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第40章 智謀の人
悪党の娘
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「連行しました」
そういう警備兵の言葉を聞きながら安東は一人複雑な表情を浮かべていた。
先行している巡洋艦『羽黒』艦内。そこに第三艦隊から発進した三式が捕獲されたのはある意味奇妙に思えて思わず首をひねった。そしてそのパイロットが親友嵯峨惟基の娘である正親町三条楓曹長だったと言うことでさらにそれを命じた赤松忠満の真意を測りかねていた。
狭い営倉につれてこられた楓はヘルメットを脱いでその長い後ろ髪を整えると壁際に立っていた安東の方を見上げてきた。
「君達は席を外したまえ」
安東がそう言うと教導学校の生徒である彼の部下は固そうな敬礼をしてそのまま部屋を出て行った。
「久しぶりだね」
そう言うと楓の正面のパイプ椅子に安東は腰を下ろした。机の上には一通の書状。筆まめな赤松らしい踊るような筆の書体が踊っているのが見える。
「ごらんにならないんですか?」
誰もその書状に手を触れなかったらしく、楓はいかにも自分の行為が無駄だったと言うような諦めた調子で訪ねてきた。
「忠さんのことだ。貴子姉さんに書状を出すと言うのは口実だろ?」
そう言いながら部下達にも確認させなかった書状を開きにかかった。じっとその手を見つめる楓に少しばかり照れながら安東は書状を開いた。予想通りそれは安東の妻であり赤松の妹に当たる安藤恭子への手紙だった。
「あまりにも読める展開だな。これで俺が動揺すると思っているのかな、忠さんは」
「それは無いんじゃないですか?公私混同は元々しない人ですから」
「そうだ。だからこそ狙いが読めない……」
しばらく安東は考えた後、ふと不安そうに目を泳がせる楓を見つけた。
「……いや、ある程度読めたよ。まったくこういうことには気の回る奴だ」
呆然とする楓。それを見て安東は一人合点がいったように頷く。書状はあくまで口実。問題は目の前の少女の処遇にあった。安東も赤松も公私混同をすることは無い。だが、正親町三条楓の父である嵯峨惟基にもそれが当てはまるかは別問題だった。切れ者で鳴らし、表情をほとんどその自虐的な笑みの底に沈めていた予科学校での悪友が何を考えているのか。安東はそれが昔から分からなかった。そしてそう自分が考えてあの悪友の顔を思い出すだろうと言うことが赤松の狙いだと分かっているだけに安東はただ少女の存在に振り回されまいとできるだけ感情を抑えるようにと心に決めた。
「そういえば新の字は元気かね?」
思わずそう言ってみてしまったと思ったのは安東だった。やはり自分の中であの悪友の存在は大きいものだった。馬鹿をやっていた時代や自分が脚光を浴びる中汚れ仕事に従事していた俊才への引け目なども自分の言葉に乗っているのではないかと考えをめぐらすと浮かぶ笑顔がどうにもぎこちなくなるのは仕方の無い話だった。
「父上のことは私は知りません。事実上の家出状態ですから」
平然とそう言う楓にかつての友の表情を思い出す。
『やはり新三郎の娘だけある。喰えないな』
心の中でそう思うと安東の頬は緩んだ。何を考えているのかまったく分からない突拍子の無い友人、西園寺新三郎。同期だった胡州軍高等予科学校時代も、士官学校を経ずに直接陸軍大学に入学した際も、社交界で名の通ったエリーゼ・シュトルンベルグを妻にすると言い出したときもまったく安東の理解の外にいた友。
そんな男と同じようにポーカーフェイスで黙り込んでいる楓の前の椅子に座り苦笑いを浮かべている自分がずいぶんちっぽけに見えてくるのを安東は感じていた。
「まあ忠さんも新の字に遠慮して君を戦場から遠ざけたわけか……それなら……」
「どうするんです?」
まったく持って父と似て先に先にと話題を振ってくる。安東はさすがにこれには苦笑した。
