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第19章 旧友再会
義と情
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そんなトメ吉に笑顔を見せた後、すぐに安東の顔は真剣なものに変わった。
「それはそれとしてだ」
安東は杯を膳に置いて静かに嵯峨を見つめる。
「俺達を会わせた。もしかして仲直りさせるとか言うつまらない話じゃないんだろうな」
低くこもった安東の声。嵯峨は杯をあおり静かに目を赤松に向ける。
「そないに単純な立場ちゃうこと位はわかっとるわなあ……あれか?最後の酒席を見たかったんか?」
赤松の問いにも答えることなく遠慮がちに一歩下がったトメ吉を一瞥した後、嵯峨は横に置かれた斎藤一学の遺影を手に取った。
「俺達……馬鹿をやっていた時代があって、あの戦争があって、それから色々あって今の立場だ。貞坊は今や陸軍じゃあ英雄だ。忠さんもどうして海軍や庶民には人気の人材。そして俺は遼州を率いる新星とか言われて持ち上げられてる」
そう言うと嵯峨はわずかに残っていた杯の酒を飲み干した。赤松も安東も黙ったまま着流し姿のこのような店には似つかわしくない風情の男をじっと見つめている。
「でも俺達のどこが変わったんだ?斎藤の奴の戦死。おれは遼南で遼北の機甲師団を前にして無様な大敗を喫する直前に聞いたんだが……泣いたよやっぱり。不死身の憲兵隊長とか『人斬り新三』とか呼ばれていきがってたけど結局は中身は何にも変わっちゃいないんだ」
嵯峨の言葉に安東は静かに頷いた。赤松も黙ったまま膳の上に視線を走らせている。
「お前さん達の喧嘩。最後まで看取るのが俺の仕事なのかもしれない……だから言わせてもらうよ。勝負は一撃で決めてくれ。長引けば長引くほど俺は遼州同盟を抑えるのが難しくなる。にらみを利かせても地球軍の介入を抑えるのも限界がある。俺からのお願いはそれだけだ」
そう言うと嵯峨は再び杯を手に取った。トメ吉はその空の杯に酒を注ぐ。沈黙が場を支配することになった。
沈黙する中、三人はそれぞれに酒をすする。誰一人話しかけることを知らない。そんな男達に愛想を尽かしたようにトメ吉は三味線を爪弾く。その調べがむなしく響く中で時だけが静かに過ぎた。
「あいつがいたらどう言うだろうな……」
安東の言葉に視線は自然とトメ吉に向いた。彼女も困惑したように作り笑顔で答える。
「分かんねえよ!俺には!」
そう叫ぶと立ち上がってそのままふすまを開いて庭に飛び出した嵯峨。あっけに取られて見守っていた安東達だったが一人すっと立ち上がったトメ吉がそのまま廊下にまで出ると振り返った嵯峨の頬を平手で打った。
「甘えるんじゃないよ!男だろ?覚悟を決められないなら男を辞めちまいな!」
急激なトメ吉の変化に三人は呆然としていた。しかしその沈黙も安東の爆笑で途切れることになった。
「そりゃいいや!新三!テメエはよく女物の着物を着てタバコをくゆらしてただろ?あの時みたいにこの店で居残りを決め込んだらどうだ?皇帝なんてくだらねえ仕事なんて捨てちまってさ!」
「そうやな。……ワシも付き合って海軍辞めたるわ。安東も付き合いで部屋で暇するのもええやろ。なあ?」
三人は笑い始めた。安東も嵯峨も赤松もそんなことができないのはわかっている。でもそれでも今はそんなことを空想して楽しむことくらいしかできない。恐らく止めることのできない対立の構図の中、安東と赤松の二人が生きて再会することが無いことも二人とも分かっていた。
「それじゃあ飲むぞ!トメ吉さん、他に空いてる娘はいないの?」
「あら、年増のお酌は嫌でありんすか?」
昔のおちゃらけた人気芸者の姿がそこにあった。
