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第55章 ようやくの平和
皇帝の休日
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西園寺基義を首班とする臨時政府による戒厳令は一週間の期限を切って施行された。多くの官派の将校達は獄につながれ、ようやく帝都は日常を取り戻した。
屋敷町の嵯峨家帝都邸。一人その家の主である嵯峨惟基は縁側で木切れを削っているところだった。
「新の字。ええのんか?」
渋い茶を啜りながらつぶやく海軍の将軍は赤松忠満。彼の第三艦隊が直接帝都に接岸した時点で各地で抵抗を続けている官派に逆転の目はなくなっていた。そしてその足で彼が嵯峨邸を訪れたのには訳があった。
「俺は本来ここにいない人だからね。結構目に付かないように気を使ってるんだよ」
「その割には醍醐さんに召集をかけたらしいじゃないか。貴様の被官では池准将が身柄を拘束されているんだ。醍醐さんのことだ。助命嘆願をするのは確実だが……どうするつもりだ」
そう言うと再び湯飲みに口をつける赤松。テラフォーミングされたからといって鳥が飛んでいるわけでも虫が鳴くわけでもない純粋培養と言える庭園。それを見つめながら嵯峨はただ一心に木切れを短刀で削るだけだった。
「父上、醍醐様、佐賀様がおいでです」
静かにふすまを開いた嵯峨の娘、正親町三条楓。
「おう、楓坊。ええ顔になったんちゃうか?」
「お褒めいただいて恐縮です」
深々と頭を下げる楓の言葉にようやく嵯峨が振り返って二人を見つめた。
「おいおい、忠さん。楓を落としに来たのか?それよりお二方か……会おう。応接間に通してくれ」
父の言葉に頷くと楓はそのまま廊下に消えた。赤松は不思議そうな顔で嵯峨を見つめている。
「忠さん。会っていきますか?」
そう言う嵯峨の表情が見るものを凍らせるような迫力を秘めていたので仕方なく赤松は頷いていた。
「会うのんはええんやけど……」
赤松が気になったのは一呼吸したあとにそのまま掛け軸の下の剣に嵯峨が手を伸ばしたからだった。
「忠さん、これ持ってくれます?」
嵯峨はそう言うとそのまま太刀を赤松に差し出した。立ち上がったばかりの赤松がよろける。
「結構重いもんやな」
「そうですよねえ……まあ重さで頭を叩き割るとかできますからね」
そう言うと短剣を握って部屋を出る嵯峨の後をつけて赤松も廊下を進んだ。
庭は少しばかり荒れていた。嵯峨は現在は遼南皇帝。この屋敷に来るのは年に数回と言うこともあって主がいないのをいいことに雑草があちこちに生えているのが見える。
「来た時も思うたんやけど……」
「なんです?」
振り返った嵯峨の表情が死んでいるのに赤松は驚いた。だが同時に納得できることでもあった。
かつて参謀本部から見捨てられてゲリラ討伐の憲兵部隊や時間稼ぎの陸軍混成連隊を指揮した経験。そこで嵯峨はどれほどの汚い戦いを生き抜いてきたかは赤松も知っていた。恐らく無抵抗なゲリラや戦友を見殺しにするような撤退戦で同じ表情を嵯峨の部下達は見てきたのだろう。そう思うと明るい予科時代の嵯峨をよく知っている赤松の心は痛んだ。
「ここですか……」
珍しい洋間。その扉の前で嵯峨は立ち止まると大きく深呼吸をした。
「ええんやな、俺がおっても」
赤松の言葉に作り笑いで答えた嵯峨はそのまま扉を開いた。
テーブルには醍醐がいた。彼も主君の機嫌の悪さは予想していたようですぐに立ち上がると頭を下げる。そしてその隣には呆然と立ち尽くすという言葉のためにいるような青白い顔の佐賀高家が軍服でなく紺色のジャケットにループタイと言う普段着で入ってきた嵯峨と赤松を見つめている姿があった。
屋敷町の嵯峨家帝都邸。一人その家の主である嵯峨惟基は縁側で木切れを削っているところだった。
「新の字。ええのんか?」
渋い茶を啜りながらつぶやく海軍の将軍は赤松忠満。彼の第三艦隊が直接帝都に接岸した時点で各地で抵抗を続けている官派に逆転の目はなくなっていた。そしてその足で彼が嵯峨邸を訪れたのには訳があった。
「俺は本来ここにいない人だからね。結構目に付かないように気を使ってるんだよ」
「その割には醍醐さんに召集をかけたらしいじゃないか。貴様の被官では池准将が身柄を拘束されているんだ。醍醐さんのことだ。助命嘆願をするのは確実だが……どうするつもりだ」
そう言うと再び湯飲みに口をつける赤松。テラフォーミングされたからといって鳥が飛んでいるわけでも虫が鳴くわけでもない純粋培養と言える庭園。それを見つめながら嵯峨はただ一心に木切れを短刀で削るだけだった。
「父上、醍醐様、佐賀様がおいでです」
静かにふすまを開いた嵯峨の娘、正親町三条楓。
「おう、楓坊。ええ顔になったんちゃうか?」
「お褒めいただいて恐縮です」
深々と頭を下げる楓の言葉にようやく嵯峨が振り返って二人を見つめた。
「おいおい、忠さん。楓を落としに来たのか?それよりお二方か……会おう。応接間に通してくれ」
父の言葉に頷くと楓はそのまま廊下に消えた。赤松は不思議そうな顔で嵯峨を見つめている。
「忠さん。会っていきますか?」
そう言う嵯峨の表情が見るものを凍らせるような迫力を秘めていたので仕方なく赤松は頷いていた。
「会うのんはええんやけど……」
赤松が気になったのは一呼吸したあとにそのまま掛け軸の下の剣に嵯峨が手を伸ばしたからだった。
「忠さん、これ持ってくれます?」
嵯峨はそう言うとそのまま太刀を赤松に差し出した。立ち上がったばかりの赤松がよろける。
「結構重いもんやな」
「そうですよねえ……まあ重さで頭を叩き割るとかできますからね」
そう言うと短剣を握って部屋を出る嵯峨の後をつけて赤松も廊下を進んだ。
庭は少しばかり荒れていた。嵯峨は現在は遼南皇帝。この屋敷に来るのは年に数回と言うこともあって主がいないのをいいことに雑草があちこちに生えているのが見える。
「来た時も思うたんやけど……」
「なんです?」
振り返った嵯峨の表情が死んでいるのに赤松は驚いた。だが同時に納得できることでもあった。
かつて参謀本部から見捨てられてゲリラ討伐の憲兵部隊や時間稼ぎの陸軍混成連隊を指揮した経験。そこで嵯峨はどれほどの汚い戦いを生き抜いてきたかは赤松も知っていた。恐らく無抵抗なゲリラや戦友を見殺しにするような撤退戦で同じ表情を嵯峨の部下達は見てきたのだろう。そう思うと明るい予科時代の嵯峨をよく知っている赤松の心は痛んだ。
「ここですか……」
珍しい洋間。その扉の前で嵯峨は立ち止まると大きく深呼吸をした。
「ええんやな、俺がおっても」
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