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第56章 安息の日々
隠された力
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「しかし……あの噂はほんまやろか?」
「噂って?」
魚住のとぼけた表情に明石は大きくため息をついた。
「あの中央突破を狙った官派の部隊がとんでもない望遠距離から狙撃されて流れが変わったって言う噂だよ」
「そら初耳やな。詳しく話せ」
箸を握りなおした明石は興味深そうに魚住の顔を見つめていた。
「法術の話は知ってるか?」
「突然なんやねん……法術?修験道の一種かなにかか?」
魚住の突拍子の無い話に呆然と訪ねる明石。そしてその言葉にかすかに動きを止めた楓を見て魚住はどう話を切り出したらいいか考えた。
「正親町三条曹長。何か聞いたことがあるか?」
「な……何がですか?」
「お前の親父さんの嵯峨惟基や伯母の西園寺康子様。そして……」
魚住が追い詰めるたびに小さくなる楓。明石もこれを見て少しばかり不審に思った。
「隠し事か?隠さなあかんことならこいつなんて無視してやり」
「ひでえなあ。実際さっきの狙撃手の話を聞きたがったのはタコじゃねえか」
「まあそうなんやけど……なあ」
明石が目をやると鳩が豆鉄砲を食らったようにあたふたと麺を啜る楓。この少女の過去に何があるかを明石も知りたくないわけではなかった。
嵯峨惟基。元々かなり胡散臭い人物の娘である彼女が知っているかもしれない秘密。そして一族である西園寺康子の秘密について何かを知っていることはすぐにわかった。それでも明石がそちらに話題を振らなかったのはその秘密が今は知るべきじゃない事実だと言うことを直感していたからだった。
前の大戦の終戦前日。特攻用の兵器のメンテナンスを頼みに言った際、明石は見たくも無い出撃表を見ることになった。そこには貴族は原則として特攻部隊としては出撃させないと言う注意書きが書かれていた。艦には明石以外は爵位を持つ人物はいなかった。そして明石は所詮は寺社貴族の次男坊ということで士族や平民上がりの同僚達や上官達と同じ恐怖を体験していると信じていた。それが裏切られた時。その仕組みを知ってしまった時。もうすでに戦後のドヤ街を徘徊する運命は決まっていたのだと明石は思っていた。その時に感じた知りたくない事実に出会う衝撃を思い出すと自然と明石の表情は曇った。
「ワシは聞きとうない」
明石はいつの間にかそうつぶやいていた。
「聞かせろとか聞きたくないとか面倒な奴だな」
そう言うとニヤリと笑って黙り込む魚住。その様子になぜか満足げな楓。
「まあ知らんでもええことなのはようわかった。で?」
「で?ってなんだよ」
魚住はそう言いながら手元の携帯端末を開く。そしてそのままいくつか操作をすると明石の腕の携帯端末が着信を知らせた。
「あんまり広めたくは無かったんだがな。一応法術に関する陸軍と海軍の資料で俺が届く範囲のものは送ったぞ。もしもっと深入りしたければ別所に聞け」
そう言うと魚住は立ち上がった。
「そう言えば……久しぶりに野球でもやりたいな」
「メンバーがおらん」
「まったく空気が読めん奴だな……何も職業野球をやろうってわけじゃねえんだから」
呆れたようにそう言うとボールを投げるフォームを再現してみせる魚住。その様子を苦笑いで眺める明石。
「まあしばらくは安泰と行きたい所だが……どうなるか」
「どうなるかではなく我々がどうするかだと思うのですが……」
黙っていた楓の突然の言葉に魚住も明石も彼女の顔を見た。
「見ないでください。恥ずかしい……」
その急に見つめられて恥ずかしがる姿に魚住と明石は大笑いを始めた。
「それじゃあ出るか?」
魚住の言葉で三人は立ち上がった。
「勘定、ここに置いとくから」
「有難うございました!」
魚住が三人分の代金の札をテーブルに置いて立ち上がる。明石は麺を半分残して不思議そうにつけ麺を眺めている楓の肩を叩くと店の外に出た。
