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第4章 戦線
開き直り
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「食べないんですか? 」
嵯峨はそう言ってクリスとハワードを眺めるが、すぐに切り替えたようにうどんにカレーの汁をなじませながら二人の前のうどんを見ている。
「いえ、やはりあなたでも昔のことを思い出すんですね 」
クリスの言葉に一度にやりと笑ってからどんぶりに箸を向ける嵯峨。その表情がゆがんだ笑みに満たされているのが奇妙でそして悲しくもあるようにクリスには見えた。
「まあ、私も人間ですから。思い出すことだってありますよ。ここの土地には因縁がある。特に私の場合には特別でね 」
そう言うと今度は隣のサラダを口に掻きこみ始める。クリスもそれにあわせて慣れない箸でうどんを口に運んだ。
「ああ、そう言えば攻略地点を知らせてなかったですね 」
呆れるようなスピードで隊長特権らしいサラダを口に掻き込んだ嵯峨はそう切り出した。ぼんやりしていたクリスを見てため息をついた嵯峨は胡州の最上流の貴族の出だと言うのにまるで餌のようにサラダを食い尽くした。
「攻略と言うか、上手くいけば戦闘をせずに行けるところなんですがね。この夷泉の南にある兼行峠の向こう側に村が一つあるんですよ」
嵯峨は落ち着いたというようにほうじ茶に手を伸ばす。細かい地名を図も無く教えられてぼんやりと話を聞くことしか出来ないクリスとハワード。そんな彼等を気にする様子も無く嵯峨は言葉を続ける。
「まあ、かなり前に廃村になっているんですが、そこに司令部に使えそうな廃墟がありましてね。そこならこれから先の北兼台地の鉱山施設制圧作戦の拠点になると思いまして……」
そのままほうじ茶を一息で飲み干す嵯峨。クリスもハワードもまだカレーうどんを半分以上残していた。
「そこを橋頭堡にするわけですね 」
クリスの言葉を聞くと嵯峨は胸のポケットに入れたタバコの箱を取り出し、手の中でくるくると回して見せた。
「まあそう言うことです 」
嵯峨の頭が食堂の入り口に向いた。クリスが振り向くとそこには先日会議室で見た胡州浪人に見える眼鏡をかけた士官がヘルメットを抱えて立っていた。
「遠藤! ちょっと待ってろ。ハワードさん、ドライバーが来ましたよ 」
遠藤と呼ばれた少尉はハワードの隣までやってくると敬礼した。いかにもギクシャクとした態度、胡州で訓練を受けた士官らしく視線は厳しい。
「ハワード・バスさんですね。第一機械化中隊の遠藤明少尉と言います 」
ハワードを見上げる青年に握手を求めて手を伸ばす。遠藤はぎこちなく大きなハワードの手を握り返すとようやく笑みを浮かべた。
「ずいぶんとお若い方ですね。出身は胡州ですか? 」
流暢なハワードの日本語に戸惑ったような表情を浮かべた後、遠藤と言う士官は首を横に振った。
「いえ、遼南ですよ。北兼軍閥の生え抜きですから 」
頷きながらハワードは椅子に腰掛ける。そしてそのままクリスよりも上手く箸を使ってうどんを食べていく。遠藤はそのままハワードの脇に立ってその様子をじっと眺めていた。
「おいおいおい。そんなに見つめたら食事が出来なくなるじゃないか。とりあえずこれでも飲め 」
そう言うと嵯峨は遠藤にほうじ茶を注いでやった。遠藤はそのままハワードの隣に座るとほうじ茶を口に含んだ。
「遠藤少尉。いい写真は撮れそうかね 」
ハワードはサラダのトマトを口に入れながらそう尋ねる。
「それはどうでしょうか……それは私の仕事ではありませんから 」
きっぱりとそう答える遠藤にハワードは手を広げて見せた。それを見て渋い顔をする嵯峨。
「うちの宣伝になるかもしれないんだぜ。もうちょっと色をつけた話でもしろよ 」
嵯峨はそう言うとクリス達が食事を終えたのを確認した。嵯峨に向けられた目で合図されたと言うように少尉が立ち上がる。
「それじゃあ先に行ってるぜ 」
ハワードはそう言うとジュラルミンのカメラケースを肩にかけて遠藤のあとを追って食堂を後にした。
「そう言えば嵯峨中佐は戦闘は無いようなことをおっしゃってましたね 」
ほうじ茶を口に運びながらクリスはこの言葉に嵯峨がどう反応するのかを確かめようとした。
「そんなこと言ったっけかなあ。まあ、現状としてさっき言った目的地とその経路には敵影が無いのは事実ですがね 」
嵯峨は笑いながら立ち上がる。そしてそのままタバコを口にくわえて手にしたトレーをカウンターに運んだ。
「戦場では希望的観測は命取りですから。まあ今のうちに楽観できるところはしておいた方がいいと言うのが私の持論ですので 」
そう言うと嵯峨はおもちゃにしていた口のタバコにようやく火をつけた。
「それじゃあ行きましょうか? 」
