レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
962 / 1,505
第18章 無欲の人

託された夢

しおりを挟む
「それとこれが今の私に出来るすべてのことだ 」 

 そう言ってダワイラは窓の外を指差した。降下してきた大型輸送垂直離着陸機。黄色い星の人民軍の国籍章が見える。

「では、行こうか伊藤君 」 

 伊藤に押されて車椅子はエレベータに向かう。嵯峨はタバコを取り出し、それに火をつけた。

「どうしてあなたは断ったのですか? 王党の復活は…… 」 

「そんなもの望んじゃあいませんよ 」 

 タバコの煙を吸い込む嵯峨、彼はまるで何事も無かったかのように外の光景を眺めていた。渓谷に続く道に北兼軍の二式が見えた。

「ああ、これで難民の流入は一区切りって所かねえ。搬送の手配はダワイラ先生が済ませてくれたしな 」 

 そう言うと嵯峨は遠くを見るような目つきになった。

「ですが、今の北天の政府は腐っている。ゴンザレスの独裁政治にそれが取って代わっても何の違いもありませんよ! 」

 クリスの言葉。嵯峨は聞くまでも無いというように窓の外の輸送機を眺めていた。 

「まあ、そうなんですがね 」 

 嵯峨は室内に視線を移す。エレベータが開き護衛達に囲まれてダワイラが姿を消した。

「一つ一つ物事は処理していかなければならない。明日の敵のことを考えて今の敵に当たれば勝てる戦いも負けることになる 」 

 タバコの煙が天井に立ち上る。

「戦争は勝つか負けるか。二つしか選択肢は無いが、負けたときの悲哀はそれは酷いものですよ。だから勝つ方策を考えてそれを実行するだけですわ 」 
 そう言うと嵯峨は立ち上がった。

「とりあえず仕事でもしようかねえ 」 

 首を回しながらのんびりとタバコをもみ消す嵯峨。クリスもあわせて立ち上がる。そして思いついたようにエレベータへ向かう足を止める嵯峨。

「そうだ。明華達が戻ってきているでしょうから取材してみたらどうですか? 」 

 嵯峨はそう言うと再び歩き始める。そしてクリスもその後に続いた。

「中佐…… 」 

 エレベータで北天からダワイラに帯同してきたらしい背広の男に車椅子を預けた伊藤が心配そうな顔で嵯峨を見つめる。

「伊藤、何も言うなよ。俺は私欲で動けるほど素直な根性の持ち主じゃねえんだ 」 

 そう言うと上がってきたエレベータに三人は乗り込んだ。

「さあて、報告書。たたき返されてるかねえ 」 

 執務室の階でエレベータは止まる。嵯峨のいつものシニカルな笑みが垣間見える。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...