レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第20章 大乱の予感

騙しあい

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「すまないな……忠満」 

 閣僚を別室に待たせて西園寺基義は12ある客室のひとつのソファーから立ち上がって敬礼しようとする赤松を制するようにしてつぶやいた。ちょっとした会議が開けそうな部屋には赤松の他に陸軍大臣代行の醍醐文隆の他、海軍大臣代行や陸海軍の参謀部長が顔をそろえていた。そして当然のようにその中には参謀の一人として清原陸軍准将の姿もあった。

「越州鎮台府の艦隊は現在濃州の5000キロの地点のデブリを盾にして展開中。すぐに攻撃を仕掛ける様子は見れませんが……」 

「憲兵隊員が全員拘束されたのは知っている。他にも私の支持者が越州で不法逮捕されていることもね」 

 海軍の情報将校の言葉に苦々しげに答えながら西園寺は上座の椅子に腰掛ける。

「今回の反乱……どう思うかね?清原君」 

 西園寺の一言には重みがあった。誰もが清原和人と越州鎮台府長官城一清准将とのつながりは知っていた。これが明らかに帝都に張り付いてにらみを効かす赤松の第三艦隊を引き剥がす目的の芝居なのは分かりきっていた。

「帝国の威信に対する挑戦。そして国内の秩序を乱す愚行としか言えませんな」 

 はっきりとそう断言する清原に生暖かい視線を投げる西園寺や彼を指示する軍幹部達。そして冷ややかな笑みで彼らを見つめる烏丸派の将官の姿を見て赤松は大きくため息をついた。

「現在の状況ではこの反乱行為の鎮圧に動けるのは赤松准将の第三艦隊と醍醐候の近衛師団が適当と思われますが……」 

 そう言ったのは烏丸派の陸軍参謀だった。醍醐は思い切り嫌な顔をして威圧するように立ち上がっている参謀に目を向ける。

「確かにそれ以外の部隊を動かすわけには行かないだろう。外惑星の独立派の暴動を監視する任務が失敗すればわが国は国際社会での信用を失う。かといって予備役を召集して帝都近郊の部隊を宇宙に上げるのは大げさすぎる」 

 西園寺はそう言いながらずっと清原を見つめていた。淡々とメモを取り時々端末に目をやる清原はそんな首相の言葉に耳を貸すつもりはないといった様子だった。

「よろしいですか?」 

 誰もが苛立ちを隠せない表情を浮かべている中、静かに赤松は手を上げて発言の機会を待った。

 明らかに敵意に満ちた表情が赤松を捉えるが彼は無視して大きく深呼吸をした。

「ああ、どうぞ」 

 西園寺の表情はこれから赤松が話す内容に興味を感じていると言うような感じだった。同じく醍醐などの西園寺派の将校たちも期待を込めた表情で赤松の言葉を待ち続けている。

「今回の越州での叛乱についてですが……」 

 無理に標準語のアクセントでしゃべる赤松。その言葉に『叛乱』と言う言葉が使われたのを聞くと聴衆の一部が立ち上がろうとした。

「待ちたまえ、君達!最後まで聞こうじゃないか」 

 余裕を持って西園寺が制する。そして醍醐が振り向いてにらみを利かせると彼ら烏丸派の人々は静かに腰を下ろした。

「今回動いている艦隊ですが……どう見ても規定の稼動率を上回る規模の艦隊が作戦行動に移っているわけですが」 

『まるで準備していたようだと言いたいのか!』 

 そこで飛んだ野次。赤松はそのにやけた陸軍大佐の目をにらみつけた。それなりに修羅場をくぐってきた自負のある赤松の視線を受けて烏丸派のその将校は下を向いて黙り込む。

「叛乱鎮圧にはそれなりの戦力と言いますか数を用意する必要があると思われます。元々鎮台府の城提督と貴下の上官の起こした叛乱です。数で脅せば兵士達の士気は落ちることでしょう。問題はそれが濃州攻略に彼らが成功した前か後かと言うことになると思います」 

