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第23章 権勢の人
死を待つもの
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新しい家の梁が鮮やかな帝都の上流貴族の邸宅。大きすぎる松の木の影につぶやく言葉が響いた。
「それで……勝てるのかね?」
青白いその表情に神経質そうな震えが走る。烏丸頼盛は開いた襖から見える外の景色を見ながら寝室で布団から上体を起こしただけの姿でゆっくりと茶を啜っていた。しばらくそのまま庭をいとおしげに眺めた後、彼は脇に控える清原、安東の顔に視線を移した。
「大丈夫でしょう。すでに在郷軍人会などを通して我々の同志には武器が支給されつつあります。後は……」
「保科さんの死を待つばかりか」
そう言うとニヤリと笑う烏丸。安東はその表情とその言葉の意味に恐怖を覚えていた。烏丸家を頼る軍縮で行き場を失った元兵士達と特権を剥奪され続けている下級貴族達のために立ち上がる。そう思っていた清原達の動きの過程に彼等の恩人である保科老人の死までも計算に入っているとは寝耳に水の話だった。
「実はすでに集中治療室の中ですからは今日か……明日か……」
清原は淡々とそう言うと下座の安東に目を向けた。その目が悲しみを湛えていたのが安東にとっての唯一の救いだった。一方西園寺派の呼び出しに仮病で応じている彼等の担ぐ四大公の一人である烏丸の目は生気を失ったように安藤の方をちらちら見るばかりだった。
「では君の思うようにしたまえ。当然すべては保科卿の死のタイミングを見てからだ」
敗戦時の戦争責任者追放から拾ってくれた恩人の死を待っているかのような言葉に安東は握りこぶしを固めていた。だが襖が開くと清原は立ち上がり何も無かったように出て行こうとする。安東もまたその後に続いて貴人の寝所を後にした。
「何も言うな」
小声で清原がそう言うのを見て安東は怒りの言葉を飲み込んだ。
「我々が掲げるのは秩序だ。その頂上に立つにはその秩序の上にある人物でなければならない。本来であれば保科さんに立ってもらいたかったが……」
そう言いながら清原は烏丸の寝所を振り返ってため息をついた。そして安東も彼に同情した。四大公が政務を取り仕切り国をまとめる。それは胡州の建国以来の伝統だった。宰相の半分以上は西園寺、大河内、烏丸、嵯峨の当主か分家から輩出されており、そうでなくても四家の影響を離れた政権は一つも存在していないのは事実だった。
彼等の敵である西園寺基義は本人が西園寺家当主であると言うことで影響力を保持している現状に不満を述べることが多いほどの貴族嫌いで知られていた。事実、西園寺の同志を名乗る政治家達には平民出身者が多い。今回の組閣でも大臣の半数は平民からの登用だった。この流れを変えなければならない。そう考える清原が後ろ盾に病弱で優柔不断な烏丸公を持ち上げたのが身分の秩序を復活させることを意図していることは安東も察していた。
枯山水が見える廊下を歩きながら安東は自分が戻れない境界線を越えてしまったことを自然と理解していた。
「すべてはこの国の有り方を守る為だ。たとえ鶏だろうが木切れだろうが四大公家が国を纏め、我々が導き、民はそれに従う。この有り方で長年この国は動いてきた。そしてそれによってこの国は常に正義を行なえる国として君臨してきたんだ。秩序を乱すものはすべからく敵だ。たとえ西園寺や大河内の家を背後に背負っていようが関係ないんだ」
清原の言葉。それは自分に大してではなく、清原自身に言い聞かせているように安東には見えた。
「心中お察し申し上げます……」
そんな安東の言葉に一瞬怒りの表情を浮かべた清原だが、いつもの冷静さをすぐに取り戻すとそのまま玄関へと足を向ける。
「この戦い……勝てるはずだ」
恩人のその根拠の薄い自信に安東は自然と出るため息を止めることができなかった。
「それで……勝てるのかね?」
青白いその表情に神経質そうな震えが走る。烏丸頼盛は開いた襖から見える外の景色を見ながら寝室で布団から上体を起こしただけの姿でゆっくりと茶を啜っていた。しばらくそのまま庭をいとおしげに眺めた後、彼は脇に控える清原、安東の顔に視線を移した。
「大丈夫でしょう。すでに在郷軍人会などを通して我々の同志には武器が支給されつつあります。後は……」
「保科さんの死を待つばかりか」
そう言うとニヤリと笑う烏丸。安東はその表情とその言葉の意味に恐怖を覚えていた。烏丸家を頼る軍縮で行き場を失った元兵士達と特権を剥奪され続けている下級貴族達のために立ち上がる。そう思っていた清原達の動きの過程に彼等の恩人である保科老人の死までも計算に入っているとは寝耳に水の話だった。
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清原は淡々とそう言うと下座の安東に目を向けた。その目が悲しみを湛えていたのが安東にとっての唯一の救いだった。一方西園寺派の呼び出しに仮病で応じている彼等の担ぐ四大公の一人である烏丸の目は生気を失ったように安藤の方をちらちら見るばかりだった。
「では君の思うようにしたまえ。当然すべては保科卿の死のタイミングを見てからだ」
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「何も言うな」
小声で清原がそう言うのを見て安東は怒りの言葉を飲み込んだ。
「我々が掲げるのは秩序だ。その頂上に立つにはその秩序の上にある人物でなければならない。本来であれば保科さんに立ってもらいたかったが……」
そう言いながら清原は烏丸の寝所を振り返ってため息をついた。そして安東も彼に同情した。四大公が政務を取り仕切り国をまとめる。それは胡州の建国以来の伝統だった。宰相の半分以上は西園寺、大河内、烏丸、嵯峨の当主か分家から輩出されており、そうでなくても四家の影響を離れた政権は一つも存在していないのは事実だった。
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枯山水が見える廊下を歩きながら安東は自分が戻れない境界線を越えてしまったことを自然と理解していた。
「すべてはこの国の有り方を守る為だ。たとえ鶏だろうが木切れだろうが四大公家が国を纏め、我々が導き、民はそれに従う。この有り方で長年この国は動いてきた。そしてそれによってこの国は常に正義を行なえる国として君臨してきたんだ。秩序を乱すものはすべからく敵だ。たとえ西園寺や大河内の家を背後に背負っていようが関係ないんだ」
清原の言葉。それは自分に大してではなく、清原自身に言い聞かせているように安東には見えた。
「心中お察し申し上げます……」
そんな安東の言葉に一瞬怒りの表情を浮かべた清原だが、いつもの冷静さをすぐに取り戻すとそのまま玄関へと足を向ける。
「この戦い……勝てるはずだ」
恩人のその根拠の薄い自信に安東は自然と出るため息を止めることができなかった。
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