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第41章 高潔なる魂
引き伸ばし
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「明け渡すから待っていてくれ?」
醍醐は一人呆然と池の使者からの話を聞いてそうつぶやいてしまっていた。南極基地の包囲はほぼ完成し、いつでも突入を開始できる状況。それに合わせるように音信を途絶していた池の南極基地防衛部隊から使者がやってきたことだけでも十分驚くべきことだが、平然と明け渡すと言い放った池幸重の息子池昌重中佐の言葉にただ呆然とするだけだった。
「お分かりになりませんか?部隊には元々烏丸公の恩顧の兵が大勢います。彼等を説得して投降させる。これに時間が必要なのはお分かりになりますよね?」
若きエリート士官。自分もそうだったがまるで言葉に酔っている様な表情が醍醐の気に障った。
「なるほど。分からないことではないな。でもそうは待てないぞ」
「三日。それで十分でしょう」
あっさりと答える池の次男。長男は海軍に勤務しており、赤松貴下の第三艦隊所属の巡洋艦『愛宕』の副長をしていることを嵯峨は思い出した。
「確か君の兄は……赤松君の所にいたはずだね。そう言えば君も兄弟のことが気になるのかな?」
そう尋ねてみるがこの場に連れ出されてからずっと崩れない笑みのまま使者は一言も話さなくなった。
沈黙する青年。ようやく目の前の青年に人間らしい反応を見て取れて醍醐は安心したように静かに手にしていたペンを置いた。
「どうしますか、司令」
参謀の一人が声をかける。そしてその様子は醍醐から見てもこれが好機だと思わせるような用件だった。たとえ力任せに攻め寄せれば停泊中の軍用艦をすべて破壊することになるだろうと言うくらいのことは誰でも考え付く。そしてそのような事態になれば第三艦隊と清原准将貴下の揚陸艦を中心とした烏丸派の艦隊の激突には間に合わなくなるのは間違いなかった。
「もう一度聞くが確かに明け渡してくれるんだね、無傷で」
その醍醐の声に黙って大きく池昌重は首を縦に振った。
「他に選択肢はないですよ。とりあえず待ちましょう……それでだめなら……」
右目に眼帯をつけた初老の参謀が残った左目で昌重をにらみつける。それでもまったくその笑みは崩れることを知らない。
「それでは少し会議を開くから席を外してくれないか」
醍醐のその言葉に昌重の笑みはさらに明るくなるように見えた。
「それではよろしくご検討ください」
そう言って笑った表情のまま池昌重は頭を下げて立ち上がった。テントを出て行くその後姿に参謀達の判断が揺れているのは醍醐にも分かった。
「本気で投降するつもりなのかな」
下座の中佐の参謀の言葉に全員がうなだれる。
「投降するなら今は遅すぎる。どうせ時間稼ぎだ」
「しかし時間稼ぎなら宇宙港施設の破壊をしたほうが手っ取り早いと思いますが」
「それはできないだろ。既存のインフラを破壊すれば民衆の支持を得られなくなるぞ」
「どうせ貴族主義者の行動だ。はじめから民衆の支持などあてにはしてないんじゃないか?」
参謀達の言葉が続く中、醍醐は黙って目を閉じていた。片目の大佐。アフリカ戦線の修羅場で失った目を隠してうつむいていた彼が静かに周りを見回す。
「池司令には自らの指揮での本格的な軍事衝突は初めてのはず……」
彼の一言に周りの参謀達は口をつぐんだ。多くはアフリカ戦線やゲルパルト陥落のころから醍醐の部下として活躍してきた猛者達。政治的やり取りは別としてその戦歴は誰にも負けないと自負している彼等はじっとその時も最前線までこまめに視察に来て適当な助言をする醍醐の姿を思い出し凝視する。