「君の任務はこの手紙を恭子に届けることだろ?」
「まあそういう話ですが……個人的にはここで大佐殿と刺し違えると言うのも一つの任務遂行の形態だと思うのですが」
「ずいぶん物騒なことを言うじゃないか。何か武器でもあるのか?」
安東の言葉に不敵に笑う楓。身体検査は済んでいる。自衛用の拳銃やサバイバルナイフばかりでなくパイロットスーツのバックパックのパルス推進器も外してあり、完全に素手と言う楓。格闘術なら身長では互角の楓に対して安東は負ける気はしなかった。
「何か持ち込んできているのかな」
黙り込んでいる楓は今度は笑みを浮かべてきた。こういう口でのやり取りはさすがにその父の嵯峨惟基、かつての西園寺新三郎を髣髴とさせて安東にまでその笑いは伝染した。
「時に安東大佐……」
勿体をつけるように楓がつぶやく。まだ幼く見えるその言葉に警戒感を持っている自分を知って安東は苦笑いを浮かべていた。
「何か言いたいことがあるのかね……」
「法術と言うものをご存知ですか?」
突然の話題の変化に安東は呆然として楓を見つめた。
安東も確かに知っていた。遼州人の一部に地球人には無い力を持っている人物がまれに見られることを、そしてその力を持っていた存在の一人が目の前の少女の父親だと言うことも分かっていた。実際、予科の時に嵯峨がふざけ半分で手に彫刻刀を突き刺しても血が出ないと言う他愛も無いそして信じがたい芸をその目で見ていなかったら今の引きつる頬を説明することはできなかっただろう。
「君がその術士だとでも言うのかね?」
そのようにカマをかけてみても少女は黙って微笑んでいるだけだった。
「君の父親の力を受け継いでいるのかね?」
もう一度安東は尋ねる。そこでようやく少女はまじめな顔をして首元に手をやった。
「頚動脈。重要な血管ですよね……ここを絞められると何分くらいで脳が酸欠状態になるか……試してみたことはありますか?」
「今度は脅しか」
不敵に笑う楓。安東がもし彼女が嵯峨惟基の娘であることを知らなかったら。そして嵯峨惟基がかつての彼の友人の西園寺新三郎と同一人物であることを知らなかったらそのまま少女とはいえ殴り倒していたことだろう。だが事実は彼女は嵯峨惟基の娘であり、西園寺新三郎は絶家の嵯峨家をついで嵯峨惟基と名乗っていた。
「何が狙いだ?」
楓の笑みにようやく安東はそれだけ答えた。
「僕の望みはそれほどたいしたことではありません……いや、安東さんには難しいかな……」
そう言って少女は安東を見上げて再びにんまりと笑った。
捕虜になっても平然と笑みを浮かべる少女に安東は彼の父の親友嵯峨惟基の顔を思い出す。そして予科学校時代、自分が買った他校との喧嘩に勝手に先回りして出かけて行っては一人で片付けてくる時の満面の笑みを思い出していた。
「俺に難しい願い?この戦いを終わらせることか?じゃあそれは無理だ」
そう答えるしかなかった。すでに胡州での軍事衝突が始まっていると言う情報をつかんでいる安東。二つに割れた国を一つにまとめるには軍事衝突で勝者を決めるしかない状態まで来ている事は彼もわかっていた。
「違います」
「違う?」
楓の笑みがまぶしく安東の目の中で広がっていくように見える。それが交渉ごとでは嵯峨や赤松のようには行かない自分の弱点を見透かされたようで気まずい雰囲気になった。
「清原准将に会わせていただきたいのですが……」
少女の言葉に安東は呆れた。今更安東が彼女を清原に会わせたところで状況は変わるとは思えなかった。そしてそのことはこの喰えない親友の娘も分かりきっているはずだった。
「それをしてどうなる?」
「どうにもなりませんね……」
再びの沈黙。安東には少女の真意がはかりかねた。
「でも戦後を考えると大きな意味があると思いますよ。清原准将はこの戦いで終わりにするにはもったいない人材ですから」
まるで一国の宰相でも気取るかのように平然と言ってのける楓。ただ呆れながら安東は少女を見つめていた。
