レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
921 / 1,531
第9章 懲罰部隊

取材と闖入者

しおりを挟む
 次の朝からクリスはこの取材の目的のために動き出した。それは兵士達へのインタビューだった。北兼軍閥。この内戦の勝敗を握り続けてきた中立軍閥が急に共和軍に牙を向けた事実はクリスには非常に不可解に見えた。それを引き起こしたのは嵯峨と言う一筋縄では理解できないカリスマだが、彼になぜついていくことを選んだのか。自分でできる限りの情報を集めてみたい。そう思いながらインタビューを続けた。

 先の大戦では人民軍にとって嵯峨は胡州陸軍外事憲兵隊、通称『外憲』の隊長として徹底的な赤色ゲリラ掃討作戦を指示した敵である。彼が動いた作戦の残忍さは人民軍と距離をとっていた合衆国でさえ、非人道的な掃討作戦に抗議する声明を何度出したかわからない。そんな男の下で命を掛けて戦おうと言う兵士の生の声を拾いたい。それがこの取材の目的であった。しかしこの三日間で、クリスはいきなり肩透かしを食らうことになった。

 北天の人民軍の取材の際には常に張り付いていた政治将校、そして周りに群れる尾行者の監視を感じながらの取材だった。しかしここではまるで自由に出会った兵士達の声を聞くことが出来た。政治将校である伊藤は、気を利かせて本部で事務仕事に専念していた。嵯峨は七輪でシャムから分けてもらった鹿の干し肉をあぶって酒を飲んでいるばかり。楠木は初日からトラックに弾薬や重火器を満載して北兼台地のゲリラ達に届ける作戦に従事していた。

 クリスとハワードはただ手の空いた兵士達と話し、彼らがこの戦いになぜ参加するかを自由に聴くことが出来た。また、兵士達も緘口令のようなものは敷かれていないようで、それぞれ談笑しながら世間話でもするように話し続けた。

 彼のインタビューを珍しそうに受ける兵士達誰もが戦争はまもなく終わるだろうと話した。北天包囲戦に敗れた共和軍の士気が低下していることは彼らも知っていたし、魔女機甲隊の西部戦域での勝利の報が入ってきた直後と言うこともあって、中には戦後のプランまで考えている兵士も居た。

 しかしそんな彼らとの取材が一時停止することがよくあった。

 それはシャムと熊太郎の闖入である。まるで人見知りせずにじゃれ付いてくるシャムと熊太郎は、すぐに部隊の人気者になった。彼女はほとんど読み書きが出来ないこともあって、胡州浪人の士官の一人がなぜか持っていたジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の日本語版を与えて、一行目を何秒で読むかという競争をして遊んでいた。

 今日もまた、補給隊の運転手の一等兵が延々と語る猫の飼い方の講義を聴いているところにシャムが現れた。

「クリス。大変だねお仕事 」 

 シャムはそう言うとそのままトレーラーの助手席に上がりこんでくる。彼女の取っておきのやわらかそうな黒に赤と白の刺繍のマントの民族衣装が目に飛び込んでくる。

「わかったよ。旦那、シャムと遊んでやってくださいよ。俺の餓鬼もこのくらいの年でね 」 

 兵士はそう言うと運転席で昼寝をしようと足をハンドルの上に乗せた。仕方なく降り立ったクリスは不思議そうに彼を見つめるシャムと遊ぶことにした。

 クリスは好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるシャムに少しばかり照れ笑いを浮かべた。服はいつも同じような黒い生地に刺繍の服。そして縁に飾りのついた帽子はいつもその頭の上にある。

「じゃあ何をしようか? 」 

 とりあえずシャムの要望を聞いてみるのがいつもの流れだった。天真爛漫だがどこか頑固なところがあって自分が嫌いなことは絶対しないシャムを相手にするにはそれが最良の方法だった。

「あのね、お花摘みに行きたいんだ! 」 

 そう言うとシャムはクリスの手を引いて歩き始めた。そのまま彼女のアサルト・モジュールを整備している前を通りかかると、元気よく叫ぶ。

「キーラ! クリスさん連れてきたよ! 一緒にお花摘みに行こう! 」 

 納入部品の検品をしている部下を監督していたキーラに声をかけるシャム。

「行っても良いわよ。私が代わるから 」 

 そう言う明華の言葉に押し出されてつなぎ姿のキーラは白く輝く短い髪を風に吹かせながら歩いてきた。

「もう! シャムったら何のつもり? 」 

「いいじゃん、行こう! 」 

 そう言うと熊太郎を先頭に歩き始めた。嵯峨の部隊は目立った動きも見せずに沈黙を続けていた。北兼台地に拠点を構えた共和軍は基地の拡大を続けているという話がいくつかの情報チャンネルからクリスにも届いていた。クリスは何度か素人の意見と限定した上でいっこうに動く気配を見せない嵯峨に問いかけたこともある。だが嵯峨はめんどくさそうにクリスを見上げてこう言うだけだった。

「まあ、あちらにも事情があるんでしょ? それに今は動くのはねえ 」 

 そしてそのまま放置されるのも馬鹿馬鹿しいので近くの兵士にインタビューをすることにするのがいつのもパターンだった。そんな仕事のことを思っているクリスを知ってか知らずか、シャムはそのまま元気良く焼畑の跡地と思われる高山植物の群生地までやってくる。

「平和ですねえ 」 

 クリスは笑顔を浮かべて蝶と戯れているシャムを眺めていた。

「そうですね 」 

 少し照れながらクリスの座っている岩の隣にキーラが腰をかけた。空は青空、高地らしく空気が澄んでいる。確かにのんびりとシャムを眺めているキーラを見ると彼女が母国の保守派が言うような『神にそむく忌むべきもの 』とは到底思えない普通の女性に見えてきた。

「そう言えば許中尉は元気になったみたいですね 」 

 クリスは思い出した。柴崎が後方の病院に移送される時、明華は一人格納庫の片隅で泣いていたとシャムから聞かされていた。キーラは大きくため息をつくと眉をひそめながらクリスを見つめた。

「あんまりそんなこと部隊では言わない方が良いですよ。班長は公私混同は嫌いですから 」 

 シャムはようやく蝶を追うのに飽きて花を摘み始めた。赤い花、青い花、黄色い花。空には鳥がさえずり、時折この山に住むというヘラジカの雄叫びが聞こえる。

「まるで戦争なんて起きていないみたいですね 」 

 クリスはそう言った。キーラはその言葉に頷きながら、山々に視線を飛ばしていた。

「ちょっと二人とも! そんな黙ってたらつまらないでしょ? 」 

 花を摘むのをやめて口を尖らせたシャムがそう叫んだ。

「二人は仲良しさんなんだからね! キーラなんか私と居るといつもクリスさんのこと…… 」 

「シャム! 何言ってんの! 」 

 顔を赤く染めたキーラが叫んだ。そしてそのままうつむいてじっとしている。クリスも少しばかり恥ずかしいというように目を伏せた。

「じゃあお墓まで行こうよ! 」 

 熊太郎がくわえてきたかごに花を入れるとシャムは再び集落の方へと向かった。クリスはシャムの腰に挿された短刀と笛に目が行った。笛は山岳民族が北天の露店で売っていたありふれたもののようにも見えた。そしてその隣に挿してある短刀の黒い鞘が高地のきつい光に反射しているのがわかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...