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第9章 懲罰部隊
取材と闖入者
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次の朝からクリスはこの取材の目的のために動き出した。それは兵士達へのインタビューだった。北兼軍閥。この内戦の勝敗を握り続けてきた中立軍閥が急に共和軍に牙を向けた事実はクリスには非常に不可解に見えた。それを引き起こしたのは嵯峨と言う一筋縄では理解できないカリスマだが、彼になぜついていくことを選んだのか。自分でできる限りの情報を集めてみたい。そう思いながらインタビューを続けた。
先の大戦では人民軍にとって嵯峨は胡州陸軍外事憲兵隊、通称『外憲』の隊長として徹底的な赤色ゲリラ掃討作戦を指示した敵である。彼が動いた作戦の残忍さは人民軍と距離をとっていた合衆国でさえ、非人道的な掃討作戦に抗議する声明を何度出したかわからない。そんな男の下で命を掛けて戦おうと言う兵士の生の声を拾いたい。それがこの取材の目的であった。しかしこの三日間で、クリスはいきなり肩透かしを食らうことになった。
北天の人民軍の取材の際には常に張り付いていた政治将校、そして周りに群れる尾行者の監視を感じながらの取材だった。しかしここではまるで自由に出会った兵士達の声を聞くことが出来た。政治将校である伊藤は、気を利かせて本部で事務仕事に専念していた。嵯峨は七輪でシャムから分けてもらった鹿の干し肉をあぶって酒を飲んでいるばかり。楠木は初日からトラックに弾薬や重火器を満載して北兼台地のゲリラ達に届ける作戦に従事していた。
クリスとハワードはただ手の空いた兵士達と話し、彼らがこの戦いになぜ参加するかを自由に聴くことが出来た。また、兵士達も緘口令のようなものは敷かれていないようで、それぞれ談笑しながら世間話でもするように話し続けた。
彼のインタビューを珍しそうに受ける兵士達誰もが戦争はまもなく終わるだろうと話した。北天包囲戦に敗れた共和軍の士気が低下していることは彼らも知っていたし、魔女機甲隊の西部戦域での勝利の報が入ってきた直後と言うこともあって、中には戦後のプランまで考えている兵士も居た。
しかしそんな彼らとの取材が一時停止することがよくあった。
それはシャムと熊太郎の闖入である。まるで人見知りせずにじゃれ付いてくるシャムと熊太郎は、すぐに部隊の人気者になった。彼女はほとんど読み書きが出来ないこともあって、胡州浪人の士官の一人がなぜか持っていたジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の日本語版を与えて、一行目を何秒で読むかという競争をして遊んでいた。
今日もまた、補給隊の運転手の一等兵が延々と語る猫の飼い方の講義を聴いているところにシャムが現れた。
「クリス。大変だねお仕事 」
シャムはそう言うとそのままトレーラーの助手席に上がりこんでくる。彼女の取っておきのやわらかそうな黒に赤と白の刺繍のマントの民族衣装が目に飛び込んでくる。
「わかったよ。旦那、シャムと遊んでやってくださいよ。俺の餓鬼もこのくらいの年でね 」
兵士はそう言うと運転席で昼寝をしようと足をハンドルの上に乗せた。仕方なく降り立ったクリスは不思議そうに彼を見つめるシャムと遊ぶことにした。
クリスは好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるシャムに少しばかり照れ笑いを浮かべた。服はいつも同じような黒い生地に刺繍の服。そして縁に飾りのついた帽子はいつもその頭の上にある。
「じゃあ何をしようか? 」
とりあえずシャムの要望を聞いてみるのがいつもの流れだった。天真爛漫だがどこか頑固なところがあって自分が嫌いなことは絶対しないシャムを相手にするにはそれが最良の方法だった。
「あのね、お花摘みに行きたいんだ! 」
そう言うとシャムはクリスの手を引いて歩き始めた。そのまま彼女のアサルト・モジュールを整備している前を通りかかると、元気よく叫ぶ。
「キーラ! クリスさん連れてきたよ! 一緒にお花摘みに行こう! 」
納入部品の検品をしている部下を監督していたキーラに声をかけるシャム。
「行っても良いわよ。私が代わるから 」
そう言う明華の言葉に押し出されてつなぎ姿のキーラは白く輝く短い髪を風に吹かせながら歩いてきた。
「もう! シャムったら何のつもり? 」
「いいじゃん、行こう! 」