「それは逆じゃないかね。現状の戦力では第三艦隊には分が悪い状況だ。地上の醍醐さんの部隊は間違いなく決戦には間に合わない」
「確かにそのとおりですね。だがそうなると赤松様や西園寺卿はどうなるでしょうか?」
「当然今回のことの責任を取られて身柄を拘束されて裁判にかけられるだろうな」
決まりきったことを言われて憮然としながら安東が答える。だが楓はその答えがあまりにもひねりがないというように笑みすら浮かべて安東をにらんできた。
そこまで聞いて安東は気がついた。
「やはり脅しに来たんだな……恭子のことで」
初めて楓の顔が驚愕のそれに変わるのでようやく安東は落ち着くことができた。
「体が弱い人間を出しに脅す。新三郎か……入れ知恵は」
その言葉に一瞬にそれまでの強気の楓の表情が崩れた。そしておずおずと頷く。安東は安心して立ち上がった。
「俺の決意は変わらない。手紙ならそのまま持って恭子に渡してくれてかまわないぞ」
「渡す?私を見逃すと言うんですか?」
今度は驚いて見せたのは楓だった。それを無視するように安東はそのままドアのところの端末を起動していた。
「いいんですか?」
「何が?」
すでに起動して画面には担当士官の顔が映っているのに振り向く安東。その冷たい視線を見つけて楓は静かにうつむいてしまっていた。
「お客さんはお帰りだ。一応第三艦隊所属の特機だから管制官に間違えられて撃ち落されると拙いからちゃんと連絡をしておいてくれ」
それだけ言うと安東はすぐに端末を閉じてしまった。
「帝都には恐らく五時間くらいで着くだろう。準備は好きにしてくれてかまわない。何なら護衛でもつけるかね」
笑みがあるというのにその安東の目は笑っていなかった。楓は静かに頷く。
「忠さんも新の字も俺が昔のお調子者だと思いたいんだろうな。俺も忠さんには要領のいい兄貴分であって欲しかったし新の字は飄々とした天才気取りでいてくれればよかったんだがな」
遠くを見るような安東の視線。それを見て楓は彼等高等予科の三羽烏達がすでに共存できない領域にまでこの戦いが来ているという事実をしみじみとかみ締めることになった。
そういう警備兵の言葉を聞きながら安東は一人複雑な表情を浮かべていた。
先行している巡洋艦『羽黒』艦内。そこに第三艦隊から発進した三式が捕獲されたのはある意味奇妙に思えて思わず首をひねった。そしてそのパイロットが親友嵯峨惟基の娘である正親町三条楓曹長だったと言うことでさらにそれを命じた赤松忠満の真意を測りかねていた。
狭い営倉につれてこられた楓はヘルメットを脱いでその長い後ろ髪を整えると壁際に立っていた安東の方を見上げてきた。
「君達は席を外したまえ」
安東がそう言うと教導学校の生徒である彼の部下は固そうな敬礼をしてそのまま部屋を出て行った。
「久しぶりだね」
そう言うと楓の正面のパイプ椅子に安東は腰を下ろした。机の上には一通の書状。筆まめな赤松らしい踊るような筆の書体が踊っているのが見える。
「ごらんにならないんですか?」
誰もその書状に手を触れなかったらしく、楓はいかにも自分の行為が無駄だったと言うような諦めた調子で訪ねてきた。
「忠さんのことだ。貴子姉さんに書状を出すと言うのは口実だろ?」
そう言いながら部下達にも確認させなかった書状を開きにかかった。じっとその手を見つめる楓に少しばかり照れながら安東は書状を開いた。予想通りそれは安東の妻であり赤松の妹に当たる安藤恭子への手紙だった。
「あまりにも読める展開だな。これで俺が動揺すると思っているのかな、忠さんは」
「それは無いんじゃないですか?公私混同は元々しない人ですから」
「そうだ。だからこそ狙いが読めない……」
しばらく安東は考えた後、ふと不安そうに目を泳がせる楓を見つけた。
「……いや、ある程度読めたよ。まったくこういうことには気の回る奴だ」
