの組上げが急ピッチで進んでいる。二式の周りでは出動を前にした緊張感を帯びた整備兵が走り回っている。
「忙しいねえ 」
シャムは熊太郎の喉を撫でながらその様子を見つめている。ハワードは整備員の邪魔にならないように注意しながら写真を撮り続けていた。
「あ、ホプキンスさん! 」
ただ立っているだけのクリスに話しかけてきたのはキーラだった。
「大丈夫ですか? かなり忙しいみたいですけど 」
クリスの言葉にキーラは疲れたような面差しに笑みを浮かべた。
「まあ戦場に向かえる状態に機体を整備するまでがうちの仕事ですから」
そう言うとクリスの隣に立ってハンガーを眺めていた。パイロット達の姿は無い。詰め所にいるのか仮眠を取っているのかはわからなかった。
「決戦ですかね 」
クリスの言葉にキーラは頷いた。
「吉田少佐が指揮権を引き継いだと言ってもすぐに納得できる兵士ばかりじゃないでしょう。それにこの一週間の間、難民の流入による交通の混乱で資材の輸送が混乱していると言う情報もありますから 」
キーラの言葉でクリスは何故嵯峨がこの基地を留守にするのかがわかった。情報戦での優位を確信している吉田はすでに嵯峨が不穏な動きをしている情報は得ていることだろう。だからと言って打って出るには資材の確保が難しい状態である。必然的に北兼軍の動きを資材の到着を待ちながら観察するだけの状態。今のようなにらみ合いの状態が続き北兼台地の確保の意味が次第に重要になっていく状況でもっとも早く戦況を転換させる方法。そして嵯峨がもっとも得意とする戦い方。
それはバルガス・エスコバル大佐の殺害あるいは身柄の確保である。
難民に潜ませた『バレンシア機関 』の工作員がこの基地の情報を吉田に報告しているだろうと言うことはこの基地の誰もが知っていたことだ。そして壊滅させられた右派傭兵部隊の壊走にまぎれて北兼も対抗して工作員を紛れ込ませていることも吉田も当然知っているだろう。
敵支配地域に尖兵を送り、協力者を通じて潜入、作戦行動を開始する。クリスはこの一連の行動が嵯峨の最も得意とする作戦であることに気付いていた。
「要人暗殺、略取作戦…… 」
そうつぶやいたクリスを不思議そうに見るキーラ。
「出撃は明朝ですよ。休んでおいたほうがいいんじゃないですか? 」
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