そう言うと熊太郎を先頭に歩き始めた。嵯峨の部隊は目立った動きも見せずに沈黙を続けていた。北兼台地に拠点を構えた共和軍は基地の拡大を続けているという話がいくつかの情報チャンネルからクリスにも届いていた。クリスは何度か素人の意見と限定した上でいっこうに動く気配を見せない嵯峨に問いかけたこともある。だが嵯峨はめんどくさそうにクリスを見上げてこう言うだけだった。
「まあ、あちらにも事情があるんでしょ? それに今は動くのはねえ 」
そしてそのまま放置されるのも馬鹿馬鹿しいので近くの兵士にインタビューをすることにするのがいつのもパターンだった。そんな仕事のことを思っているクリスを知ってか知らずか、シャムはそのまま元気良く焼畑の跡地と思われる高山植物の群生地までやってくる。
「平和ですねえ 」
クリスは笑顔を浮かべて蝶と戯れているシャムを眺めていた。
「そうですね 」
少し照れながらクリスの座っている岩の隣にキーラが腰をかけた。空は青空、高地らしく空気が澄んでいる。確かにのんびりとシャムを眺めているキーラを見ると彼女が母国の保守派が言うような『神にそむく忌むべきもの 』とは到底思えない普通の女性に見えてきた。
「そう言えば許中尉は元気になったみたいですね 」
クリスは思い出した。柴崎が後方の病院に移送される時、明華は一人格納庫の片隅で泣いていたとシャムから聞かされていた。キーラは大きくため息をつくと眉をひそめながらクリスを見つめた。
「あんまりそんなこと部隊では言わない方が良いですよ。班長は公私混同は嫌いですから 」
シャムはようやく蝶を追うのに飽きて花を摘み始めた。赤い花、青い花、黄色い花。空には鳥がさえずり、時折この山に住むというヘラジカの雄叫びが聞こえる。
「まるで戦争なんて起きていないみたいですね 」
クリスはそう言った。キーラはその言葉に頷きながら、山々に視線を飛ばしていた。
「ちょっと二人とも! そんな黙ってたらつまらないでしょ? 」
花を摘むのをやめて口を尖らせたシャムがそう叫んだ。
「二人は仲良しさんなんだからね! キーラなんか私と居るといつもクリスさんのこと…… 」
「シャム! 何言ってんの! 」
顔を赤く染めたキーラが叫んだ。そしてそのままうつむいてじっとしている。クリスも少しばかり恥ずかしいというように目を伏せた。
「じゃあお墓まで行こうよ! 」
熊太郎がくわえてきたかごに花を入れるとシャムは再び集落の方へと向かった。クリスはシャムの腰に挿された短刀と笛に目が行った。笛は山岳民族が北天の露店で売っていたありふれたもののようにも見えた。そしてその隣に挿してある短刀の黒い鞘が高地のきつい光に反射しているのがわかった。
先の大戦では人民軍にとって嵯峨は胡州陸軍外事憲兵隊、通称『外憲』の隊長として徹底的な赤色ゲリラ掃討作戦を指示した敵である。彼が動いた作戦の残忍さは人民軍と距離をとっていた合衆国でさえ、非人道的な掃討作戦に抗議する声明を何度出したかわからない。そんな男の下で命を掛けて戦おうと言う兵士の生の声を拾いたい。それがこの取材の目的であった。しかしこの三日間で、クリスはいきなり肩透かしを食らうことになった。
北天の人民軍の取材の際には常に張り付いていた政治将校、そして周りに群れる尾行者の監視を感じながらの取材だった。しかしここではまるで自由に出会った兵士達の声を聞くことが出来た。政治将校である伊藤は、気を利かせて本部で事務仕事に専念していた。嵯峨は七輪でシャムから分けてもらった鹿の干し肉をあぶって酒を飲んでいるばかり。楠木は初日からトラックに弾薬や重火器を満載して北兼台地のゲリラ達に届ける作戦に従事していた。
クリスとハワードはただ手の空いた兵士達と話し、彼らがこの戦いになぜ参加するかを自由に聴くことが出来た。また、兵士達も緘口令のようなものは敷かれていないようで、それぞれ談笑しながら世間話でもするように話し続けた。
彼のインタビューを珍しそうに受ける兵士達誰もが戦争はまもなく終わるだろうと話した。北天包囲戦に敗れた共和軍の士気が低下していることは彼らも知っていたし、魔女機甲隊の西部戦域での勝利の報が入ってきた直後と言うこともあって、中には戦後のプランまで考えている兵士も居た。
しかしそんな彼らとの取材が一時停止することがよくあった。
それはシャムと熊太郎の闖入である。まるで人見知りせずにじゃれ付いてくるシャムと熊太郎は、すぐに部隊の人気者になった。彼女はほとんど読み書きが出来ないこともあって、胡州浪人の士官の一人がなぜか持っていたジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の日本語版を与えて、一行目を何秒で読むかという競争をして遊んでいた。