呆然とする楓。それを見て安東は一人合点がいったように頷く。書状はあくまで口実。問題は目の前の少女の処遇にあった。安東も赤松も公私混同をすることは無い。だが、正親町三条楓の父である嵯峨惟基にもそれが当てはまるかは別問題だった。切れ者で鳴らし、表情をほとんどその自虐的な笑みの底に沈めていた予科学校での悪友が何を考えているのか。安東はそれが昔から分からなかった。そしてそう自分が考えてあの悪友の顔を思い出すだろうと言うことが赤松の狙いだと分かっているだけに安東はただ少女の存在に振り回されまいとできるだけ感情を抑えるようにと心に決めた。
「そういえば新の字は元気かね?」
思わずそう言ってみてしまったと思ったのは安東だった。やはり自分の中であの悪友の存在は大きいものだった。馬鹿をやっていた時代や自分が脚光を浴びる中汚れ仕事に従事していた俊才への引け目なども自分の言葉に乗っているのではないかと考えをめぐらすと浮かぶ笑顔がどうにもぎこちなくなるのは仕方の無い話だった。
「父上のことは私は知りません。事実上の家出状態ですから」
平然とそう言う楓にかつての友の表情を思い出す。
『やはり新三郎の娘だけある。喰えないな』
心の中でそう思うと安東の頬は緩んだ。何を考えているのかまったく分からない突拍子の無い友人、西園寺新三郎。同期だった胡州軍高等予科学校時代も、士官学校を経ずに直接陸軍大学に入学した際も、社交界で名の通ったエリーゼ・シュトルンベルグを妻にすると言い出したときもまったく安東の理解の外にいた友。
そんな男と同じようにポーカーフェイスで黙り込んでいる楓の前の椅子に座り苦笑いを浮かべている自分がずいぶんちっぽけに見えてくるのを安東は感じていた。
「まあ忠さんも新の字に遠慮して君を戦場から遠ざけたわけか……それなら……」
「どうするんです?」
まったく持って父と似て先に先にと話題を振ってくる。安東はさすがにこれには苦笑した。
「君の任務はこの手紙を恭子に届けることだろ?」
「まあそういう話ですが……個人的にはここで大佐殿と刺し違えると言うのも一つの任務遂行の形態だと思うのですが」
「ずいぶん物騒なことを言うじゃないか。何か武器でもあるのか?」
安東の言葉に不敵に笑う楓。身体検査は済んでいる。自衛用の拳銃やサバイバルナイフばかりでなくパイロットスーツのバックパックのパルス推進器も外してあり、完全に素手と言う楓。格闘術なら身長では互角の楓に対して安東は負ける気はしなかった。
「何か持ち込んできているのかな」
黙り込んでいる楓は今度は笑みを浮かべてきた。こういう口でのやり取りはさすがにその父の嵯峨惟基、かつての西園寺新三郎を髣髴とさせて安東にまでその笑いは伝染した。
「時に安東大佐……」
勿体をつけるように楓がつぶやく。まだ幼く見えるその言葉に警戒感を持っている自分を知って安東は苦笑いを浮かべていた。
「何か言いたいことがあるのかね……」
「法術と言うものをご存知ですか?」
突然の話題の変化に安東は呆然として楓を見つめた。
安東も確かに知っていた。遼州人の一部に地球人には無い力を持っている人物がまれに見られることを、そしてその力を持っていた存在の一人が目の前の少女の父親だと言うことも分かっていた。実際、予科の時に嵯峨がふざけ半分で手に彫刻刀を突き刺しても血が出ないと言う他愛も無いそして信じがたい芸をその目で見ていなかったら今の引きつる頬を説明することはできなかっただろう。
「君がその術士だとでも言うのかね?」
そのようにカマをかけてみても少女は黙って微笑んでいるだけだった。
「君の父親の力を受け継いでいるのかね?」
もう一度安東は尋ねる。そこでようやく少女はまじめな顔をして首元に手をやった。
「頚動脈。重要な血管ですよね……ここを絞められると何分くらいで脳が酸欠状態になるか……試してみたことはありますか?」
「今度は脅しか」
不敵に笑う楓。安東がもし彼女が嵯峨惟基の娘であることを知らなかったら。そして嵯峨惟基がかつての彼の友人の西園寺新三郎と同一人物であることを知らなかったらそのまま少女とはいえ殴り倒していたことだろう。だが事実は彼女は嵯峨惟基の娘であり、西園寺新三郎は絶家の嵯峨家をついで嵯峨惟基と名乗っていた。