 それだけ言うと赤松はぐるりと会議室の面々を眺めてから椅子に座った。頷くのは西園寺派、薄ら笑いを浮かべるのは烏丸派。どちらかにきれいに分かれている様を見て、先日の旧友である嵯峨の警告が思い出されてきた。

「数を用意できる即応部隊となると君の第三艦隊が動くと言うことになるのかね?」 

 先の大戦で一番多く戦死者を出した赤松達より十歳くらい年上の世代の将官が声をかける。その声の主本間中将は現在部隊を第六惑星衛星系に展開させているが、越州謀反の知らせを受けて駆けつけた艦隊司令だった。どちらかと言えば主張としては烏丸派に近い意見の持ち主だが、軍の政治への介入を快く思わない彼の信念からこの場の誰もが彼の意見に耳を傾けるだろうと赤松は踏んでいた。

「鎮台府の戦力は対艦戦に特化したものが配置されているのは皆さんもご存知のとおりです。そしてこちらも対艦戦を考えればワシ……いえ、私の第三艦隊を当てるのが最良かと」 

 赤松は本間の言葉にそう答える。

 しばらく沈黙が場を支配した。そしてこの場の全員が手にした端末を眺めている西園寺基義首相の次の言葉を待ち続けていた。

「なら考えるまでも無いんじゃないかな。最適な部隊を最適な叛乱軍に当てると言う現場の意見に私が口を挟む理由は無い」 

 あっさりとそう答えた西園寺の口調に誰もが耳を疑った。帝都の防衛を主任務とする近衛師団を預かる醍醐などは椅子から転げ落ちそうな様子だった。

「よろしいのですか?」 

 隣で西園寺が見つめている端末を支えていた秘書官が分を忘れてそう叫んでいた。

「よろしいも何も……叛乱の一刻も早い鎮圧が現在の急務だ。なにかね……この中に私の命をとりたいと念じている人でもいるのかな」 

 この西園寺の冗談は笑えなかった。誰もが黙ってお互いの顔を見合わせる。赤松は噴出しそうになるのを必死にこらえながら周りの将官の顔を眺めていた。

 烏丸派の急進派として知られる中将の顔に渋い笑みが浮かんでいる。西園寺派でも慎重で知られる海軍大将は黙って目をつぶっている。それぞれ考えることは一つ。間違いなく西園寺は烏丸派の暴発を引き起こそうとしていることだけは誰の目にも明らかだった。

 しかし誰も赤松の第三艦隊の出撃を止めるものはいない。

 すでに議場の隅で立って会議を眺めていた秘書官級の佐官達は端末で各地の情報を集めているところだった。赤松のつれてきた別所と魚住もしきりと携帯端末をいじり始めていた。明石や黒田はすでに原隊に戻ってしまったようで姿が見えない。

「なにかな……そんなに急に騒がしくなっちゃって……僕はおかしなことを言ったかな?」

 とぼける西園寺。その視線の先には唇をかみ締めて西園寺をにらみ続けている清原の姿がある。

「では……時間も無いでしょうから解散と言うことで」 

 そう言うと西園寺は立ち上がった。そのまま誰とも目をあわさずに扉を開く秘書官。廊下から盛んにフラッシュの光が西園寺が出て行くさまを彩っていた。

 赤松は黙って端末を覗き見て膨大な数のメールを確認してげんなりとした後で立ち上がろうとした。

「赤松君!」 

 声をかけてきたのは以外にも清原本人だった。薄ら笑いを浮かべる剃刀と呼ばれる近づきがたい表情を見て赤松は苦笑いを浮かべた。

「本当に良いんだね?」 

「は?何がですか?」 

 とぼけて見せた赤松。その口調に肩透かしを食ったと言うように目を見開いた後シンパの面々を連れて会場を出ようとする清原。

『そちらの考えは読めてんで』

 赤松はそう心の中で笑っていた。
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