883 / 1,503
第55章 ようやくの平和
帝の裁可
しおりを挟む
「大公!」
「俺、一応皇帝なんだけど……」
醍醐の言葉に苦笑いを浮かべるとそのまま嵯峨は椅子に腰掛けた。赤松が覗き見た親友の顔。そこには悪魔でもにらみつけるような厳しい表情が浮かんでいた。
「忠さん。そこの椅子に座ってくれ、醍醐さんも頭を下げるのはいいから」
赤松も醍醐もただ下座で立ち尽くしている佐賀高家をちらりと見た後テーブルに付く。まるで当然なことのように佐賀を無視している嵯峨に佐賀の弟である醍醐文隆は我慢できずに立ち上がった。
「兄のことでしたら私の責任です」
嵯峨が手にしている短刀をすばやく見つけて醍醐が叫んだ。だが表情一つ変えずに嵯峨は醍醐に目をやった。
「佐賀のことか?そんなものは処分は決まってるよ」
そう言ってニヤリと笑うと立ち上がる。おどおどと主君を見つめる佐賀。その姿に満足したように短刀を佐賀の足元に投げた。
「裏切り、寝返り。俺の顔に泥を塗ったんだ。それなりの責任の取り方は分かるだろ?」
嵯峨のにんまりと笑う様に佐賀はその言葉が冗談か何かのように感じられているような硬い笑みを浮かべていた。
「忠さん、兼光」
仕方が無いというように赤松は手にしていた太刀を嵯峨に渡した。静かに鞘を抜いてじっくりとその刃を吟味するように見つめる。
「大公!早まらないでください!」
「早まる?遅すぎたの間違いじゃないのか?決起の時点で俺の顔の利く連中を使って謀殺ってのも味があってよかったんだがね」
テーブルから飛び出して嵯峨が投げた短刀を手に取ると醍醐は地べたに頭を擦り付けてわびる。そんな弟の姿がよく理解できないというように佐賀はただ立ち尽くしている。
「弟にこれだけさせて……さあ、腹なり首なりそいつで切ってくれ。俺が止めを刺してやる」
相変わらず放心状態の佐賀を哀れな生き物を見つめるような目で嵯峨は眺めていた。
どすんと佐賀は跪く。そしてそのまま頭を下げた。
「おい、誰も命乞いなんて頼んでねえぞ。腹を切れと言ったんだ」
嵯峨の言葉に今度は黙って額を床に摩り付けるほどに頭を下げた。
「新の字。ええ加減にせえよ……」
そう言った赤松に向かい振り向いた嵯峨。そこには狂気とも言えるような感情を押し殺した目が並んでいた。そんな旧友に赤松は思わず黙り込んだ。
「御前!なにとぞ!兄の不始末は……」
「醍醐さん。俺は高家さんと話してるんですよ……ねえ」
ニヤリと笑う嵯峨。その様子を見て醍醐も思わず諦めた。佐賀が仕方が無いというように震えながら短剣に手を伸ばした。
「ほう……作法は分かってるでしょ?なんと言っても胡州の貴族様なんだから……」
下卑た笑いが嵯峨の顔を覆う。そしてそんな主君を見ながら佐賀は静かに短剣の鞘を払った。
「やめてくれ!兄上!」
醍醐はそう叫ぶと兄である佐賀の手を思い切り叩いた。短剣が廊下へと転がっていく。
「おう……いい兄弟愛だ……忠さん。どうしましょうか?」
今度はふざけた調子で振り返った嵯峨だが、その目の前には赤松のこぶしがあった。
「ホンマに!ええ加減にせえよ!人の命で遊ぶのは……」
よろけた嵯峨。その口元に血が浮いていた。それをぬぐうと嵯峨は今度は片膝を付いて醍醐の肩を叩いた。
「確かに……忠さんの言うことももっともだね」
そう言いつつ嵯峨は相変わらず不機嫌そうに立ち上がるとそのまま椅子に戻った。
「とりあえず首と胴体がつながった感想はどうだ?」
「お許しいただけるのですか?」
嵯峨の投げやりな言葉に佐賀は少しばかり笑みを浮かべて顔を上げる。
「まあ姉貴にさあ。殺すなって言われてるんだよ。これ以上人死にを出して何をしたいんだってね」
嵯峨の義理の姉、西園寺康子。その化け物じみたこの内戦での戦いの噂が駆け巡っているだけに彼女に諭された嵯峨が無理をしないのを納得して赤松は自分の席に戻った。
「兄上……」
「すまん……文隆」
力が抜けたように頭を下げる弟をなだめる兄。その様子に嵯峨の視線は惹きつけられていた。
「なんやかんや言いながら血のつながりってのは重要なんだねえ」
赤松のそう言う旧友の表情が複雑なものになっているのを察した。母の同じ唯一の弟ムジャンタ・バスバを政治的取引の関係で斬殺しなければならなくなった時。それ以上に父、霊帝の送り名のムジャンタ・カバラと死闘を繰り広げた少年時代からこの男には誰も信じられないという信念が芽生えたのかもしれない。そんなことを考えながら貧弱な少年としか見れなかった13歳の時の出会いのことを思い出す。
「それにしてもええのんか?まもなく影武者さんが帝都に入国することになってんで」
「あっ!」
思い出したように立ち上がり頭を掻く。そして腕の端末で時間を確認して大きくため息をつく嵯峨。
「つまらないことに時間使っちゃったよ……あと二時間で鵜園殿で宰相の任命式だ」
「お上、お急ぎください」
気分を切り替えた醍醐は立ち上がると自分の端末を開いて陸軍省に連絡を取る。そんな勝者達を眺めながら決して自分が許されることはないと思いながら佐賀は一人で床に座り続けていた。
「俺、一応皇帝なんだけど……」
醍醐の言葉に苦笑いを浮かべるとそのまま嵯峨は椅子に腰掛けた。赤松が覗き見た親友の顔。そこには悪魔でもにらみつけるような厳しい表情が浮かんでいた。