「何が狙いだ?」
楓の笑みにようやく安東はそれだけ答えた。
「僕の望みはそれほどたいしたことではありません……いや、安東さんには難しいかな……」
そう言って少女は安東を見上げて再びにんまりと笑った。
捕虜になっても平然と笑みを浮かべる少女に安東は彼の父の親友嵯峨惟基の顔を思い出す。そして予科学校時代、自分が買った他校との喧嘩に勝手に先回りして出かけて行っては一人で片付けてくる時の満面の笑みを思い出していた。
「俺に難しい願い?この戦いを終わらせることか?じゃあそれは無理だ」
そう答えるしかなかった。すでに胡州での軍事衝突が始まっていると言う情報をつかんでいる安東。二つに割れた国を一つにまとめるには軍事衝突で勝者を決めるしかない状態まで来ている事は彼もわかっていた。
「違います」
「違う?」
楓の笑みがまぶしく安東の目の中で広がっていくように見える。それが交渉ごとでは嵯峨や赤松のようには行かない自分の弱点を見透かされたようで気まずい雰囲気になった。
「清原准将に会わせていただきたいのですが……」
少女の言葉に安東は呆れた。今更安東が彼女を清原に会わせたところで状況は変わるとは思えなかった。そしてそのことはこの喰えない親友の娘も分かりきっているはずだった。
「それをしてどうなる?」
「どうにもなりませんね……」
再びの沈黙。安東には少女の真意がはかりかねた。
「でも戦後を考えると大きな意味があると思いますよ。清原准将はこの戦いで終わりにするにはもったいない人材ですから」
まるで一国の宰相でも気取るかのように平然と言ってのける楓。ただ呆れながら安東は少女を見つめていた。
「それは逆じゃないかね。現状の戦力では第三艦隊には分が悪い状況だ。地上の醍醐さんの部隊は間違いなく決戦には間に合わない」
「確かにそのとおりですね。だがそうなると赤松様や西園寺卿はどうなるでしょうか?」
「当然今回のことの責任を取られて身柄を拘束されて裁判にかけられるだろうな」
決まりきったことを言われて憮然としながら安東が答える。だが楓はその答えがあまりにもひねりがないというように笑みすら浮かべて安東をにらんできた。
そこまで聞いて安東は気がついた。
「やはり脅しに来たんだな……恭子のことで」
初めて楓の顔が驚愕のそれに変わるのでようやく安東は落ち着くことができた。
「体が弱い人間を出しに脅す。新三郎か……入れ知恵は」
その言葉に一瞬にそれまでの強気の楓の表情が崩れた。そしておずおずと頷く。安東は安心して立ち上がった。
「俺の決意は変わらない。手紙ならそのまま持って恭子に渡してくれてかまわないぞ」
「渡す?私を見逃すと言うんですか?」
今度は驚いて見せたのは楓だった。それを無視するように安東はそのままドアのところの端末を起動していた。
「いいんですか?」
「何が?」
すでに起動して画面には担当士官の顔が映っているのに振り向く安東。その冷たい視線を見つけて楓は静かにうつむいてしまっていた。
「お客さんはお帰りだ。一応第三艦隊所属の特機だから管制官に間違えられて撃ち落されると拙いからちゃんと連絡をしておいてくれ」
それだけ言うと安東はすぐに端末を閉じてしまった。
「帝都には恐らく五時間くらいで着くだろう。準備は好きにしてくれてかまわない。何なら護衛でもつけるかね」
笑みがあるというのにその安東の目は笑っていなかった。楓は静かに頷く。
「忠さんも新の字も俺が昔のお調子者だと思いたいんだろうな。俺も忠さんには要領のいい兄貴分であって欲しかったし新の字は飄々とした天才気取りでいてくれればよかったんだがな」
遠くを見るような安東の視線。それを見て楓は彼等高等予科の三羽烏達がすでに共存できない領域にまでこの戦いが来ているという事実をしみじみとかみ締めることになった。
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