レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
945 / 1,503
第13章 外交交渉

来訪者

しおりを挟む
「伊藤、志願兵の方はどうなってる? 」 

 嵯峨の言葉に伊藤が我に返った。

「現在200人になりましたが、この有様ですよ。まあ2000は軽く越えるでしょうね 」 

 伊藤の言葉はもっともな話だった。森から現れるゲリラの流れは本部前まで延々と続いていた。

「偽善者の真似事の効果にしちゃあかなりの成果だなあ 」 

 嵯峨はそう言うとそのまま本部ビルに向かって歩き始めた。クリス、シン、そしてシンがその後に続いた。そして本部ビルの前に一人の男が立っているのが見えた。

「胡州海軍? 」 

 その男の紺色の詰襟の制服にクリスは息を呑んだ。その腕の部隊章は胡州海軍第三艦隊教導部隊の左三つ巴に二引き両のエンブレムが描かれていた。そして胸には医官を示す特技章が金色に輝いている。

「別所! 忠さんは元気か? 」 

 嵯峨は気軽にその胡州海軍少佐に声をかけた。クリスはその言葉で胡州第三艦隊司令の赤松忠満少将の名前がひらめいた。そして現在政治抗争の中にいるその主君西園寺義基大公が嵯峨の義理の兄でもあることを思い出していた。

「まあいつも通りというところですよ 」 

 淡々と答える別所と呼ばれた少佐。彼は三人を出迎えるように本部ビルの扉を開いた。

「ああ、ホプキンスさん。紹介しときますよ。彼が胡州第三艦隊司令赤松忠満の懐刀、別所晋平少佐ですよ 」 

 静かに脇を締めた胡州海軍風の敬礼をする男を眺めた。別所の名前はクリスも知っていた。前の大戦時、学徒出陣が免除される医学生でありながら胡州のアサルト・モジュール部隊に志願。赤松の駆逐艦涼風の艦載機の九七式を駆ってエースと呼ばれた。戦後も赤松大佐のそばにあり、今は西園寺派の海軍の切れ者として知られる男。

「私の顔に何かついていますか? 」 

 そのままエレベータに向かう別所が声をかけてきた。

「いえ、それにしても何故? 」 

「いいじゃないですか。とりあえず部屋で話を聞きましょう。シンの旦那も付き合ってもらいますよ。ホプキンスさんも来ますか? 」 

 嵯峨の投げやりな言葉に、クリスは大きく頷いた。

「じゃあ行きますか 」 

 開いたエレベータに嵯峨は大またで乗り込んだ。

 沈黙が続いたエレベータを降りた嵯峨、クリス、別所。彼等は管理部門のあわただしく動き回る隊員達をすり抜けて嵯峨の執務室に入った。相変わらず雑然としている部屋を眺めた後、嵯峨はソファーに腰を降ろした。別所も慣れた調子でその正面に座る。クリスも後に続いた。

「西園寺卿からもよろしくということでした 」 

「ああ、糞兄貴ね。まあ、あのおっさんはほっといても大丈夫だろ? それより何で来たの 」 

 嵯峨はくわえていたタバコをもみ消すと上目がちに別所をにらみつけた。人を警戒する嵯峨の目。

「うちはただでさえ北天のお偉いさんに目をつけられてるからなあ。助太刀なら断るぜ 」 

「それほど赤松大佐は親切ではないですよ。まあこの内戦に関する胡州民派の意向を伝えておけと言うことです 」 

 そう言うと別所はやわらかい笑みを浮かべた。貴族特権の廃止と官僚機構の平民への開放を掲げる西園寺義基公爵は自分達を『民派 』と呼び勢力結集を図っていた。軍では赤松海軍中将や醍醐文隆陸軍中将を中心に着実に勢力を拡大させていた。

「いい加減、兄貴と烏丸卿の対立止めてくれないかねえ。ただでさえ今、遼州は爆弾抱えて大変なんだ。遼南、遼北、ゲルパルト、そしてベルルカン大陸。地球人達があちらこちらの戦場を我が物顔で歩き回っていやがる 」 

 そして胡州四大公の末席、烏丸頼盛を担ぐ勢力。『民派 』に対し『官派 』と呼ばれることもある勢力は先の大戦の敗北で疲弊した貴族制度の再構築を掲げ『国権派 』を自称した。先の大戦で敗戦国となった胡州は今、その二つに割れていた。貴族制政治の腐敗が敗戦を呼んだと主張する民派と経済の不調を統制制度の引き締めで解決しようとする官派の対立は遼州の各国を巻き込み拡大していた。

「おっしゃることはわかります。だが、こちらとしても引くわけにはいきませんよ。平民院選挙での官派による妨害工作のことも…… 」 

「だからそんなことじゃないんだろ? 俺のところに来たのは。そっちの政治の話は東和のテレビ局にでも出演するときに頼むよ 」 

 嵯峨は明らかに別所に敵意を向けていた。緊張感が無いのはいつものことだが、言葉尻が投げやりなのはその証拠だとクリスもわかっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...