レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第8章 惨劇の跡

あどけなさ

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 そこにはさっぱりした表情のシャムとキーラ、そして熊太郎がいた。 

 シャムが身に着けているのは黒い毛織物をあわせたような布に赤と緑の刺繍を施した服とスカート。それにこちらも黒い布と金の刺繍で飾られた帽子の縁からは緑の糸が五月雨のように垂れ下がっている典型的なこの地方の民族衣装だった。こうして見ればシャムはありふれた遼南山岳部族の少女に見えた。

「凄いんだよ! 隊長。上からお湯が一杯降ってきて、あっという間にきれいになるの。それにあぶくがでるときれいになる石があって、それで…… 」 

「あのなあ、言いたいことなら頭でまとめてから言えよ。それとジャコビン。酒保に行ってアンパン二つ持って来いや 」 

 それを聞いて敬礼を残し走り去るキーラ。嵯峨は吸いかけのタバコをもみ消して立ち上がる。

「クリスさんも疲れたでしょう。相方も戻ってきたみたいですよ 」 

 嵯峨のその言葉に表を見れば、到着したばかりのホバーから兵員が降車しているのが見える。その中に一人フラッシュを焚きまくる巨漢が居ればそれが誰かは見当が付いた。

「シャムはそこで待ってろ。キーラがアンパン持ってくるからな 」 

「アンパン? 」 

 その言葉にシャムと熊太郎は首をひねった。

「ああ、お前さんはパンも知らないんだろうな。小麦粉は知ってるか? 」 

「うん。水で溶かして焼くと美味しいんだよ 」 

「何が美味しいんですか? って……キュート! 」 

 そう言いながら本部に入ってきたのはハワードだった。彼は目の前のシャムを見つけるといかにも興奮した様子で民族衣装を着た姿にシャッターを切った。シャムは不思議そうにカメラを構えるハワードを見ている。彼の黒い肌、そしてクリスの金色の髪の毛と青い瞳を見て、シャムは納得したように頷いた。

「もしかして外人さん? 」 

 シャムの言葉に思わずハワードが噴出した。クリスは嵯峨を見つめる。こちらも腹を抱えて笑いを必死にこらえていた。

「そうだな、外人だな。……ホプキンスさん、外人らしく英語でしゃべってみたらどうですか? 」

 そんなことまで言い出す嵯峨に頭を抱えるクリス。

「どうしたのみんな笑って? 」 

 キーラはアンパンを持って現れる。そして今度はシャムがキーラを指差した。

「あ! キーラも外人だった! 」 

 叫ぶシャムの言葉の意味がわからずに呆然と立ち尽くすキーラ。

「おい、シャム。それ以前にお前は宇宙人なんだぞ、地球の人から見たら 」 

 ようやく笑いをこらえることに成功した嵯峨がそう言った。その意味がわからず呆然としているシャムに、キーラはアンパンの袋を二つ手渡した。

「酷いよう。そんな私はタコじゃないよ! 」 

 シャムが膨れる。嵯峨は頭を撫でながら言葉を続けた。

「じゃあ外人なんて軽く言わないことだな。それより早くアンパン食べてみ 」 

 言われるままに袋を開けてアンパンを手に取る。しばらくじっと見て、匂いを嗅ぐ。首をひねり、何度か電灯に翳す。そしてようやく少しだけ齧る。

「それじゃあアンまで食えねえだろ。もっとがぶっといけよ 」 

 嵯峨の言葉にシャムはそのまま大きく口を開けてアンパンにかぶりついた。噛みはじめてすぐに、シャムの表情に驚きが浮かんだ。そして自分の分を食べながらキーラから受け取った熊太郎の分を熊太郎の口にくわえさせた。

「慌てるな、ゆっくり食えよ。逃げはしないんだから 」 

 何かを話そうとしているシャムをさえぎった嵯峨。シャムは安心して最後の一口を口に放り込む。

「ずいぶん必死に食ってるなあ。お前さんはどうだ? 」 

 嵯峨が熊太郎に尋ねる。器用に両手でアンパンを持ちながら食べ続けていた熊太郎だが、嵯峨の言葉に満足げに甘い鳴き声をあげた。

「これ! これ甘いよ。すごく甘い 」 

 食べ終えたシャムが叫ぶ。キーラは不思議な生き物を見るように驚いた表情でシャムを見つめていた。

「そうだろ。俺の騎士になるとこんなものが毎日食えるんだぜ。よかったな 」 

「うん! 」 

 シャムは元気にそう答えた。熊太郎もアンパンを食べ終え満足そうにシャムに寄り添っている。

「はあ、今日は疲れたよ。ホプキンスさん達も寝た方が良いですよ。作戦初期の高揚感は疲労を忘れさせてくれるのは良いんだが、あとで肝心な時に動けなくなったりしたら洒落になりませんからねえ 」 

 そう言うと嵯峨は二階に向かう階段を上り始めた。

「ああ、ホプキンスさん。あなたの部屋は三階になります。そう言えば伊藤中尉が…… 」 

 キーラが辺りを見回す。外の隊員に指示を出している伊藤を見つけるとキーラはそのまま走っていった。

「どうだった今日は? 」 

 ハワードの言葉にクリスは何を言うべきか迷った。あまりに多くの出来事が起きすぎる一日。それを充実していたというべきなのか、クリスは少しばかり悩みながら、走ってきた伊藤に導かれて自分のベッドへと急いだ。
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