「無駄な戦いは避けたい。基地は無傷で手に入れないと意味は無い。たとえ突入してもすべての施設が破壊されるなら意味は無い」
そう言うと醍醐は再びうつむいた。
「もう俺等は負けたのかもしれないな。烏丸派の決起を甘く見ていた俺の失態だ。とりあえず池に花を持たせるしかないだろう」
醍醐の顔が情けないと言うようにゆがむ。そしてそのまま唇を噛み締めて視線をテーブルに落とした。
「では申し出を受けると?」
隻眼の参謀の言葉にただ静かに首を縦に振る醍醐だった。
「仕方が無い。受けない理由はないからな」
そう言うと立ち上がる醍醐。誰もその決断に異を唱えるものはいない。
「池君を呼んでくれ」
入り口に座っていた連絡将校がすぐに端末を起動する。参謀達も仕方が無いというように黙り込んだ。
「それでは……もし投降を取りやめると言い出した場合には?」
隻眼の参謀の言葉に醍醐は遠くを見るような顔をした。
「仕方が無いな。赤松君には本当に申し訳ないことになる」
そう言った時に仮設指揮所の薄い扉がノックされた。
「入りたまえ!」
醍醐の声につられて警備兵に挟まれるようにして再び池昌重が現れる。
「結論はどうなんでしょうか」
許されてもいないのに末席の椅子に腰掛けながら昌重がつぶやく。
「見て分かるんじゃないか?」
挑戦的な笑みを醍醐は浮かべた。そこで昌重は大きく頷いた。
「さすが醍醐将軍は話が早い。早速……」
「まだなんとも言っていないけどな」
醍醐は満面の笑みの昌重を見ながらそうつぶやいた。昌重はその言葉に一瞬顔面に満ち溢れていた笑顔が途切れた。
「と……申しますと?人質でも取ろうと言うんですか?」
再び昌重の顔に笑みが戻る。元からそのことは覚悟してきている。醍醐には昌重の態度がそういうものに見えていた。
「つまらないことをするつもりは無いよ。ただこれだけは伝えてくれ」
そう言うとゆっくりと醍醐は立ち上がって昌重をにらみつける。
「勝手に死ぬな。まだこの国には人が必要なんだとな」
突然の醍醐の言葉に昌重はうつむいて自分の表情をどう作ればいいのか迷っているように見えた。
醍醐は一人呆然と池の使者からの話を聞いてそうつぶやいてしまっていた。南極基地の包囲はほぼ完成し、いつでも突入を開始できる状況。それに合わせるように音信を途絶していた池の南極基地防衛部隊から使者がやってきたことだけでも十分驚くべきことだが、平然と明け渡すと言い放った池幸重の息子池昌重中佐の言葉にただ呆然とするだけだった。
「お分かりになりませんか?部隊には元々烏丸公の恩顧の兵が大勢います。彼等を説得して投降させる。これに時間が必要なのはお分かりになりますよね?」
若きエリート士官。自分もそうだったがまるで言葉に酔っている様な表情が醍醐の気に障った。
「なるほど。分からないことではないな。でもそうは待てないぞ」
「三日。それで十分でしょう」
あっさりと答える池の次男。長男は海軍に勤務しており、赤松貴下の第三艦隊所属の巡洋艦『愛宕』の副長をしていることを嵯峨は思い出した。
「確か君の兄は……赤松君の所にいたはずだね。そう言えば君も兄弟のことが気になるのかな?」
そう尋ねてみるがこの場に連れ出されてからずっと崩れない笑みのまま使者は一言も話さなくなった。
沈黙する青年。ようやく目の前の青年に人間らしい反応を見て取れて醍醐は安心したように静かに手にしていたペンを置いた。
「どうしますか、司令」
参謀の一人が声をかける。そしてその様子は醍醐から見てもこれが好機だと思わせるような用件だった。たとえ力任せに攻め寄せれば停泊中の軍用艦をすべて破壊することになるだろうと言うくらいのことは誰でも考え付く。そしてそのような事態になれば第三艦隊と清原准将貴下の揚陸艦を中心とした烏丸派の艦隊の激突には間に合わなくなるのは間違いなかった。