誰もが明日を忘れたい。その思いでこの店で酒をあおる。そんな退廃的な享楽におぼれるのも良いだろうと思いながら三人は酒をあおり続けた。
「それはそれとしてだ」
安東は杯を膳に置いて静かに嵯峨を見つめる。
「俺達を会わせた。もしかして仲直りさせるとか言うつまらない話じゃないんだろうな」
低くこもった安東の声。嵯峨は杯をあおり静かに目を赤松に向ける。
「そないに単純な立場ちゃうこと位はわかっとるわなあ……あれか?最後の酒席を見たかったんか?」
赤松の問いにも答えることなく遠慮がちに一歩下がったトメ吉を一瞥した後、嵯峨は横に置かれた斎藤一学の遺影を手に取った。
「俺達……馬鹿をやっていた時代があって、あの戦争があって、それから色々あって今の立場だ。貞坊は今や陸軍じゃあ英雄だ。忠さんもどうして海軍や庶民には人気の人材。そして俺は遼州を率いる新星とか言われて持ち上げられてる」
そう言うと嵯峨はわずかに残っていた杯の酒を飲み干した。赤松も安東も黙ったまま着流し姿のこのような店には似つかわしくない風情の男をじっと見つめている。
「でも俺達のどこが変わったんだ?斎藤の奴の戦死。おれは遼南で遼北の機甲師団を前にして無様な大敗を喫する直前に聞いたんだが……泣いたよやっぱり。不死身の憲兵隊長とか『人斬り新三』とか呼ばれていきがってたけど結局は中身は何にも変わっちゃいないんだ」
嵯峨の言葉に安東は静かに頷いた。赤松も黙ったまま膳の上に視線を走らせている。
「お前さん達の喧嘩。最後まで看取るのが俺の仕事なのかもしれない……だから言わせてもらうよ。勝負は一撃で決めてくれ。長引けば長引くほど俺は遼州同盟を抑えるのが難しくなる。にらみを利かせても地球軍の介入を抑えるのも限界がある。俺からのお願いはそれだけだ」
そう言うと嵯峨は再び杯を手に取った。トメ吉はその空の杯に酒を注ぐ。沈黙が場を支配することになった。
沈黙する中、三人はそれぞれに酒をすする。誰一人話しかけることを知らない。そんな男達に愛想を尽かしたようにトメ吉は三味線を爪弾く。その調べがむなしく響く中で時だけが静かに過ぎた。
「あいつがいたらどう言うだろうな……」
安東の言葉に視線は自然とトメ吉に向いた。彼女も困惑したように作り笑顔で答える。
「分かんねえよ!俺には!」
そう叫ぶと立ち上がってそのままふすまを開いて庭に飛び出した嵯峨。あっけに取られて見守っていた安東達だったが一人すっと立ち上がったトメ吉がそのまま廊下にまで出ると振り返った嵯峨の頬を平手で打った。
「甘えるんじゃないよ!男だろ?覚悟を決められないなら男を辞めちまいな!」
急激なトメ吉の変化に三人は呆然としていた。しかしその沈黙も安東の爆笑で途切れることになった。
「そりゃいいや!新三!テメエはよく女物の着物を着てタバコをくゆらしてただろ?あの時みたいにこの店で居残りを決め込んだらどうだ?皇帝なんてくだらねえ仕事なんて捨てちまってさ!」
「そうやな。……ワシも付き合って海軍辞めたるわ。安東も付き合いで部屋で暇するのもええやろ。なあ?」
三人は笑い始めた。安東も嵯峨も赤松もそんなことができないのはわかっている。でもそれでも今はそんなことを空想して楽しむことくらいしかできない。恐らく止めることのできない対立の構図の中、安東と赤松の二人が生きて再会することが無いことも二人とも分かっていた。
「それじゃあ飲むぞ!トメ吉さん、他に空いてる娘はいないの?」
「あら、年増のお酌は嫌でありんすか?」
昔のおちゃらけた人気芸者の姿がそこにあった。
誰もが明日を忘れたい。その思いでこの店で酒をあおる。そんな退廃的な享楽におぼれるのも良いだろうと思いながら三人は酒をあおり続けた。
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