レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第21章 出撃

久々の戦場

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「久々よのう」 

 明石はそう言うと大荷物を背負った楓を見ながら乗り込もうとする胡州第三艦隊旗艦『播磨』を見上げた。帝都を離れて惑星胡州軌道上の第三艦隊の母港である予州は活気に満ちていた。先の大戦で大半の施設が破壊されたと言うのに跡も残さず改修された閉鎖型コロニーに接岸する戦艦や巡洋艦が並んでいる。

「壮観ですね」 

 楓はそう言うと立ち止まった明石の隣できょろきょろと周りを見回した。

「ここはワシ等は片道切符で出かけたモンや。ワシの知り合いもほとんど死んどる」 

 明石の言葉に表情を変える楓。確かに明石にとってはかつての特攻機を満載した輸送艦の母港としてこの施設が考えられていることを思い返していた。

「ええねん。気にせんといてや……行こか」 

 そういい残してそのままタラップを進む。すれ違う兵士達の表情は硬い。誰もがある程度覚悟はできていた。

 烏丸派の重鎮と目されている南極基地の池幸重大佐や安東貞盛の陸軍第一教導連隊。どちらも彼らが去れば帝都を占拠にかかるのは目に見えていた。その結果帝都の彼らの知り合いが戦火の中に置き去りにされる。その予定は変えられないと誰もが思っていた。

「おう、来たか」 

 『播磨』の隔壁に寄りかかってニヤニヤ笑っているのは魚住だった。

「ずいぶんな物資やないか。やはりとんぼ返りは勘定のうちか?」 

 明石の言葉にただなんとなく頷きながら荷物の重そうな楓に手を差し出す魚住。楓は彼を無視して『播磨』に乗り込む。

「……まあ誰でも同じことを考えているだろうな。今回の内戦はもう始まっているんだ」

 魚住は『内戦』と言う言葉を使った。そのことに明石もすでに覚悟はできていた。

「権力争い……ワシも寺の息子やさかい結構体験しとるが……ええもんちゃうで」 

「いいも悪いも無いさ。もうこの国には二つの派閥を並べておくような余裕は無いんだよ……案内するぞ」 

 静かに魚住はそう言うと先頭に立って質素なつくりのエレベータに明石達を導いた。

「いいんですか?別所さんや赤松提督には……」 

「いいんだよ。別所も赤松のおやっさんもそう言う気遣いは好きじゃないから」 

 楓の心配にそう言って笑う魚住。明石も微笑みながら狭苦しいエレベータが居住区に着くのを待つ。

「それにしても最新鋭の戦艦なんぞに乗ってええのんか?ワシみたいなチンピラが」 

 明石はトレードマークになってきたサングラスを直しながら見下ろすようにして小柄な魚住に目をやった。

「馬鹿だねえ。俺達は切り込み部隊だ。恐らく決起した清原さんの部隊にはあの安東大佐がいるだろ?あの人の猛攻を防ぐとなれば俺ら以外の誰がいるよ」 

 自分を励ますような口調の魚住。明石もその言葉に頷く。

 先の大戦で329機の連合国のアサルト・モジュールを葬ったトップエースの安東貞盛。その『胡州の侍』のデータは教導部隊の隊員として活動している明石から見ても異常としか思えないものだった。反応速度、戦闘状況の判断、そして機体の性能を熟知しての機動はまさに天才の域に達している。明石も正直勝てるつもりなどさらさら無い。

「ほい、じゃあ案内するぞ」 

 考え込んでいた明石のわき腹をつつくと開いたエレベータのドアから飛び出す魚住。

「姫さんには済まないがうちは東和軍みたいに女子の個室は無いからな。明石の隣の部屋を用意したけどそこでいいかね?」 

「かまいません。幼年校からそうでしたから」 

 微笑を浮かべている楓だが、さすがに大荷物を背負い続けて疲れているように見えた。そのまま誰も通らない狭い廊下を抜けて士官用の個室のある区画に入る。

「いいんですか?ここは士官用の……」 

「大丈夫だよ。うちの連中は気が荒いからこっちのほうじゃないと女の子は危なくて仕方が無いよ……じゃあ、そこのドアだ。生体キーの登録は済んでるから荷物をまとめちゃいなよ」 

 魚住の言葉によろよろと敬礼する楓。明石と魚住も疲れているような楓に敬礼を返す。

「若いってのはいいねえ……」 

「ワシ等もまだそないな年でもないやろ」 

 老けたような言葉を吐いた魚住に明石は呆れたようにそう言った。

「ワシはここか?」 

「ああ、隣が女の子だからな。気を使えよ」 

 そう言うと振り向いて去っていく魚住。

「あとでブリーフィングルームで会おうや」 

 小柄な魚住の姿はそのまま士官の個室の一つに消えた。明石はそれを確認するように見守った後、バッグを持ったまま自分の私室に入った。士官用ということでそれなりの調度品が並んでいる。戦艦とあって無骨な金属製の机や戸棚は仕方の無い話だった。明石は硬そうなベッドにバッグを投げるとしばらく部屋を見回した。先の大戦後に就航した『播磨』。戦いの直前に完成しゲルパルト戦役で沈んだ『富岳』の700メートルには劣るものの500メートルの全長は現在胡州でも一番の巨艦である。その士官室もかつて明石が特攻機に乗るために出撃した輸送艦の比ではない位豪勢に見えた。

「生きてりゃええこともあるっちゅうわけやな」 

 そう言うとなんとなくすることもなくなって執務用の机に備え付けられた簡素な椅子に腰掛ける。椅子も見た目よりは頑丈で2メートルを超える巨漢の明石の体をやすやすと受け止めた。

「敵は安東貞盛……」 

 そう言って思い出すのは安東機のエースらしいパーソナルカラー。赤黒い地の上にどす黒い体をのた打ち回らせる浮世絵風のムカデの文様。その前に多くの地球軍のパイロットは絶望して死んでいった先の大戦。今度はそんな安東に明石達が挑むことになるのはほぼ誰もが考えていたところだった。

「死にたい死にたいと思うて闇市で転がってたら今度は死にとう無くなってきた……まるでファウスト博士やな」 

 そんな独り言を言った明石の背中で呼び鈴が鳴った。
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