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第19章 旧友再会
芸妓の町
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安東は三味の音を聞きながら夜まだ早い料亭の庭を横目で見ながら廊下を歩いていた。こんな緊張した時期だというのに客は多い。だが安東はこれからの死を覚悟しているように遊びに夢中の士官達を責めるつもりは無かった。嵯峨達と飲んだ座敷は決まっている。足は案内の赤い振袖の少女に無意識についていった。
「こちらです」
少女はそう言うとふすまの開いたままの座敷の前に座った。いつものように少女に駄賃をやろうと勤務服のポケットに手を入れながら中を覗き込んだ安東の手が止まった。
「なんや……貞やんやないか」
驚いた表情の赤松忠満。海軍の制服に驚いて酒を少しばかりこぼした赤松の袖を懐から出した手ぬぐいで拭くのはかつて斎藤が愛した芸者トメ吉だった。
「トメさん。ええって……それより久しぶりやな……」
少女に駄賃をやってふすまを閉めさせて用意された膳の前に座る安東を驚いた様子で見つめている赤松。それを見ながら安東は一人三味線をいじっている嵯峨に目を向けた。
「そういうことだ……っとこれで良いんじゃないですかねトメさん」
昔と変わらず慣れた様子で三味線の音色を合わせる着流し姿の嵯峨。だがその隣にはここに来ることの無い客の膳がすえられていた。そしてその手前には予科時代の帽子を斜に被って身構えたような表情の斎藤一学の遺影が置かれていた。
「明子坊は元気ですか……」
安東は斎藤の落とし胤の少女の話題をその母トメ吉に尋ねた。
「ええ、先月は久しぶりに帰ってきてくれて……洋子さんとも仲良くしてくれているようで」
そう言うとすぐに安東の手にした杯にトメ吉は静かに酒を注いだ。
「新の字が珍しく差しで飲もうなんて言うからどんなことかと思えば……お互いそんな立場になったんだな」
赤松は静かに杯を干すとトメ吉にそれを差し出す。
「世の中変わるもんさ……まあ変わらないのはトメさんが相変わらず別嬪だってことくらいかな」
「まあ、お上手なんだから!新さんは」
嵯峨がまだ西園寺家の部屋住みの時代の西園寺新三郎だった時代。ここはまさに安東達の城だった。学校を休んでこの部屋に居座って酒を飲み続ける。そしてたまにこの店にツケを残している会社の重役のところに制服のまま尋ねて勘定を済ませるような付き馬まがいのことも何度かやった。
「まったく変わるもんだな」
そう言って安東が杯を差し出すとトメ吉はそのころの一番の売れっ子だったときを思い出させる笑顔で酒を注いでくれる。
「そうだ!今日はこの大事な会に欠席している不埒者がいるからそいつの分はトメさんに飲んでもらいましょう」
嵯峨は思いついたように斎藤の膳の上から杯を取るとトメ吉に差し出す。
「いいんですか?私、飲んじゃいますよ?」
あのころには無かった妖艶な笑み。安東は流れた時間を思い返すように徳利をトメ吉に差し出した。
「おっと手が早いのう。貞坊は昔からこれじゃ。本当に隅に置けんわ……恭子はどないしとんねん」
ニヤリと笑う赤松の顔を見ると安東の表情は曇った。赤松の妹で今は安東の妻である恭子。その病状を思い出すとどう赤松に説明すれば良いのか悩んだ。
「すまんな。しばらく家には帰っていないんだ。ただ最近はふさぎこむこともあまり無くなって色々話をしてくれるな」
「そうか……」
安東の言葉に安心したように頷くと赤松はゆっくりと肴の寄せ豆腐に箸を伸ばす。
「まあ忠さんはと言えば相変わらず尻に敷かれているみたいだけどな」
「そないなことは……」
「無いのか?」
