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第29章 西園寺殿
鬼女覚醒
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「動きがあるようですね」
門の前に座っていた西園寺康子は静かに立ち上がった。杖のように傍らに構えている大きな薙刀に取り囲む決起部隊のサーチライトが輝いて見えた。兵士達は常に照準を康子に向けられるようにそれぞれに覚悟をしながら輸送車両から降りてからずっと命令を待ち続けていたが、数人の下士官が指揮車両に向かって駆け出しているのを見逃さなかった。
「誰か!」
振り返って一言言うと女中が一人恐る恐る康子の傍らまで歩いてきた。おぼつかない足元と真っ青な女中の顔に思わず噴出しそうになりながら康子はその肩を叩いた。
「まもなく醍醐さんの手の迎えが来ます。準備をするように」
「で?……お……奥様?」
女中は兵士達のライフルと康子の薙刀を見比べて大きくため息をつく。
「心配には及びません。私が父から使うなと言われた力を使えばあの程度の手勢は数に入りません」
きっぱりとそう言い切る康子に女中は納得できないような顔をした後、ちらりと兵達を一瞥して門の中に駆け込んだ。
『西園寺卿に告ぐ!』
指揮車両からこれで七回目の降伏勧告が行なわれようとしていた。だがその音量は小さく明らかに何かが起きたことを康子に確認させる意味しか持たなかった。
『これより五分以内に投降しない場合には今度こそ武力行使に写らざるを得ない!速やかに門を開け投降するように!』
「無駄なことはやめたほうがいいのに」
すぐにつぶやいて薙刀の刃をじっと眺めている康子。兵士達は彼女の余裕を理解できずにただ発砲命令を待っていた。それでも康子が表情一つ変えないところで数人の兵士達はその異常さにささやきあい不安を隠せずにいる。強行突入を前に士官達が戻ってきて再び静寂が闇夜を支配する。そんな状況でかすかだが遠くで砲声が響いた。
「始まったようね。先手必勝で行きましょうか」
そう言うと康子はすぐさま精神を集中して両手でしっかりと薙刀を握って振りかぶった。
「え?」
兵士の一人がそうつぶやいたのも当然だった。彼の視界から急に康子の姿が忽然と消えたのだから。そして後方で血飛沫を浴びて倒れる戦友。
「なんだ!どうした!」
士官は叫んだ瞬間にその首が消し飛んでいた。
「ごめんなさいね。皆さんに恨みがあるわけでは無いですけど」
邸宅に砲を向けていた装甲車の上にいつの間にか康子が立っていた。兵士達は銃を構えるのも忘れて呆然と康子の血に染まった紫小紋の留袖のたなびくのを眺めていただけだった。
「でもまだ戦いをお続けになるのが兵隊さんですものね」
四輪駆動車に乗っていた機関銃手が銃口を康子に向けようと手を動かした。次の瞬間には康子は消え、彼の両腕も鋭利な刃物で切り取ったように車内に転がった。
「撃て!いや撃つな!味方に当たる!」
「撤退だ!撤収!」
将校達は混乱して部下達に向かってわめくだけ。兵士も誰も銃口をどこに向けたらいいのか悩むようにあちこちを見回っている。
「屋敷を撃て!こうなれば道連れ!」
そう叫んだ佐官の腹部が一撃で切り裂かれる。
「お屋敷に攻撃なんてしたら命がいくらあっても足りないですわよ」
どこからとも無く聞こえる声。兵士達は恐慌状態で右往左往する。その間にもあちこちで兵士の首が落ち、腕がちぎれ、足が切り取られる。
「助けて!」
「うわ!」
普段なら、もし相手が銃を構えた普通の兵隊なら戦力差も気にせず吶喊攻撃も辞さない胡州の兵士も見えない敵の存在にただ慌てふためくばかりだった。そして逃げ出した彼等に車載機関銃の掃射が届き始める。
「ああ、早かったみたいですわね」
近衛師団の車両が到着したときには西園寺邸の前の道路はぶつ切りにされた兵士の死体と、手足を失ってもがく烏丸派の生き残りの兵士と血まみれで微笑んでいる西園寺康子の姿があるばかりだった。