トレーを棚に置くとクリスを振り返った嵯峨がそういった。くわえるタバコの先がかすかに揺れていた。さすがにポーカーフェイスの嵯峨も緊張しているようにクリスには見えた。
嵯峨はそう言ってクリスとハワードを眺めるが、すぐに切り替えたようにうどんにカレーの汁をなじませながら二人の前のうどんを見ている。
「いえ、やはりあなたでも昔のことを思い出すんですね 」
クリスの言葉に一度にやりと笑ってからどんぶりに箸を向ける嵯峨。その表情がゆがんだ笑みに満たされているのが奇妙でそして悲しくもあるようにクリスには見えた。
「まあ、私も人間ですから。思い出すことだってありますよ。ここの土地には因縁がある。特に私の場合には特別でね 」
そう言うと今度は隣のサラダを口に掻きこみ始める。クリスもそれにあわせて慣れない箸でうどんを口に運んだ。
「ああ、そう言えば攻略地点を知らせてなかったですね 」
呆れるようなスピードで隊長特権らしいサラダを口に掻き込んだ嵯峨はそう切り出した。ぼんやりしていたクリスを見てため息をついた嵯峨は胡州の最上流の貴族の出だと言うのにまるで餌のようにサラダを食い尽くした。
「攻略と言うか、上手くいけば戦闘をせずに行けるところなんですがね。この夷泉の南にある兼行峠の向こう側に村が一つあるんですよ」
嵯峨は落ち着いたというようにほうじ茶に手を伸ばす。細かい地名を図も無く教えられてぼんやりと話を聞くことしか出来ないクリスとハワード。そんな彼等を気にする様子も無く嵯峨は言葉を続ける。
「まあ、かなり前に廃村になっているんですが、そこに司令部に使えそうな廃墟がありましてね。そこならこれから先の北兼台地の鉱山施設制圧作戦の拠点になると思いまして……」
そのままほうじ茶を一息で飲み干す嵯峨。クリスもハワードもまだカレーうどんを半分以上残していた。
「そこを橋頭堡にするわけですね 」
クリスの言葉を聞くと嵯峨は胸のポケットに入れたタバコの箱を取り出し、手の中でくるくると回して見せた。
「まあそう言うことです 」
嵯峨の頭が食堂の入り口に向いた。クリスが振り向くとそこには先日会議室で見た胡州浪人に見える眼鏡をかけた士官がヘルメットを抱えて立っていた。
「遠藤! ちょっと待ってろ。ハワードさん、ドライバーが来ましたよ 」
遠藤と呼ばれた少尉はハワードの隣までやってくると敬礼した。いかにもギクシャクとした態度、胡州で訓練を受けた士官らしく視線は厳しい。
「ハワード・バスさんですね。第一機械化中隊の遠藤明少尉と言います 」
ハワードを見上げる青年に握手を求めて手を伸ばす。遠藤はぎこちなく大きなハワードの手を握り返すとようやく笑みを浮かべた。
「ずいぶんとお若い方ですね。出身は胡州ですか? 」
流暢なハワードの日本語に戸惑ったような表情を浮かべた後、遠藤と言う士官は首を横に振った。
「いえ、遼南ですよ。北兼軍閥の生え抜きですから 」
頷きながらハワードは椅子に腰掛ける。そしてそのままクリスよりも上手く箸を使ってうどんを食べていく。遠藤はそのままハワードの脇に立ってその様子をじっと眺めていた。
「おいおいおい。そんなに見つめたら食事が出来なくなるじゃないか。とりあえずこれでも飲め 」
そう言うと嵯峨は遠藤にほうじ茶を注いでやった。遠藤はそのままハワードの隣に座るとほうじ茶を口に含んだ。
「遠藤少尉。いい写真は撮れそうかね 」
ハワードはサラダのトマトを口に入れながらそう尋ねる。
「それはどうでしょうか……それは私の仕事ではありませんから 」
きっぱりとそう答える遠藤にハワードは手を広げて見せた。それを見て渋い顔をする嵯峨。
「うちの宣伝になるかもしれないんだぜ。もうちょっと色をつけた話でもしろよ 」
嵯峨はそう言うとクリス達が食事を終えたのを確認した。嵯峨に向けられた目で合図されたと言うように少尉が立ち上がる。
「それじゃあ先に行ってるぜ 」
ハワードはそう言うとジュラルミンのカメラケースを肩にかけて遠藤のあとを追って食堂を後にした。
「そう言えば嵯峨中佐は戦闘は無いようなことをおっしゃってましたね 」
ほうじ茶を口に運びながらクリスはこの言葉に嵯峨がどう反応するのかを確かめようとした。
「そんなこと言ったっけかなあ。まあ、現状としてさっき言った目的地とその経路には敵影が無いのは事実ですがね 」
嵯峨は笑いながら立ち上がる。そしてそのままタバコを口にくわえて手にしたトレーをカウンターに運んだ。
「戦場では希望的観測は命取りですから。まあ今のうちに楽観できるところはしておいた方がいいと言うのが私の持論ですので 」
そう言うと嵯峨はおもちゃにしていた口のタバコにようやく火をつけた。
「それじゃあ行きましょうか? 」
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