「もう一度聞くが確かに明け渡してくれるんだね、無傷で」
その醍醐の声に黙って大きく池昌重は首を縦に振った。
「他に選択肢はないですよ。とりあえず待ちましょう……それでだめなら……」
右目に眼帯をつけた初老の参謀が残った左目で昌重をにらみつける。それでもまったくその笑みは崩れることを知らない。
「それでは少し会議を開くから席を外してくれないか」
醍醐のその言葉に昌重の笑みはさらに明るくなるように見えた。
「それではよろしくご検討ください」
そう言って笑った表情のまま池昌重は頭を下げて立ち上がった。テントを出て行くその後姿に参謀達の判断が揺れているのは醍醐にも分かった。
「本気で投降するつもりなのかな」
下座の中佐の参謀の言葉に全員がうなだれる。
「投降するなら今は遅すぎる。どうせ時間稼ぎだ」
「しかし時間稼ぎなら宇宙港施設の破壊をしたほうが手っ取り早いと思いますが」
「それはできないだろ。既存のインフラを破壊すれば民衆の支持を得られなくなるぞ」
「どうせ貴族主義者の行動だ。はじめから民衆の支持などあてにはしてないんじゃないか?」
参謀達の言葉が続く中、醍醐は黙って目を閉じていた。片目の大佐。アフリカ戦線の修羅場で失った目を隠してうつむいていた彼が静かに周りを見回す。
「池司令には自らの指揮での本格的な軍事衝突は初めてのはず……」
彼の一言に周りの参謀達は口をつぐんだ。多くはアフリカ戦線やゲルパルト陥落のころから醍醐の部下として活躍してきた猛者達。政治的やり取りは別としてその戦歴は誰にも負けないと自負している彼等はじっとその時も最前線までこまめに視察に来て適当な助言をする醍醐の姿を思い出し凝視する。
「無駄な戦いは避けたい。基地は無傷で手に入れないと意味は無い。たとえ突入してもすべての施設が破壊されるなら意味は無い」
そう言うと醍醐は再びうつむいた。
「もう俺等は負けたのかもしれないな。烏丸派の決起を甘く見ていた俺の失態だ。とりあえず池に花を持たせるしかないだろう」
醍醐の顔が情けないと言うようにゆがむ。そしてそのまま唇を噛み締めて視線をテーブルに落とした。
「では申し出を受けると?」
隻眼の参謀の言葉にただ静かに首を縦に振る醍醐だった。
「仕方が無い。受けない理由はないからな」
そう言うと立ち上がる醍醐。誰もその決断に異を唱えるものはいない。
「池君を呼んでくれ」
入り口に座っていた連絡将校がすぐに端末を起動する。参謀達も仕方が無いというように黙り込んだ。
「それでは……もし投降を取りやめると言い出した場合には?」
隻眼の参謀の言葉に醍醐は遠くを見るような顔をした。
「仕方が無いな。赤松君には本当に申し訳ないことになる」
そう言った時に仮設指揮所の薄い扉がノックされた。
「入りたまえ!」
醍醐の声につられて警備兵に挟まれるようにして再び池昌重が現れる。
「結論はどうなんでしょうか」
許されてもいないのに末席の椅子に腰掛けながら昌重がつぶやく。
「見て分かるんじゃないか?」
挑戦的な笑みを醍醐は浮かべた。そこで昌重は大きく頷いた。
「さすが醍醐将軍は話が早い。早速……」
「まだなんとも言っていないけどな」
醍醐は満面の笑みの昌重を見ながらそうつぶやいた。昌重はその言葉に一瞬顔面に満ち溢れていた笑顔が途切れた。
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再び昌重の顔に笑みが戻る。元からそのことは覚悟してきている。醍醐には昌重の態度がそういうものに見えていた。
「つまらないことをするつもりは無いよ。ただこれだけは伝えてくれ」
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