レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第12章 卑怯者の挽歌

非道な実験

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「はい、そこまで 」 

 嵯峨はそう言うと二人の技官に銃口を向けていた。

『君は? 』 

 二人のうちアフリカ系の眼鏡をかけた長身の技術者が口を開く。英語である。

『あんたねえ。自分の研究知ってるんでしょ? そうしたらその一番有名な実験材料の…… 』 

 嵯峨が英語で返した。発音はかなりイギリス風なのがクリスには気にかかった。

『コレモト・サガ! 』 

 もう一人のアジア系と思われる小柄な女性技官が叫んだ。アフリカ系の技官もその意味に気づき、驚きの表情を浮かべる。

『俺以外にこんなところに文屋さんを引き連れてやってくるような酔狂な指揮官がいるのかねえ 』 

 嵯峨はそう言うと拳銃を降ろしてすぐさま胸のポケットにタバコを探す。イギリス訛りのきつい言葉に思わず渋い顔のクリス。

『目的は? 』 

 女性技官の恐れを秘めた表情に、嵯峨は残忍な笑みで返した。

『言わなきゃ判りませんか? 』 

 そう言うと嵯峨は電源が入っている奥の端末に歩み寄る。二人の技術者の監視の下、次々と画面をクリアーしていく嵯峨。だが、女性技官にはかなり余裕があった。

『無駄よ。そう簡単にパスワードがわかる訳無いじゃないの! 』 

『ああ、これでしょ? 必要になるキーは 』 

 嵯峨はすぐさまタバコと一緒に取り出していたディスクを端末のスロットに差し込んだ。 タバコに火が付く、煙が上がる。端末にパスワードを入力する画面が開く。驚いた表情の女性技官の前で、躊躇せずパスワードを入力する嵯峨。

『はい、ホプキンスさん。特ダネですよ 』 

 嵯峨はそう言うとクリスの方を向き直った。その時、アフリカ系の男がくるぶしに隠し持っていた拳銃を抜こうとした。 

 しかし、銃口は嵯峨に向くことは無かった。男の腕は彼の目の前で不自然に下を向いた。男の悲鳴が部屋にこだまする。そして、下に捻じ曲げられた手首からはだらだらと鮮血が流れ落ちた。

「だから、俺は嵯峨惟基なんだよ 」 

 日本語で吐き捨てるように言った嵯峨。同僚に駆け寄る女性技官の表情に恐怖がにじんでいる。

『俺はね、嵯峨惟基なんだよ。あんた等がそうした。パンドラの箱を開けたのはあんた等、アメリカ陸軍だ 』 

 嵯峨は一語一語確かめるような調子で二人に向かい言い放った。

『ちょうど10年前のことだ』 

 嵯峨はデータを手元のディスクに移しながらつぶやく。

『ある胡州陸軍の将校がネバダ州の秘密基地に連行された。その将校は戦時中の市民への虐殺容疑で銃殺刑を覚悟していた。だが、そんな簡単なことで殺めた命の償いはできなかった 』 

 嵯峨はそう言うとデータ転送に時間がかかると言うように女性技術者に向き直る。タバコをくわえて笑みまで浮かべる嵯峨に、明らかにおびえている女性技師。

『贖罪が実験動物扱いなんて当然じゃないの! 嵯峨惟基。その名の前で何人の無実の人々が死んでいったことか…… 』 

 そう言う彼女は目の前の嵯峨に向けてと言うより自分自身を納得させるために話をしているように見えた。

『そう、贖罪だけならその将校は自分の運命を受け入れることができた。だが、そこには彼以外にも住人がいた。貧しさで売られてきた少女。盗みや引ったくりで米兵とトラブルを起こした少年。彼等もその戦争犯罪人の将校と同じ運命を歩むに足る罪を犯したと言うのかね 』 

 嵯峨の言葉に女性技師は絶句する。そしてすぐにクリスの顔を見る。

『あれは国益を! そうよ、合衆国への忠誠を誓う技師としての…… 』 

 そうクリスに叫ぶ技師。だが、クリスの表情が敵意しか見せていないことを知ると、仕方がないと言うようにだらりと両手を下ろした。

『まあ、いいやそろそろ俺の部下達が到着したところだ。お嬢さん。相棒の腕、そのままほっとくと壊死しますよ 』 

 嵯峨はそう言いながら自分用のディスクへのデータの転送を終えて、今度は前面の大型スクリーンにデータを送る準備をしている。白衣の研究員達は嵯峨の言葉にそのまま部屋を出て行くことを決めた。

「はあ、久しぶりの英語で緊張しちゃったねえ 」 

 嵯峨はそう言いながらキーボードを叩き続ける。クリスは黙ってその姿を見ていた。目の前のスクリーンに椅子に縛り付けられた男の姿が映った。

「拷問? 」 

 クリスの言葉は次の瞬間に驚きに飲み込まれた。画面の中の男の目の前の机が突然火を噴いた。その業火が部屋を覆いつくす。そして次の瞬間、男がまるでガソリンでもかけられたかのように炎に包まれていく。悲鳴を上げながら火に飲み込まれる男の映像。クリスは目を反らさずに見ることに苦痛を感じた。

「これが彼らの研究ですか? 」 

 しばらく呼吸を整えてからクリスが吐き出した言葉に、表情を押し殺した嵯峨の顔が映っていた。

「いわゆる『パイロキネシスト 』の研究資料ですよ。一番ありふれた遼州人が持つ法力の一つ 」 

 嵯峨は画像を停止させるとタバコをふかしている。

「都市伝説ではなかったんですね。遼州人の超能力と言う奴は 」 

 クリスの言葉に嵯峨は静かに笑みを浮かべていた。

「もしそれが与太話で済む次元の話だったらアメリカさんはこんなに兵力を遼南に割く必要も無かったんじゃないですか? ただの失敗国家の独裁者がくたばるかどうかなんてことは彼らにとって本当にどうでも良いことですから。自国の『未来有望 』な若者の血を流すに値しない存在ですよ 」 

 嵯峨の言葉が終わるまもなく、楠木を先頭とした北兼軍閥の兵士達が飛び込んでくる。

「遅いねえ。もうお話は済んだよ。処置はしておいてくれ 」 

 そう言うと嵯峨はクリスの肩を叩いた。

「処置? データを消すつもりですか? 」 

 クリスの驚きの声に楠木の部下の胡州浪人崩れの兵士達が冷笑を浴びせてきた。

「ホプキンスさん。今は遼州人には地球人との違いは無いことにしておいた方が良いんじゃないですか? 先の大戦の遺恨はまだ生きている。まあ、知るということが双方にとって幸せかどうか、そこを考えるとこのデータは無いことにしておくべきだと思いましてね 」 

 嵯峨はそう言うと研究室を出た。クリスもその後に続く。通路に出ると散発的な銃撃戦の音が響いている。クリスは嵯峨と言う男に再び疑問符をつけたまま嵯峨の後に続き、カネミツの待つハンガーへと急いだ。
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