レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第11章 駆け引き

仇を狙うもの

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「あら、簒奪者のところの記者さんかしら? 」 

 そんなクリスの視線に気付いてあからさまな敵意をに向けてくる少女。言葉に敵意や殺意が乗ることがあるのは戦場を潜り抜けてきたクリスも良く知っている。この十五、六と言った少女は明らかにクリスに敵意を抱いていた。細い目に敵意を持ってにらみつけられるとクリスも自然と睨み返している。さすがに狭い部屋でにらみ合う相方の少女が気になったようで一緒に連れてこられた青年は彼女の肩に手を乗せてたしなめた。

「やめなよライラ。君の伯父さんも難民を救う為に話し合いに来たんだ! だから……」 

「何よ! ジェナンまで! あの男が話し合い? どうせこの基地を落とす機会を狙っているんでしょ? それに何もしないと思っても、この基地の戦力を偵察して攻勢に出た時の資料にでも…… 」 

 ジェナンと呼ばれた青年はライラという少女の頬に手を伸ばした。少女の言葉が止まった。

「ライラさん、で良いんだよね? 失礼だが君のフルネームは? 」 

「さすが記者さんは抜け目が無いわね。でも名前を名乗る時は自分から名乗るのが礼儀じゃないの? 」 

 ライラの涼しい視線がクリスを打った。

「ああ、私はクリストファー・ホプキンス。一応フリーのライターで…… 」 

「アメリカ合衆国上院議員、ジョージ・ホプキンス氏の長男ですか 」 

 ジェナンと呼ばれていた長髪の浅黒い肌の青年が言葉を継いだ。落ち着いているがライラに向ける気遣いとは異質な敵意を帯びた言葉が耳に響く。

「良くご存知ですね。じゃああなたから自己紹介を願えますか? 」 

 クリスは青年に向き直った。

「僕はアルバナ・ジェナン。見ての通り東モスレム三派のアサルト・モジュール乗りです。そして彼女が…… 」 

「私はムジャンタ・ライラ。残念だけどあなたを乗せてきた人でなしの姪に当たるの 」 

 クリスはようやくこの少女のことを思い出すことに成功した。

 ムジャンタ・ライラ。

 東海に拠点を持つ花山院軍閥は、ゴンザレス政権の登場と共に東和の支援を得て遼南共和国からの独立を宣言した。その皇帝に据えられたのはムジャンタ・バスバ。ライラの父、嵯峨の同じ母親を持つ弟である。

 二年前。北兼軍閥は人民政府に協力を求められ、花山院軍閥を攻めた。花山院軍閥は猛将として知られる花山院康永少将を中心に善戦するが、奇襲をかけた北兼軍閥の遊撃隊を相手に手痛い敗北を喫した。その部隊の攻撃指揮を取って花山院離宮を包囲していた嵯峨は、弟、バスバの引渡しを条件に兵を引くとの条件を出した。自身の保身の為、軍閥の首魁である花山院直永はムジャンタ・バスバの妻子を嵯峨に引き渡した。嵯峨は躊躇無く弟の首を落として東海街道に晒した。兄の翻心に激怒した康永はバスバの妻子を連れ東モスレムを頼って落ち延びて行った。それが嵯峨の悪名を高めた東海事変の顛末だった。

 そんな嵯峨の非情な裁可を知っていれば敵意むき出して、クリスの方を見つめてくるライラの気持ちもわからないではなかった。

「お湯持って来ました 」 

 二十歳にも満たない共和軍の少年兵がポットと湯のみ、そして急須などをテーブルに置いてまわる。

「なぜ、あなたはあの人でなしの取材をしているんですか? 」 

「やめるんだ、ライラ 」 

「いいでしょ! 私はそこの記者さんに用があるの 」 

 強い調子でジェナンに言い放つと、ライラはクリスに迫ってきた。

「君はあだ討ちでもするつもりなのか? 」 

 クリスの問いに少女はテーブルを叩く。

「当たり前よ! あの卑怯者は腰抜けの花山院直永を騙してお父様を殺したのよ! 軍閥の頭目に収まってのうのうと暮らしている権利なんて無いんだわ! 」 

 まわりの共和軍の兵士達は黙ってライラを見つめていた。彼等もライラとは同じ意見なのだろう。実際共和軍勢力下ではこの一連の血塗られた事件の顛末をまとめたCMが人民軍をこき下ろす為のネガティブキャンペーンとして流されていた。

「感情に流されているが言っていることはもっともな話だ。私も嵯峨と言う人物が持つ残酷さを取材する為にこの遼南にやってきたんだから 」 

 クリスは少年兵に継がれた日本茶を口に含んだ。遼南の南部地方の茶畑は地球でも珍重される南陽茶の産地である。この甘みを含んだ茶を飲めることは遼南の取材を始めた時からの楽しみだった。だがライラの剥き出しの敵意を受けながら飲むお茶には味を感じることは出来ない。

「じゃあなぜそんな残忍な男の乗る特機なんかで取材にまわってるのよ! 」 

 クリスの一息ついたような顔にライラの苛立ちはさらに募った。

『俺もだいぶあの昼行灯に毒されてきたな 』

 そんなことを思いながらクリスは湯飲みをテーブルに置いた 

「そうだな。私もよくわからない 」 

 クリスの言葉に、ライラの表情が侮蔑のそれに変わった。だが、クリスは言葉をつないだ。

「しかし、彼は王族の伝を使うことなく徒手空拳からこの北兼台地の北に広がる地域の軍閥の首魁となった。そして彼を慕う多くの兵士達が今も戦っている。その理由を私は知りたいんだ 」 

 クリスはそう言うとライラの顔を見た。戸惑いのようなものがそこにあった。クリスは彼女に多くを語るつもりは無かった。戦場で、憎しみと悲しみを経験した人々を取材しながら得た作法。彼ら自身が今の自分を落ち着いてみることが出来なければ語りかけるだけ無駄なことだ。そんな教訓が頭の中をよぎっていた。

 じっとクリスをにらみつけるライラ。だが、今の彼女には何を言っても無駄だとあきらめ、クリスは再び自分で急須にお湯を入れた。
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