今日もまた、補給隊の運転手の一等兵が延々と語る猫の飼い方の講義を聴いているところにシャムが現れた。
「クリス。大変だねお仕事 」
シャムはそう言うとそのままトレーラーの助手席に上がりこんでくる。彼女の取っておきのやわらかそうな黒に赤と白の刺繍のマントの民族衣装が目に飛び込んでくる。
「わかったよ。旦那、シャムと遊んでやってくださいよ。俺の餓鬼もこのくらいの年でね 」
兵士はそう言うと運転席で昼寝をしようと足をハンドルの上に乗せた。仕方なく降り立ったクリスは不思議そうに彼を見つめるシャムと遊ぶことにした。
クリスは好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるシャムに少しばかり照れ笑いを浮かべた。服はいつも同じような黒い生地に刺繍の服。そして縁に飾りのついた帽子はいつもその頭の上にある。
「じゃあ何をしようか? 」
とりあえずシャムの要望を聞いてみるのがいつもの流れだった。天真爛漫だがどこか頑固なところがあって自分が嫌いなことは絶対しないシャムを相手にするにはそれが最良の方法だった。
「あのね、お花摘みに行きたいんだ! 」
そう言うとシャムはクリスの手を引いて歩き始めた。そのまま彼女のアサルト・モジュールを整備している前を通りかかると、元気よく叫ぶ。
「キーラ! クリスさん連れてきたよ! 一緒にお花摘みに行こう! 」
納入部品の検品をしている部下を監督していたキーラに声をかけるシャム。
「行っても良いわよ。私が代わるから 」
そう言う明華の言葉に押し出されてつなぎ姿のキーラは白く輝く短い髪を風に吹かせながら歩いてきた。
「もう! シャムったら何のつもり? 」
「いいじゃん、行こう! 」
そう言うと熊太郎を先頭に歩き始めた。嵯峨の部隊は目立った動きも見せずに沈黙を続けていた。北兼台地に拠点を構えた共和軍は基地の拡大を続けているという話がいくつかの情報チャンネルからクリスにも届いていた。クリスは何度か素人の意見と限定した上でいっこうに動く気配を見せない嵯峨に問いかけたこともある。だが嵯峨はめんどくさそうにクリスを見上げてこう言うだけだった。
「まあ、あちらにも事情があるんでしょ? それに今は動くのはねえ 」
そしてそのまま放置されるのも馬鹿馬鹿しいので近くの兵士にインタビューをすることにするのがいつのもパターンだった。そんな仕事のことを思っているクリスを知ってか知らずか、シャムはそのまま元気良く焼畑の跡地と思われる高山植物の群生地までやってくる。
「平和ですねえ 」
クリスは笑顔を浮かべて蝶と戯れているシャムを眺めていた。
「そうですね 」
少し照れながらクリスの座っている岩の隣にキーラが腰をかけた。空は青空、高地らしく空気が澄んでいる。確かにのんびりとシャムを眺めているキーラを見ると彼女が母国の保守派が言うような『神にそむく忌むべきもの 』とは到底思えない普通の女性に見えてきた。
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クリスは思い出した。柴崎が後方の病院に移送される時、明華は一人格納庫の片隅で泣いていたとシャムから聞かされていた。キーラは大きくため息をつくと眉をひそめながらクリスを見つめた。
「あんまりそんなこと部隊では言わない方が良いですよ。班長は公私混同は嫌いですから 」
シャムはようやく蝶を追うのに飽きて花を摘み始めた。赤い花、青い花、黄色い花。空には鳥がさえずり、時折この山に住むというヘラジカの雄叫びが聞こえる。
「まるで戦争なんて起きていないみたいですね 」
クリスはそう言った。キーラはその言葉に頷きながら、山々に視線を飛ばしていた。
「ちょっと二人とも! そんな黙ってたらつまらないでしょ? 」
花を摘むのをやめて口を尖らせたシャムがそう叫んだ。
「二人は仲良しさんなんだからね! キーラなんか私と居るといつもクリスさんのこと…… 」
「シャム! 何言ってんの! 」
顔を赤く染めたキーラが叫んだ。そしてそのままうつむいてじっとしている。クリスも少しばかり恥ずかしいというように目を伏せた。
「じゃあお墓まで行こうよ! 」
熊太郎がくわえてきたかごに花を入れるとシャムは再び集落の方へと向かった。クリスはシャムの腰に挿された短刀と笛に目が行った。笛は山岳民族が北天の露店で売っていたありふれたもののようにも見えた。そしてその隣に挿してある短刀の黒い鞘が高地のきつい光に反射しているのがわかった。
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