門の前に座っていた西園寺康子は静かに立ち上がった。杖のように傍らに構えている大きな薙刀に取り囲む決起部隊のサーチライトが輝いて見えた。兵士達は常に照準を康子に向けられるようにそれぞれに覚悟をしながら輸送車両から降りてからずっと命令を待ち続けていたが、数人の下士官が指揮車両に向かって駆け出しているのを見逃さなかった。
「誰か!」
振り返って一言言うと女中が一人恐る恐る康子の傍らまで歩いてきた。おぼつかない足元と真っ青な女中の顔に思わず噴出しそうになりながら康子はその肩を叩いた。
「まもなく醍醐さんの手の迎えが来ます。準備をするように」
「で?……お……奥様?」
女中は兵士達のライフルと康子の薙刀を見比べて大きくため息をつく。
「心配には及びません。私が父から使うなと言われた力を使えばあの程度の手勢は数に入りません」
きっぱりとそう言い切る康子に女中は納得できないような顔をした後、ちらりと兵達を一瞥して門の中に駆け込んだ。
『西園寺卿に告ぐ!』
指揮車両からこれで七回目の降伏勧告が行なわれようとしていた。だがその音量は小さく明らかに何かが起きたことを康子に確認させる意味しか持たなかった。
『これより五分以内に投降しない場合には今度こそ武力行使に写らざるを得ない!速やかに門を開け投降するように!』
「無駄なことはやめたほうがいいのに」
すぐにつぶやいて薙刀の刃をじっと眺めている康子。兵士達は彼女の余裕を理解できずにただ発砲命令を待っていた。それでも康子が表情一つ変えないところで数人の兵士達はその異常さにささやきあい不安を隠せずにいる。強行突入を前に士官達が戻ってきて再び静寂が闇夜を支配する。そんな状況でかすかだが遠くで砲声が響いた。
「始まったようね。先手必勝で行きましょうか」
そう言うと康子はすぐさま精神を集中して両手でしっかりと薙刀を握って振りかぶった。
「え?」
兵士の一人がそうつぶやいたのも当然だった。彼の視界から急に康子の姿が忽然と消えたのだから。そして後方で血飛沫を浴びて倒れる戦友。
「なんだ!どうした!」
士官は叫んだ瞬間にその首が消し飛んでいた。
「ごめんなさいね。皆さんに恨みがあるわけでは無いですけど」
邸宅に砲を向けていた装甲車の上にいつの間にか康子が立っていた。兵士達は銃を構えるのも忘れて呆然と康子の血に染まった紫小紋の留袖のたなびくのを眺めていただけだった。
「でもまだ戦いをお続けになるのが兵隊さんですものね」
四輪駆動車に乗っていた機関銃手が銃口を康子に向けようと手を動かした。次の瞬間には康子は消え、彼の両腕も鋭利な刃物で切り取ったように車内に転がった。
「撃て!いや撃つな!味方に当たる!」
「撤退だ!撤収!」
将校達は混乱して部下達に向かってわめくだけ。兵士も誰も銃口をどこに向けたらいいのか悩むようにあちこちを見回っている。
「屋敷を撃て!こうなれば道連れ!」
そう叫んだ佐官の腹部が一撃で切り裂かれる。
「お屋敷に攻撃なんてしたら命がいくらあっても足りないですわよ」
どこからとも無く聞こえる声。兵士達は恐慌状態で右往左往する。その間にもあちこちで兵士の首が落ち、腕がちぎれ、足が切り取られる。
「助けて!」
「うわ!」
普段なら、もし相手が銃を構えた普通の兵隊なら戦力差も気にせず吶喊攻撃も辞さない胡州の兵士も見えない敵の存在にただ慌てふためくばかりだった。そして逃げ出した彼等に車載機関銃の掃射が届き始める。
「ああ、早かったみたいですわね」
近衛師団の車両が到着したときには西園寺邸の前の道路はぶつ切りにされた兵士の死体と、手足を失ってもがく烏丸派の生き残りの兵士と血まみれで微笑んでいる西園寺康子の姿があるばかりだった。
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