レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第5章 すれ違い

すれ違い

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「支援は出来ない?! じゃあ何のためにあなた達は遼南に来たんですか! 」 

 そうスペイン語訛りの強い英語で叫んだのは、遼南共和国西部方面軍区参謀バルガス・エスコバル大佐だった。スクリーンに映し出されたアメリカ陸軍遼南方面軍司令、エドワード・エイゼンシュタイン准将はため息をつくと、少しばかり困ったように白いものの混じる栗毛の髪を掻き分けた。

「我々は遼南の赤化を阻止するという名目でこの地に派遣されている。そのことはご存知ですね? 」 

「だから人民軍の手先である北兼軍閥を叩くことが必要なんじゃないですか! 」 

 エイゼンシュタインの曖昧な出動拒否の言い訳を聞いていると、さすがに沈黙を美徳と考えているエスコバルも声を荒げて机を叩きたくもなった。だが軍でもタカ派で知られるエイゼンシュタイン准将は聞き分けの無い子供に噛んで含めるように説明を始める。

「単刀直入に言いましょう。我々は嵯峨惟基と戦火を交えることを禁止されている。それは絶対の意思、国民の総意を背負った人物からの絶対命令です。いいですか? これはホワイトハウスの主の決定なのです。つまり、我々に黒いアサルト・モジュールとの交戦は決してあってはならない事態と言うことになります 」 

 子供をあやすようなその口調は、さらにエスコバルの怒りに火をつけた。

「つまり、魔女共を潰すことならいくらでもやるということですか? 」 

 大きく息をしたあと、エスコバルはこの言葉を口にするのが精一杯だった。

「そちらは任せていただきたい。現在アサルト・モジュール二個中隊を魔女共粉砕のために投入する手はずはついている。さらに東モスレムの我々に協力的なイスラム系武装勢力にも十分な支援を行う準備もしています! 」 

 エスコバルの怒りに飲まれないようにと注意しながら画像の中のエイゼンシュタインは額の汗をハンカチで拭った。

「そちらの方は期待していますよ 」 

「嵯峨惟基には賞金がかかっています。撃墜した際にはぜひ…… 」 

 エイゼンシュタインの言葉が終わる前にエスコバルは通信を切った。

「なにが撃墜した際だ! 嵯峨惟基との戦闘は禁止されているだ? グリンコはいつからそんな腰抜けになったんだ! 」 

 エスコバルはグリンゴと言うアメリカ兵の蔑称まで叫ぶと、怒りのあまり高鳴る胸を押さえながら執務室の机に腰掛けた。

「あらー。これはだいぶ話が違うんじゃないですか? 」 

 ソファーから声が聞こえた。エスコバルは再び胸を押さえながら立ち上がった。そこには遼南共和軍とは違う東和陸軍風の夏季戦闘服に身を包んだ若い男が風船ガムを膨らませながら横になっていた。北兼台地防衛会議を終えたエスコバルにつれられてこの会議でアメリカ軍からの支援を受けるところを見せ付けてやろうと意気揚々とエスコバルがつれてきた男。

「吉田君。グリンコの連中が怯えて…… 」 

「そう言う問題じゃないでしょ? 共和国とアメリカ軍は一体となって北兼台地の菱川鉱山の施設を防衛してくれるという話だから我々は共和国軍に協力してきたわけだ。それが……はあ 」 

 ため息と挑戦的な目つきに再びエスコバルは怒りを爆発させる。

「戦争屋が指図をする気か! 」 

 エスコバルは息を荒げながら再び机を叩いた。ガムを噛む将校。吉田俊平はそんなエスコバルを同情と侮蔑の混じった目で見つめていた。

「戦争屋だからですよ。我社の目的はあくまでも北兼台地の鉱山群と、それに付随するインフラの警備。これまでの協力体制はアメリカ軍と共和軍の協調体制が保たれていることを前提に契約された内容を履行しているに過ぎないわけですが。現在そのアメリカ軍との共同作戦に問題が発生している以上…… 」 

 そう得意げに言葉を続ける吉田はエスコバルの歪んだ口元を見て言葉を呑んだ。エスコバルは吉田の表情を観察している。

『なんだ、コイツの顔は? まるで餓鬼がゲームを楽しんでいるみたいじゃないか! 』 

 エスコバルはそんなそれを口にするつもりは無かった。菱川警備保障。遼州だけでなく地球のアフリカや中東の紛争地帯にまで部隊を派遣する大手民間軍事会社。その一番の切れ者として知られる吉田俊平少佐。相手が悪すぎることぐらいエスコバルにもわかった。

「我社は現状では本来の業務である鉱山とインフラの警備に全力を割かせて頂きます。なお防衛会議の我々の協力事項はすべて白紙に戻させてもらいますのでご承知おきを 」 

 そう言うと吉田は立ち上がった。呆然と彼を見送るエスコバル。吉田は部屋を出るとドアの前で待っていた副官の中尉を呼びつけた。

「やはりアメリカは嵯峨との直接対決を避けましたか 」 

 吉田は頷きながら満足げに笑みを浮かべた。

「良いじゃないか。これで懸賞金を独占できるんだ。せいぜい共和軍には我々が嵯峨の首を取るためのお膳立てに奔走してもらおうじゃないの 」 

 そう言って歩き始める吉田に端末を示して見せた副官。その表情はまるでいたずらがばれなかったときの子供のようにも見えた。

「また懸賞金が上がったという連絡が入りましたよ 」 

 その言葉に吉田はにんまりと笑顔を作った。

「それはいい! それと各部隊員には通達しておけ。黒いアサルト・モジュールには手を出すなとな。あれは俺の獲物だ 」 

「了解しました。少佐の思惑通り動きますよ、我々は 」 

 それなりに実戦をくぐってきたのだろう、頬に傷のある副官はそう言うとにやりと笑って見せた。

「黒死病だか人斬りだか知らねえが、所詮は青っ白い王子様の成れの果てだ。それほど心配する必要はないだろ?」 

 そう言うと目の前で談笑していた共和軍の将校を避けさせて二人は進む。思わず吉田はいま後にした司令部が置かれたビルを振り返る。北兼台地の中心都市アルナガの共和軍本部。そのビルの中は黒いアサルト・モジュールが現れたということで、吉田が会議に出席するために三時間前に到着した時からの喧騒が続いていた。

「しかし、共和軍はあてになるのですか? 」 

「まあ、ならないだろうな。そのことは最初から織り込んで俺がここにいるんだろう? 嵯峨惟基。いや、ムジャンタ・ラスコー! 今度こそ奴の首は俺が取る 」 

 そう言うと吉田は晴々とした顔で共和軍本部の建物をあとにした。
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