官庁街には珍しいラーメン屋。大きく伸びをする明石の前に見慣れた緑色の髪の男が立っていた。
「おい、何してるんだ?」
黒田が偶然を装うように立っていた。彼が恐らくは明石達を訪ねてきたことは表情を見れば分かったのでつい明石の悪戯心が刺激された。
「この店な。たくさん食うと安くなんねん」
「ホントか?」
「明石……デマは止めろよ。それより俺達を探してた面だな」
「まあ……あれだ。気晴らしも必要だからな」
そう言いながら海軍省に向かう道を歩き始めた明石達についてくる黒田。
「飯は良いのか?」
「まあ取り調べの間に軽くつまんでたからな」
黒田はそう言うと明石達の後ろを歩いていた。路地を出ると大通り、その道は胡州帝国海軍省の巨大な建物に続いている。回りのビルの塀には先日の内戦の跡を象徴するように弾痕があちこちに見て取れた。
「このまま帰ったら……黒田に悪いか。ちょっと中庭で食休みと行こうじゃないか」
明石のにこやかな顔を見るとそのまま魚住は表玄関を無視して車止めを突っ切って歩き出す。歩哨達は佐官の制服の三人と下士官の制服の女性兵士がなぜ玄関に入らないのか不思議がっているように視線を明石達に向けてきた。それを無視して明石は芝生の広がる中庭に先客がいるのに気がついた。
「遅いじゃないか」
にんまりと笑う別所を見て明石はため息をつく。
「心配しただけ損した気分やで」
「心配か?そりゃあ結構だ……まあ疲れてるのは事実だがな」
そう言うと明石達に向き直り胡坐をかく別所。魚住はさっさとその隣で寝転がる。黒田は別所と顔を突き合せるのが飽き飽きしたというようにその隣に正座する楓の脇にどっかりと腰を下ろした。
「タコもゆっくりしろよ。休めるうちに休むのが鉄則だろ?」
笑みを浮かべる別所に催促されて明石ものんびりと腰を下ろした。
「これからどないなるんやろな」
「それが分かれば苦労しねえよ」
明石の言葉に即答する魚住。楓は苦笑いを浮かべながら隣で転寝し始めた黒田に目を向けた。
「寝かせてやれよ。俺も寝たいくらいだ」
「休める時に休むんじゃ無いのか?」
「減らず口を」
魚住の言葉に苦笑いを浮かべるとそのまま別所は芝生に寝転がった。
「噂って?」
魚住のとぼけた表情に明石は大きくため息をついた。
「あの中央突破を狙った官派の部隊がとんでもない望遠距離から狙撃されて流れが変わったって言う噂だよ」
「そら初耳やな。詳しく話せ」
箸を握りなおした明石は興味深そうに魚住の顔を見つめていた。
「法術の話は知ってるか?」
「突然なんやねん……法術?修験道の一種かなにかか?」
魚住の突拍子の無い話に呆然と訪ねる明石。そしてその言葉にかすかに動きを止めた楓を見て魚住はどう話を切り出したらいいか考えた。
「正親町三条曹長。何か聞いたことがあるか?」
「な……何がですか?」
「お前の親父さんの嵯峨惟基や伯母の西園寺康子様。そして……」
魚住が追い詰めるたびに小さくなる楓。明石もこれを見て少しばかり不審に思った。
「隠し事か?隠さなあかんことならこいつなんて無視してやり」
「ひでえなあ。実際さっきの狙撃手の話を聞きたがったのはタコじゃねえか」
「まあそうなんやけど……なあ」
明石が目をやると鳩が豆鉄砲を食らったようにあたふたと麺を啜る楓。この少女の過去に何があるかを明石も知りたくないわけではなかった。
嵯峨惟基。元々かなり胡散臭い人物の娘である彼女が知っているかもしれない秘密。そして一族である西園寺康子の秘密について何かを知っていることはすぐにわかった。それでも明石がそちらに話題を振らなかったのはその秘密が今は知るべきじゃない事実だと言うことを直感していたからだった。
前の大戦の終戦前日。特攻用の兵器のメンテナンスを頼みに言った際、明石は見たくも無い出撃表を見ることになった。そこには貴族は原則として特攻部隊としては出撃させないと言う注意書きが書かれていた。艦には明石以外は爵位を持つ人物はいなかった。そして明石は所詮は寺社貴族の次男坊ということで士族や平民上がりの同僚達や上官達と同じ恐怖を体験していると信じていた。それが裏切られた時。その仕組みを知ってしまった時。もうすでに戦後のドヤ街を徘徊する運命は決まっていたのだと明石は思っていた。その時に感じた知りたくない事実に出会う衝撃を思い出すと自然と明石の表情は曇った。