「忠さん。そこの椅子に座ってくれ、醍醐さんも頭を下げるのはいいから」
赤松も醍醐もただ下座で立ち尽くしている佐賀高家をちらりと見た後テーブルに付く。まるで当然なことのように佐賀を無視している嵯峨に佐賀の弟である醍醐文隆は我慢できずに立ち上がった。
「兄のことでしたら私の責任です」
嵯峨が手にしている短刀をすばやく見つけて醍醐が叫んだ。だが表情一つ変えずに嵯峨は醍醐に目をやった。
「佐賀のことか?そんなものは処分は決まってるよ」
そう言ってニヤリと笑うと立ち上がる。おどおどと主君を見つめる佐賀。その姿に満足したように短刀を佐賀の足元に投げた。
「裏切り、寝返り。俺の顔に泥を塗ったんだ。それなりの責任の取り方は分かるだろ?」
嵯峨のにんまりと笑う様に佐賀はその言葉が冗談か何かのように感じられているような硬い笑みを浮かべていた。
「忠さん、兼光」
仕方が無いというように赤松は手にしていた太刀を嵯峨に渡した。静かに鞘を抜いてじっくりとその刃を吟味するように見つめる。
「大公!早まらないでください!」
「早まる?遅すぎたの間違いじゃないのか?決起の時点で俺の顔の利く連中を使って謀殺ってのも味があってよかったんだがね」
テーブルから飛び出して嵯峨が投げた短刀を手に取ると醍醐は地べたに頭を擦り付けてわびる。そんな弟の姿がよく理解できないというように佐賀はただ立ち尽くしている。
「弟にこれだけさせて……さあ、腹なり首なりそいつで切ってくれ。俺が止めを刺してやる」
相変わらず放心状態の佐賀を哀れな生き物を見つめるような目で嵯峨は眺めていた。
どすんと佐賀は跪く。そしてそのまま頭を下げた。
「おい、誰も命乞いなんて頼んでねえぞ。腹を切れと言ったんだ」
嵯峨の言葉に今度は黙って額を床に摩り付けるほどに頭を下げた。
「新の字。ええ加減にせえよ……」
そう言った赤松に向かい振り向いた嵯峨。そこには狂気とも言えるような感情を押し殺した目が並んでいた。そんな旧友に赤松は思わず黙り込んだ。
「御前!なにとぞ!兄の不始末は……」
「醍醐さん。俺は高家さんと話してるんですよ……ねえ」
ニヤリと笑う嵯峨。その様子を見て醍醐も思わず諦めた。佐賀が仕方が無いというように震えながら短剣に手を伸ばした。
「ほう……作法は分かってるでしょ?なんと言っても胡州の貴族様なんだから……」
下卑た笑いが嵯峨の顔を覆う。そしてそんな主君を見ながら佐賀は静かに短剣の鞘を払った。
「やめてくれ!兄上!」
醍醐はそう叫ぶと兄である佐賀の手を思い切り叩いた。短剣が廊下へと転がっていく。
「おう……いい兄弟愛だ……忠さん。どうしましょうか?」
今度はふざけた調子で振り返った嵯峨だが、その目の前には赤松のこぶしがあった。
「ホンマに!ええ加減にせえよ!人の命で遊ぶのは……」
よろけた嵯峨。その口元に血が浮いていた。それをぬぐうと嵯峨は今度は片膝を付いて醍醐の肩を叩いた。
「確かに……忠さんの言うことももっともだね」
そう言いつつ嵯峨は相変わらず不機嫌そうに立ち上がるとそのまま椅子に戻った。
「とりあえず首と胴体がつながった感想はどうだ?」
「お許しいただけるのですか?」
嵯峨の投げやりな言葉に佐賀は少しばかり笑みを浮かべて顔を上げる。
「まあ姉貴にさあ。殺すなって言われてるんだよ。これ以上人死にを出して何をしたいんだってね」
嵯峨の義理の姉、西園寺康子。その化け物じみたこの内戦での戦いの噂が駆け巡っているだけに彼女に諭された嵯峨が無理をしないのを納得して赤松は自分の席に戻った。
「兄上……」
「すまん……文隆」
力が抜けたように頭を下げる弟をなだめる兄。その様子に嵯峨の視線は惹きつけられていた。
「なんやかんや言いながら血のつながりってのは重要なんだねえ」
赤松のそう言う旧友の表情が複雑なものになっているのを察した。母の同じ唯一の弟ムジャンタ・バスバを政治的取引の関係で斬殺しなければならなくなった時。それ以上に父、霊帝の送り名のムジャンタ・カバラと死闘を繰り広げた少年時代からこの男には誰も信じられないという信念が芽生えたのかもしれない。そんなことを考えながら貧弱な少年としか見れなかった13歳の時の出会いのことを思い出す。
「それにしてもええのんか?まもなく影武者さんが帝都に入国することになってんで」
「あっ!」
思い出したように立ち上がり頭を掻く。そして腕の端末で時間を確認して大きくため息をつく嵯峨。
「つまらないことに時間使っちゃったよ……あと二時間で鵜園殿で宰相の任命式だ」
「お上、お急ぎください」
気分を切り替えた醍醐は立ち上がると自分の端末を開いて陸軍省に連絡を取る。そんな勝者達を眺めながら決して自分が許されることはないと思いながら佐賀は一人で床に座り続けていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
潜水艦艦長 深海調査手記
ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。
皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる