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第55章 ようやくの平和
帝の裁可
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「大公!」
「俺、一応皇帝なんだけど……」
醍醐の言葉に苦笑いを浮かべるとそのまま嵯峨は椅子に腰掛けた。赤松が覗き見た親友の顔。そこには悪魔でもにらみつけるような厳しい表情が浮かんでいた。
「忠さん。そこの椅子に座ってくれ、醍醐さんも頭を下げるのはいいから」
赤松も醍醐もただ下座で立ち尽くしている佐賀高家をちらりと見た後テーブルに付く。まるで当然なことのように佐賀を無視している嵯峨に佐賀の弟である醍醐文隆は我慢できずに立ち上がった。
「兄のことでしたら私の責任です」
嵯峨が手にしている短刀をすばやく見つけて醍醐が叫んだ。だが表情一つ変えずに嵯峨は醍醐に目をやった。
「佐賀のことか?そんなものは処分は決まってるよ」
そう言ってニヤリと笑うと立ち上がる。おどおどと主君を見つめる佐賀。その姿に満足したように短刀を佐賀の足元に投げた。
「裏切り、寝返り。俺の顔に泥を塗ったんだ。それなりの責任の取り方は分かるだろ?」
嵯峨のにんまりと笑う様に佐賀はその言葉が冗談か何かのように感じられているような硬い笑みを浮かべていた。
「忠さん、兼光」
仕方が無いというように赤松は手にしていた太刀を嵯峨に渡した。静かに鞘を抜いてじっくりとその刃を吟味するように見つめる。
「大公!早まらないでください!」
「早まる?遅すぎたの間違いじゃないのか?決起の時点で俺の顔の利く連中を使って謀殺ってのも味があってよかったんだがね」
テーブルから飛び出して嵯峨が投げた短刀を手に取ると醍醐は地べたに頭を擦り付けてわびる。そんな弟の姿がよく理解できないというように佐賀はただ立ち尽くしている。
「弟にこれだけさせて……さあ、腹なり首なりそいつで切ってくれ。俺が止めを刺してやる」
相変わらず放心状態の佐賀を哀れな生き物を見つめるような目で嵯峨は眺めていた。
どすんと佐賀は跪く。そしてそのまま頭を下げた。
「おい、誰も命乞いなんて頼んでねえぞ。腹を切れと言ったんだ」
嵯峨の言葉に今度は黙って額を床に摩り付けるほどに頭を下げた。
「新の字。ええ加減にせえよ……」
そう言った赤松に向かい振り向いた嵯峨。そこには狂気とも言えるような感情を押し殺した目が並んでいた。そんな旧友に赤松は思わず黙り込んだ。
「御前!なにとぞ!兄の不始末は……」
「醍醐さん。俺は高家さんと話してるんですよ……ねえ」
ニヤリと笑う嵯峨。その様子を見て醍醐も思わず諦めた。佐賀が仕方が無いというように震えながら短剣に手を伸ばした。
「ほう……作法は分かってるでしょ?なんと言っても胡州の貴族様なんだから……」
下卑た笑いが嵯峨の顔を覆う。そしてそんな主君を見ながら佐賀は静かに短剣の鞘を払った。
「やめてくれ!兄上!」
醍醐はそう叫ぶと兄である佐賀の手を思い切り叩いた。短剣が廊下へと転がっていく。
「おう……いい兄弟愛だ……忠さん。どうしましょうか?」
今度はふざけた調子で振り返った嵯峨だが、その目の前には赤松のこぶしがあった。
「ホンマに!ええ加減にせえよ!人の命で遊ぶのは……」
よろけた嵯峨。その口元に血が浮いていた。それをぬぐうと嵯峨は今度は片膝を付いて醍醐の肩を叩いた。
「確かに……忠さんの言うことももっともだね」
そう言いつつ嵯峨は相変わらず不機嫌そうに立ち上がるとそのまま椅子に戻った。
「とりあえず首と胴体がつながった感想はどうだ?」
「お許しいただけるのですか?」
嵯峨の投げやりな言葉に佐賀は少しばかり笑みを浮かべて顔を上げる。
「まあ姉貴にさあ。殺すなって言われてるんだよ。これ以上人死にを出して何をしたいんだってね」
嵯峨の義理の姉、西園寺康子。その化け物じみたこの内戦での戦いの噂が駆け巡っているだけに彼女に諭された嵯峨が無理をしないのを納得して赤松は自分の席に戻った。
「兄上……」
「すまん……文隆」
力が抜けたように頭を下げる弟をなだめる兄。その様子に嵯峨の視線は惹きつけられていた。
「なんやかんや言いながら血のつながりってのは重要なんだねえ」
赤松のそう言う旧友の表情が複雑なものになっているのを察した。母の同じ唯一の弟ムジャンタ・バスバを政治的取引の関係で斬殺しなければならなくなった時。それ以上に父、霊帝の送り名のムジャンタ・カバラと死闘を繰り広げた少年時代からこの男には誰も信じられないという信念が芽生えたのかもしれない。そんなことを考えながら貧弱な少年としか見れなかった13歳の時の出会いのことを思い出す。
「それにしてもええのんか?まもなく影武者さんが帝都に入国することになってんで」
「あっ!」
思い出したように立ち上がり頭を掻く。そして腕の端末で時間を確認して大きくため息をつく嵯峨。
「つまらないことに時間使っちゃったよ……あと二時間で鵜園殿で宰相の任命式だ」
「お上、お急ぎください」
気分を切り替えた醍醐は立ち上がると自分の端末を開いて陸軍省に連絡を取る。そんな勝者達を眺めながら決して自分が許されることはないと思いながら佐賀は一人で床に座り続けていた。
「俺、一応皇帝なんだけど……」
醍醐の言葉に苦笑いを浮かべるとそのまま嵯峨は椅子に腰掛けた。赤松が覗き見た親友の顔。そこには悪魔でもにらみつけるような厳しい表情が浮かんでいた。
「忠さん。そこの椅子に座ってくれ、醍醐さんも頭を下げるのはいいから」
赤松も醍醐もただ下座で立ち尽くしている佐賀高家をちらりと見た後テーブルに付く。まるで当然なことのように佐賀を無視している嵯峨に佐賀の弟である醍醐文隆は我慢できずに立ち上がった。
「兄のことでしたら私の責任です」
嵯峨が手にしている短刀をすばやく見つけて醍醐が叫んだ。だが表情一つ変えずに嵯峨は醍醐に目をやった。
「佐賀のことか?そんなものは処分は決まってるよ」
そう言ってニヤリと笑うと立ち上がる。おどおどと主君を見つめる佐賀。その姿に満足したように短刀を佐賀の足元に投げた。
「裏切り、寝返り。俺の顔に泥を塗ったんだ。それなりの責任の取り方は分かるだろ?」
嵯峨のにんまりと笑う様に佐賀はその言葉が冗談か何かのように感じられているような硬い笑みを浮かべていた。
「忠さん、兼光」
仕方が無いというように赤松は手にしていた太刀を嵯峨に渡した。静かに鞘を抜いてじっくりとその刃を吟味するように見つめる。
「大公!早まらないでください!」
「早まる?遅すぎたの間違いじゃないのか?決起の時点で俺の顔の利く連中を使って謀殺ってのも味があってよかったんだがね」
テーブルから飛び出して嵯峨が投げた短刀を手に取ると醍醐は地べたに頭を擦り付けてわびる。そんな弟の姿がよく理解できないというように佐賀はただ立ち尽くしている。
「弟にこれだけさせて……さあ、腹なり首なりそいつで切ってくれ。俺が止めを刺してやる」
相変わらず放心状態の佐賀を哀れな生き物を見つめるような目で嵯峨は眺めていた。
どすんと佐賀は跪く。そしてそのまま頭を下げた。
「おい、誰も命乞いなんて頼んでねえぞ。腹を切れと言ったんだ」
嵯峨の言葉に今度は黙って額を床に摩り付けるほどに頭を下げた。
「新の字。ええ加減にせえよ……」
そう言った赤松に向かい振り向いた嵯峨。そこには狂気とも言えるような感情を押し殺した目が並んでいた。そんな旧友に赤松は思わず黙り込んだ。
「御前!なにとぞ!兄の不始末は……」
「醍醐さん。俺は高家さんと話してるんですよ……ねえ」
ニヤリと笑う嵯峨。その様子を見て醍醐も思わず諦めた。佐賀が仕方が無いというように震えながら短剣に手を伸ばした。
「ほう……作法は分かってるでしょ?なんと言っても胡州の貴族様なんだから……」
下卑た笑いが嵯峨の顔を覆う。そしてそんな主君を見ながら佐賀は静かに短剣の鞘を払った。
「やめてくれ!兄上!」
醍醐はそう叫ぶと兄である佐賀の手を思い切り叩いた。短剣が廊下へと転がっていく。
「おう……いい兄弟愛だ……忠さん。どうしましょうか?」
今度はふざけた調子で振り返った嵯峨だが、その目の前には赤松のこぶしがあった。
「ホンマに!ええ加減にせえよ!人の命で遊ぶのは……」
よろけた嵯峨。その口元に血が浮いていた。それをぬぐうと嵯峨は今度は片膝を付いて醍醐の肩を叩いた。
「確かに……忠さんの言うことももっともだね」
そう言いつつ嵯峨は相変わらず不機嫌そうに立ち上がるとそのまま椅子に戻った。
「とりあえず首と胴体がつながった感想はどうだ?」
「お許しいただけるのですか?」
嵯峨の投げやりな言葉に佐賀は少しばかり笑みを浮かべて顔を上げる。
「まあ姉貴にさあ。殺すなって言われてるんだよ。これ以上人死にを出して何をしたいんだってね」
嵯峨の義理の姉、西園寺康子。その化け物じみたこの内戦での戦いの噂が駆け巡っているだけに彼女に諭された嵯峨が無理をしないのを納得して赤松は自分の席に戻った。
「兄上……」
「すまん……文隆」
力が抜けたように頭を下げる弟をなだめる兄。その様子に嵯峨の視線は惹きつけられていた。
「なんやかんや言いながら血のつながりってのは重要なんだねえ」
赤松のそう言う旧友の表情が複雑なものになっているのを察した。母の同じ唯一の弟ムジャンタ・バスバを政治的取引の関係で斬殺しなければならなくなった時。それ以上に父、霊帝の送り名のムジャンタ・カバラと死闘を繰り広げた少年時代からこの男には誰も信じられないという信念が芽生えたのかもしれない。そんなことを考えながら貧弱な少年としか見れなかった13歳の時の出会いのことを思い出す。
「それにしてもええのんか?まもなく影武者さんが帝都に入国することになってんで」
「あっ!」
思い出したように立ち上がり頭を掻く。そして腕の端末で時間を確認して大きくため息をつく嵯峨。
「つまらないことに時間使っちゃったよ……あと二時間で鵜園殿で宰相の任命式だ」
「お上、お急ぎください」
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