レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
836 / 1,505
第37章 戦場を去る少女

恐妻家の顔

しおりを挟む
「そないに緊張することあらへんで」 

 しきりと軍服のカラーを気にする正親町三条楓を見ながら不器用に敬礼しながら第三艦隊旗艦『播磨』の艦隊司令室に明石は入った。『至誠』の文字の掛け軸がかかった司令の執務机には赤松忠満が一人、筆でなにやら書付を残しているところだった。

「おう、タコとお嬢か」 

 そう言うと真剣な面差しを崩して立ち上がり応接用のソファーに二人を導く赤松。女性としては長身の180cm近い楓と同じくらいの身長の赤松だが比べてみるとどうしても背の低い人物に見えて2mを超える大男の明石はどうにも苦笑してしまう。

「あーなんかええもん無かったかな……」 

「さすがに酒はあかんのと違いますか?」 

「誰が酒出すなんて言うかいな。甘いもんのはなしや」 

 上官が二人とも関西弁を使うのを見ながら硬い表情で楓は明石の隣に腰を下ろした。

「特命……ですよね」 

 楓の言葉に赤松の表情がほぐれる。そして赤松はそのまま忙しく明石達の正面のソファーから飛び上がるようにして執務机の上の和紙の書簡を手にとって応接用の机に置いた。

「手紙ですか……それを届ける為に戦線を離脱しろと?」 

 明石は静かにそう言って書簡に視線を向ける。楓は少しこの先の赤松の言動が予想できたと言うように不機嫌そうに頬を膨らませた。

「済まんなあ。ワシは知ってのとおりの恐妻家やからな……」 

 そう言って頭を掻く。公私混同。本来そんなことをしない人間と思っていた明石だが、その赤松の食えない表情に苦笑いを浮かべるばかりだった。

「手紙を届ければいいんですね」 

 硬い表情のまま楓は静かに書簡に手を伸ばそうとした。

「ですが……敵艦隊を迂回するとなるといつ着くか分かりませんよ」 

 楓の言葉はもっともな話であるが明石は少しばかり赤松の表情から仕掛けがあることを見抜いた。

「正親町三条曹長。君の専用機は清原派の艦隊には連絡してあるから。攻撃は無いと思うた方がええな」

 そんな赤松の言葉に楓の顔が青く染まった。

「僕が……いえ、自分が女だからですか?」 

 赤松も明石も大きくため息をつく。しばらくの沈黙。ようやく息を整えた赤松が口を開いた。

「それもあるのは事実や。そして次には嵯峨の家督を継ぐからと言い出すつもりやろ?それもあっとる。そやけどそれ以上にこの手紙には意味があんねん。私信をワシが出すわけにも……これはできれば烏丸はんの手の元で開封された後に貴子はんの手に届くのが理想やねん」 

「はあ」 

 捕まって手紙を取り上げられて読まれることが本文の手紙。そう知らされて意味も分からず楓はうつむいた。

「正親町三条の。親父はああ言っとるが実際撃ち合いにならん言う保障はどこにも無い。それ考えたらできるだけ腕の立つパイロットが適任とワシも考えたんや。すまんがこの任務受けてくれ」 

 隣の上官の明石まで頭を下げてくる。仕方がないというようにおずおずと楓は手紙を手に取った。

「そのまま渡していいんですよね……僕は中身を知らないままで」 

「読みたいんか?」 

 赤松の言葉に激しく首を振る楓。そんな少女の照れる様を見て赤松も明石も思わず笑顔になる。

「それでは失礼します!」 

 楓はすばやく立ち上がるとそのまま司令室を飛び出していった。

「ああでもせな……あいつは真面目やからな。無理して死んだら後味悪いやん」 

 大きく息をした後の赤松の言葉。明石も納得したように頷くしかなかった。

「戦場はこの一戦に限ったことやないからな。どっちが勝っても遺恨が残る。同盟や地球の介入も想定内や。難しい時代にはそれなりに人がいる。あいつはその素質があるとワシは思うとります」 

「そやな」 

 明石の言葉に大きく頷いた後、赤松はそのままたちあがって執務机に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...