「ワシは聞きとうない」
明石はいつの間にかそうつぶやいていた。
「聞かせろとか聞きたくないとか面倒な奴だな」
そう言うとニヤリと笑って黙り込む魚住。その様子になぜか満足げな楓。
「まあ知らんでもええことなのはようわかった。で?」
「で?ってなんだよ」
魚住はそう言いながら手元の携帯端末を開く。そしてそのままいくつか操作をすると明石の腕の携帯端末が着信を知らせた。
「あんまり広めたくは無かったんだがな。一応法術に関する陸軍と海軍の資料で俺が届く範囲のものは送ったぞ。もしもっと深入りしたければ別所に聞け」
そう言うと魚住は立ち上がった。
「そう言えば……久しぶりに野球でもやりたいな」
「メンバーがおらん」
「まったく空気が読めん奴だな……何も職業野球をやろうってわけじゃねえんだから」
呆れたようにそう言うとボールを投げるフォームを再現してみせる魚住。その様子を苦笑いで眺める明石。
「まあしばらくは安泰と行きたい所だが……どうなるか」
「どうなるかではなく我々がどうするかだと思うのですが……」
黙っていた楓の突然の言葉に魚住も明石も彼女の顔を見た。
「見ないでください。恥ずかしい……」
その急に見つめられて恥ずかしがる姿に魚住と明石は大笑いを始めた。
「それじゃあ出るか?」
魚住の言葉で三人は立ち上がった。
「勘定、ここに置いとくから」
「有難うございました!」
魚住が三人分の代金の札をテーブルに置いて立ち上がる。明石は麺を半分残して不思議そうにつけ麺を眺めている楓の肩を叩くと店の外に出た。
官庁街には珍しいラーメン屋。大きく伸びをする明石の前に見慣れた緑色の髪の男が立っていた。
「おい、何してるんだ?」
黒田が偶然を装うように立っていた。彼が恐らくは明石達を訪ねてきたことは表情を見れば分かったのでつい明石の悪戯心が刺激された。
「この店な。たくさん食うと安くなんねん」
「ホントか?」
「明石……デマは止めろよ。それより俺達を探してた面だな」
「まあ……あれだ。気晴らしも必要だからな」
そう言いながら海軍省に向かう道を歩き始めた明石達についてくる黒田。
「飯は良いのか?」
「まあ取り調べの間に軽くつまんでたからな」
黒田はそう言うと明石達の後ろを歩いていた。路地を出ると大通り、その道は胡州帝国海軍省の巨大な建物に続いている。回りのビルの塀には先日の内戦の跡を象徴するように弾痕があちこちに見て取れた。
「このまま帰ったら……黒田に悪いか。ちょっと中庭で食休みと行こうじゃないか」
明石のにこやかな顔を見るとそのまま魚住は表玄関を無視して車止めを突っ切って歩き出す。歩哨達は佐官の制服の三人と下士官の制服の女性兵士がなぜ玄関に入らないのか不思議がっているように視線を明石達に向けてきた。それを無視して明石は芝生の広がる中庭に先客がいるのに気がついた。
「遅いじゃないか」
にんまりと笑う別所を見て明石はため息をつく。
「心配しただけ損した気分やで」
「心配か?そりゃあ結構だ……まあ疲れてるのは事実だがな」
そう言うと明石達に向き直り胡坐をかく別所。魚住はさっさとその隣で寝転がる。黒田は別所と顔を突き合せるのが飽き飽きしたというようにその隣に正座する楓の脇にどっかりと腰を下ろした。
「タコもゆっくりしろよ。休めるうちに休むのが鉄則だろ?」
笑みを浮かべる別所に催促されて明石ものんびりと腰を下ろした。
「これからどないなるんやろな」
「それが分かれば苦労しねえよ」
明石の言葉に即答する魚住。楓は苦笑いを浮かべながら隣で転寝し始めた黒田に目を向けた。
「寝かせてやれよ。俺も寝たいくらいだ」
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