レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
887 / 1,531
第57章 戦後処理

残されしモノ

しおりを挟む
 すでに市街戦の跡はかなり修復が進んでいた。時々商店や屋敷の壁に銃痕が残っているのが先日の近衛師団突入の戦闘の激しさを物語っている。自然とそんな光景を前にして会話も途切れた。

 街が流れて消え、市街調整区域を抜けると空の赤い雲が車内までも赤く染めてくる。

「どうしても思い出すな……この赤い空を見ると……なんだかいつ見ても気分が重くなるよ」 

 不意に嵯峨がつぶやく。この先には墓所があるばかり。明石はそれを聞いて何度となく戦友や学友の墓参りに行きたくても行けない闇屋時代を思い出した。

「もうそろそろ……」 

 振り向いて知らせようとした魚住が明石の急ブレーキでシートに頭をしたたかぶつけた。

「何しやがんだ!」 

「そこで検問やってるやん」 

 淡々と応える明石を魚住は恨めしそうににらみつけた。

 近づいてくる警察官。それも運転する明石の海軍の制服を見て少しばかり表情が雲った。

「すみません……免許書を……」 

 窓が開いて眼鏡の警官の言葉に明石は懐から免許書を取り出す。

「この先……他のコロニーへの通用道は閉鎖されていますが……」 

「ええねん。墓参りや」 

 明石の言葉に警察官の表情に緊張が走った。この先には墓地と言えば上流貴族の墓所しかない。その様子にすぐに免許書を返すと堅苦しい敬礼をしてみせる。

「あんなにしゃっちょこばらなくてもええのになあ」 

「なあにこの国は二百年も庶民は貴族に頭を下げておこぼれをもらうものと言う教育が行き届いているんだ。仕方ねえんじゃねえか?」 

 投げやりな嵯峨の言葉。そのまま車は墓所へ続く道を走る。人死にがたくさん出たあとだというのに墓所への道はなぜか明石の車だけが走っている状況だった。

「えらい空いてますな」 

「今葬式しても誰も来ないから自重してるんじゃないの?」 

 そう言うと嵯峨は門が見えてきたのでなんどかシートベルトを緩めるようなしぐさをした。車はそのまま門のところで止まる。今度は守衛と墓所管理の職員が近づいてきた。

「これは……安東様のお知り合いの方ですね」 

「何で分かるの?」 

「先ほど赤松様からすぐに到着するから準備をしておけと言われましたので」 

 職員はそう言うとカードを明石に手渡した。

「さすが忠さん。気が利くねえ」 

 嵯峨はそう言うとにんまりと笑い明石からカードを受け取った。

 そのまま車を係員に預けると明石達はそのまま墓地への階段を上がった。たまに線香の香りが漂い、墓所であることを再確認しながらお互いに顔を見合わせる。

「どうも……失礼します」 

 喪服の老女が突然脇から現れ明石達の隣を通り過ぎていく。彼女が今回の動乱で何を失ったのかは分からない。ただ沈黙が一同を支配していた。

「おう、来たんやな」 

 桶の置かれる場所で一人立ち尽くしていた赤松の顔を見て一同はほっとした気分になっていた。

「ここにいるならカードなんて……」 

 嵯峨はそう言うと桶の入った器具にカードを差し込む。テラフォーミング化した土地らしく、胡州では水は貴重だった。その桶入れの中から水に満たされた桶が出てきた。明石は成り行きでその桶を手にしていた。

「行こか」 

 そう言うと赤松はそのまま墓所に向かう。並んでいる墓標。どれも貴族達の墓地であり墓石には高級な石材が使われ、凝った装飾が施されていた。

「あれ……恭子さんじゃねえのか?」 

 嵯峨の言葉に赤松が大きく身を乗り出す。明石が見たのは黒い喪服の女性が跪いて墓を拝んでいる有様だった。赤松がいつの間にかその女性に向かって歩き始める。

「赤松将軍。妹さんが……」

 明石がそう言って見たが赤松は一人立ち尽くしていた。明石達はそれを見て大きなため息をつくと彼を置いて嵯峨の後ろについて歩き始めた。

「お兄様……新三郎さん……」 

 恭子は驚いたように嵯峨を見つめた。そして明石はその瞳が正気を失った人物のものだとすぐに直感できた。

「一応、俺は嵯峨の跡取りになったんだけどな」 

「貞盛さんもいないわよ……」 

 そう言うとにこりと笑って彼女は新しい塔婆の目立つ黒い墓石をいとおしそうに見上げていた。

 重い空気。だれもが黙り込んで静かに墓石を眺める。線香の香りが当たりに漂った。

「返して……」 

「すまない」 

 兄の言葉にその発せられたほうを見た恭子の顔は涙に濡れていた。

「なんで……貞盛さんは……」 

「それは武家の習いでしょ」 

 卒塔婆の脇から貴子が現れてそう言った。そんな弟の死を一言で片付けた姉に殺気を込めた視線を投げる恭子。明石達はただ呆然と二人を見守るばかりだった。

「忠義に生きて忠義に死んだ。私としてはよくやったと褒めてやりたいわ」 

「そんな……簡単に……人が死んだのに……割り切るなんて……」 

 恭子は赤に菊模様の留袖の裾を目に当てて涙をぬぐう。そんな有様に明石はその後の羽州の混乱の話を思いだした。安東を自刃に追い込んだ秋田義貞が跡目を継ぐべく西園寺邸を訪ねたが、宰相西園寺基義は門をくぐることすら許さなかった。そしてそのままシンパを集めて会議をしているところに官派の残党が襲撃をかけ、秋田一門の多くは惨殺されたという。

「一学……貞坊……いい奴ばかり死にやがる」 

 嵯峨はそう言うと手にしてきていた桶の水を墓石にかけた。静かに水が流れる。そして線香を持っていた貴子が明石達にも線香を配った。

「貞盛は明るいのが好きだったから……泣くのはよしましょうよ」 

 逆賊として公に葬儀を行なうことも許されずに恭子と数人の被官だけで行なわれた葬儀に参加できなかった姉は静かに弟の墓標に線香を献じた。そして静かに手を合わせる。

「ありがとう……有難うございます」 

 途切れ途切れに恭子は義姉に静かに頭を下げた。

「ところでそこの坊さん」 

「ワシのこと……」 

「そういうこと」 

 明石は突然嵯峨に声をかけられて当惑していた。着流し姿、丸腰でまるで殺気を感じない姿は逆に奇妙に見えた。

「お前さん達もこの戦いを生き延びたわけだ。だがこれからどうなるか分からねえぞ。何が起きるか読めない時代だ」 

「新三が言うことやないんとちゃうか?」 

 赤松の突込みを無視して嵯峨は話し続けた。

「何かを得るには何かを捨てなきゃいけないものだ」 

「そうかもしれませんね」 

 後ろからいきなり声をかけられ嵯峨は驚いたふりをするように振り向いた。そこには疲れたような表情の別所が立っていた。

「なんだよ……あれか?車に忘れ物とか」 

「まあそんなところです」 

 そう言うと別所は手にしたものを一人墓の前に跪いている恭子に差し出した。

「安東大佐の遺髪だそうです」 

 小さな紙袋。恭子はそれを握り締めると胸の前に抱いて黙り込んだ。

「これが現実さ。俺や忠さんもこれから貞坊の分まで生きなきゃならなくなる」 

 黙って蹲っている恭子を見ながら嵯峨は大きくため息をついた。

「ところで坊さんよ」 

 嵯峨の言葉に気が付いて視線を落とす明石。なんとなく言葉を選ぶのが疲れてきた明石はただ黙って嵯峨を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...