ニヤニヤと笑う嵯峨に突っ込まれて一人うつむく赤松。そんなやり取りはそれぞれが現在の胡州を取り巻く政治状況を演出している人材であると言うことを忘れさせるほど和やかなものだった。トメ吉も安堵したように漆が赤く輝く酒器で安東の杯に酒を注ぐ。
「こちらです」
少女はそう言うとふすまの開いたままの座敷の前に座った。いつものように少女に駄賃をやろうと勤務服のポケットに手を入れながら中を覗き込んだ安東の手が止まった。
「なんや……貞やんやないか」
驚いた表情の赤松忠満。海軍の制服に驚いて酒を少しばかりこぼした赤松の袖を懐から出した手ぬぐいで拭くのはかつて斎藤が愛した芸者トメ吉だった。
「トメさん。ええって……それより久しぶりやな……」
少女に駄賃をやってふすまを閉めさせて用意された膳の前に座る安東を驚いた様子で見つめている赤松。それを見ながら安東は一人三味線をいじっている嵯峨に目を向けた。
「そういうことだ……っとこれで良いんじゃないですかねトメさん」
昔と変わらず慣れた様子で三味線の音色を合わせる着流し姿の嵯峨。だがその隣にはここに来ることの無い客の膳がすえられていた。そしてその手前には予科時代の帽子を斜に被って身構えたような表情の斎藤一学の遺影が置かれていた。
「明子坊は元気ですか……」
安東は斎藤の落とし胤の少女の話題をその母トメ吉に尋ねた。
「ええ、先月は久しぶりに帰ってきてくれて……洋子さんとも仲良くしてくれているようで」
そう言うとすぐに安東の手にした杯にトメ吉は静かに酒を注いだ。
「新の字が珍しく差しで飲もうなんて言うからどんなことかと思えば……お互いそんな立場になったんだな」
赤松は静かに杯を干すとトメ吉にそれを差し出す。
「世の中変わるもんさ……まあ変わらないのはトメさんが相変わらず別嬪だってことくらいかな」
「まあ、お上手なんだから!新さんは」
嵯峨がまだ西園寺家の部屋住みの時代の西園寺新三郎だった時代。ここはまさに安東達の城だった。学校を休んでこの部屋に居座って酒を飲み続ける。そしてたまにこの店にツケを残している会社の重役のところに制服のまま尋ねて勘定を済ませるような付き馬まがいのことも何度かやった。
「まったく変わるもんだな」
そう言って安東が杯を差し出すとトメ吉はそのころの一番の売れっ子だったときを思い出させる笑顔で酒を注いでくれる。
「そうだ!今日はこの大事な会に欠席している不埒者がいるからそいつの分はトメさんに飲んでもらいましょう」
嵯峨は思いついたように斎藤の膳の上から杯を取るとトメ吉に差し出す。
「いいんですか?私、飲んじゃいますよ?」
あのころには無かった妖艶な笑み。安東は流れた時間を思い返すように徳利をトメ吉に差し出した。
「おっと手が早いのう。貞坊は昔からこれじゃ。本当に隅に置けんわ……恭子はどないしとんねん」
ニヤリと笑う赤松の顔を見ると安東の表情は曇った。赤松の妹で今は安東の妻である恭子。その病状を思い出すとどう赤松に説明すれば良いのか悩んだ。
「すまんな。しばらく家には帰っていないんだ。ただ最近はふさぎこむこともあまり無くなって色々話をしてくれるな」
「そうか……」
安東の言葉に安心したように頷くと赤松はゆっくりと肴の寄せ豆腐に箸を伸ばす。
「まあ忠さんはと言えば相変わらず尻に敷かれているみたいだけどな」
「そないなことは……」
「無いのか?」
ニヤニヤと笑う嵯峨に突っ込まれて一人うつむく赤松。そんなやり取りはそれぞれが現在の胡州を取り巻く政治状況を演出している人材であると言うことを忘れさせるほど和やかなものだった。トメ吉も安堵したように漆が赤く輝く酒器で安東の杯に酒を注ぐ。
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