レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
919 / 1,503
第8章 惨劇の跡

受け継がれる『理想』

しおりを挟む
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか! 人間苦手なものくらいありますよ! 」 

 伊藤が言い訳をする。クリスもようやく笑いが引いて、一つの疑問を口にしようと思った。

「伊藤中尉、あなたは知っていましたね。彼女の存在を 」 

 そのクリスの言葉に、緩んでいた伊藤の表情は急に引き締まった。予想はしていた、しかしこれほど早くその質問が来るとは思わなかった。そんな表情でクリスを見つめる伊藤。だが彼は何も言葉を発することも無くそのままクリスを本部の建物へといざなった。

「意外と痛みはないでしょ? とても20年間放置されてきたとは思えないくらいですよ 」 

 確かにその通りだ。そうクリスにも思えた。コンクリートの建物の天井や壁を眺めて、亀裂一つ入っていない様を確認していた。

「おう、伊藤か。ご苦労だねえ 」 

 灰皿がいくつも置かれたロビーの隅。嵯峨がタバコをくわえて座っていた。

「先ほどの質問なら隊長がお答えしますよ 」 

 そうクリスの耳元でささやくと政治将校である伊藤隼中尉は敬礼して立ち去った。

「あいつも忙しいからねえ 」 

 嵯峨は淡々とそう言いながらタバコをふかす。煙の匂いに眉をひそめながら、クリスは質問をする決意をした。

「あの、嵯峨中佐は…… 」 

「先に答えちゃおうか? 知ってた 」 

 まるで質問を読みきったように、嵯峨はそう言いきった。クリスは言葉を継ごうとするが、嵯峨の反応はそれよりはるかに早かった。

「俺のばあさんの家臣だったナンバルゲニア・アサドって男がばあさんが死んでからここに引っ込んだのは知ってたからな。それに彼にはあの森で見つけたシャムラードと言う養女がいたのもまあ聞いちゃあいたんだ 」 

 そう言うと嵯峨はすっきりしたとでも言うように天井にタバコの煙を吐いた。

「それじゃあ…… 」 

「白いアサルト・モジュールのことか? ホプキンスさんも知ってるだろ? 遼南が初めて実戦に使ったアサルト・モジュール『ナイト・シリーズ 』のこと。遼南、新華遺跡で発掘された人型兵器のコピーとして東和との共同開発で製作されたアサルト・モジュール。まあ、生産性とか運用効率とか度外視して、しかもワンオフの機体だから当時戦艦三隻分の予算がかかったという話だねえ 」 

 すべては承知の上での行動だった。クリスは嵯峨が悪名をとどろかせている意味がようやくわかった気がしてその隣のソファーに腰を下ろした。

「そんな目で見ないでくださいよ。正直こんなにすんなり行くとは思ってなかったんですから 」 

 嵯峨はそう言いながら灰皿に吸殻を押し付ける。

「じゃあなんで…… 」 

「ちょっとはケレンが欲しいところだったんじゃないですか? サービス精神とでも受け取ってくれればいいですよ 」 

 まるで他人事のようにそう言いながらまたポケットからタバコの箱を取り出す。最後の一本。嵯峨はそれを慎重に取り出すとゆったりとソファーの上で伸びをした。 

「それにしても、彼女は何者なんですか? この村が攻撃にさらされたのは20年近く前になるわけですけど、彼女はどう見ても10歳くらいにしか…… 」 

 嵯峨はクリスの言葉を聴きながらタバコに火をつける。そしてそのまま一服すると、クリスの顔を覗き込んだ。

「遼州の伝説の騎士。初代皇帝太宗カオラの剣 」 

「そんな御伽噺を聞こうと…… 」 

 そう言うクリスに嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 かつて地球人に発見されたばかりの遼州は乱れていた。七つの小規模な国家が中世を思わせる剣と盾を振りながらの戦い。そこに宇宙を行き来する地球の軍隊が到着すればたとえ彼等が紳士的な考えの持ち主だったとしてもすぐにそれらの国々が併呑されたのは当然と言えた。その後の棄民政策でだまされるようにして移民してきた人々、彼等の非人間的な扱いを憂いて決起した軍人。そして資源を求めて移住した技術者達。彼等は手をとり東和・胡州・ゲルパルトなどの国家を築いて地球勢力からの独立を目指した。

 そしてその中心には遼州の巫女カオラの姿があり、後に彼女の夫となる騎士の姿があった。そして巫女カオラを守護する七人の騎士。独立を果たし役目を終えた騎士達は民草にまぎれて消えていった。そして同じく国家の形がなるにいたったところで初代皇帝となった巫女カオラの姿も忽然と消えていたと言う。

 だが、それが当時の混乱した遼州の伝説に過ぎないとクリスは思っていた。事実当時の書類の類を地球の主要国のデータベースで確認しようとしてみたがどれも永久非公開書類扱いとなっていた。『二つの人類の和を乱す『パンドラの箱 』だ 』。この決定を下した国連事務総長の言葉が今でも残っている。

「じゃあどう言えば納得してもらえますかね? あいつは今ここにいる、そしてあの墓は確かに20年前の虐殺の跡。これははっきりしていることですよね? まあ米軍にでも頼んであいつをみじん切りにして研究すればわかるでしょうが……連絡しますか? 」 

 そのどこか見るものを恐怖させるような視線を見たクリスは、黙って嵯峨の口から吐き出された煙に目を移した。

「あいつも一人の人間だ。たとえどういう生まれ方をしようが関係ないでしょ? 太宗カオラはこう言ったそうですよ。『その身に流れている血が遼州の流れの血であろうと地球の流れの血であろうと遼州に生き、この地を愛する心を持つものであればすべて遼州人である 』って 」

 嵯峨の顔が一瞬真剣になる。クリスは黙って目の前の男を見つめていた。

「あなたは太宗の理想を実現するつもりなのですか? 」 

 そのまじめな瞳にクリスはそう言うしかなかった。

「俺を買いかぶらないでくださいよ。俺はそれほど清廉潔白な生き方はしちゃあいません。ただ、俺にも意気地というものがある。こんなふざけた戦争をとっとと終わらして、あの餓鬼にも普通の生活を遅らせてやりたいと言うくらいの良識はもってるつもりですがね 」 

 そう言う嵯峨が視線をクリスから廊下に移した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...