レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
920 / 1,503
第8章 惨劇の跡

あどけなさ

しおりを挟む
 そこにはさっぱりした表情のシャムとキーラ、そして熊太郎がいた。 

 シャムが身に着けているのは黒い毛織物をあわせたような布に赤と緑の刺繍を施した服とスカート。それにこちらも黒い布と金の刺繍で飾られた帽子の縁からは緑の糸が五月雨のように垂れ下がっている典型的なこの地方の民族衣装だった。こうして見ればシャムはありふれた遼南山岳部族の少女に見えた。

「凄いんだよ! 隊長。上からお湯が一杯降ってきて、あっという間にきれいになるの。それにあぶくがでるときれいになる石があって、それで…… 」 

「あのなあ、言いたいことなら頭でまとめてから言えよ。それとジャコビン。酒保に行ってアンパン二つ持って来いや 」 

 それを聞いて敬礼を残し走り去るキーラ。嵯峨は吸いかけのタバコをもみ消して立ち上がる。

「クリスさんも疲れたでしょう。相方も戻ってきたみたいですよ 」 

 嵯峨のその言葉に表を見れば、到着したばかりのホバーから兵員が降車しているのが見える。その中に一人フラッシュを焚きまくる巨漢が居ればそれが誰かは見当が付いた。

「シャムはそこで待ってろ。キーラがアンパン持ってくるからな 」 

「アンパン? 」 

 その言葉にシャムと熊太郎は首をひねった。

「ああ、お前さんはパンも知らないんだろうな。小麦粉は知ってるか? 」 

「うん。水で溶かして焼くと美味しいんだよ 」 

「何が美味しいんですか? って……キュート! 」 

 そう言いながら本部に入ってきたのはハワードだった。彼は目の前のシャムを見つけるといかにも興奮した様子で民族衣装を着た姿にシャッターを切った。シャムは不思議そうにカメラを構えるハワードを見ている。彼の黒い肌、そしてクリスの金色の髪の毛と青い瞳を見て、シャムは納得したように頷いた。

「もしかして外人さん? 」 

 シャムの言葉に思わずハワードが噴出した。クリスは嵯峨を見つめる。こちらも腹を抱えて笑いを必死にこらえていた。

「そうだな、外人だな。……ホプキンスさん、外人らしく英語でしゃべってみたらどうですか? 」

 そんなことまで言い出す嵯峨に頭を抱えるクリス。

「どうしたのみんな笑って? 」 

 キーラはアンパンを持って現れる。そして今度はシャムがキーラを指差した。

「あ! キーラも外人だった! 」 

 叫ぶシャムの言葉の意味がわからずに呆然と立ち尽くすキーラ。

「おい、シャム。それ以前にお前は宇宙人なんだぞ、地球の人から見たら 」 

 ようやく笑いをこらえることに成功した嵯峨がそう言った。その意味がわからず呆然としているシャムに、キーラはアンパンの袋を二つ手渡した。

「酷いよう。そんな私はタコじゃないよ! 」 

 シャムが膨れる。嵯峨は頭を撫でながら言葉を続けた。

「じゃあ外人なんて軽く言わないことだな。それより早くアンパン食べてみ 」 

 言われるままに袋を開けてアンパンを手に取る。しばらくじっと見て、匂いを嗅ぐ。首をひねり、何度か電灯に翳す。そしてようやく少しだけ齧る。

「それじゃあアンまで食えねえだろ。もっとがぶっといけよ 」 

 嵯峨の言葉にシャムはそのまま大きく口を開けてアンパンにかぶりついた。噛みはじめてすぐに、シャムの表情に驚きが浮かんだ。そして自分の分を食べながらキーラから受け取った熊太郎の分を熊太郎の口にくわえさせた。

「慌てるな、ゆっくり食えよ。逃げはしないんだから 」 

 何かを話そうとしているシャムをさえぎった嵯峨。シャムは安心して最後の一口を口に放り込む。

「ずいぶん必死に食ってるなあ。お前さんはどうだ? 」 

 嵯峨が熊太郎に尋ねる。器用に両手でアンパンを持ちながら食べ続けていた熊太郎だが、嵯峨の言葉に満足げに甘い鳴き声をあげた。

「これ! これ甘いよ。すごく甘い 」 

 食べ終えたシャムが叫ぶ。キーラは不思議な生き物を見るように驚いた表情でシャムを見つめていた。

「そうだろ。俺の騎士になるとこんなものが毎日食えるんだぜ。よかったな 」 

「うん! 」 

 シャムは元気にそう答えた。熊太郎もアンパンを食べ終え満足そうにシャムに寄り添っている。

「はあ、今日は疲れたよ。ホプキンスさん達も寝た方が良いですよ。作戦初期の高揚感は疲労を忘れさせてくれるのは良いんだが、あとで肝心な時に動けなくなったりしたら洒落になりませんからねえ 」 

 そう言うと嵯峨は二階に向かう階段を上り始めた。

「ああ、ホプキンスさん。あなたの部屋は三階になります。そう言えば伊藤中尉が…… 」 

 キーラが辺りを見回す。外の隊員に指示を出している伊藤を見つけるとキーラはそのまま走っていった。

「どうだった今日は? 」 

 ハワードの言葉にクリスは何を言うべきか迷った。あまりに多くの出来事が起きすぎる一日。それを充実していたというべきなのか、クリスは少しばかり悩みながら、走ってきた伊藤に導かれて自分のベッドへと急いだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...