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第18話 揺れ動く心
友の誘い
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わざわざ恩人に会いに来た安東にブリーフィングなどの予定があるはずが無かった。ただ陸軍省の参謀級将官の執務室が並ぶ廊下を一人歩く安東。突然腕の携帯端末が着信を告げたとき、恩人への態度が失礼だったことを思い出して苦笑いを浮かべながら受信に切り替えた。
空間に開く画面。そこには懐かしい顔があった。
『おう、忙しそうだな』
着流し姿の上半身が見える。嵯峨惟基は画面の向こうで半笑いで不愉快そのものと言う表情の安東にだるそうな笑みを投げてくる。
「そういうお前はずいぶん暇なようだな。皇帝と言う職業はそんなに気楽なもんなのか?」
安東の皮肉に額を叩くと嵯峨は手にした杯を傾けた。
『ああ、皇帝家業はしばらくは弟達が変わりにやってくれてるよ。同盟成立までが俺だからできること。後のことは優秀な政治家さん達に任せることにしているからねえ』
嵯峨には腹違いの兄弟が百人以上いる。そんな中に影武者を務めている者がいることは安東も耳にしていた。元々堅苦しいのが苦手な嵯峨に皇帝などと言う稼業をいつまでも続けられないことを昔から知っていたことを思い出して自然の安東の頬はゆるんでいた。
『それよりどうせ清原さんと喧嘩でもしたんじゃないかその面は。まああの人は頭と口が先に動くばかりの人だからな。まじめな貞坊には見てられねえだろ』
自分のことを『貞坊』と呼ぶ竹馬の友の言葉に曖昧に頷く。
「どうせ暇なら酒に付き合えと言うんだろ?分かった。どこで飲んでる。上町か?」
諦めてそう言った安東を満足そうに見つめる嵯峨。背景の掛け軸の艶画から見て色町として知られる上町のそれなりの店で飲んでいるらしいとあたりをつけた。
『正解だ。さすがだねえ……そういえば明日は斎藤の命日だしさ。飲み明かすのも悪くないんじゃないか?』
「そうか……そんな日だったな」
斎藤一学。軍人志望の貴族子弟を教育する機関である『胡州高等予科学校』時代の安東と嵯峨の親友の一人だった。いつも今は敵である赤松を加えた四人で馬鹿なことばかり続けていた学生時代。喧嘩や悪戯では安東と赤松が一番後先考えない行動でどちらかと言えば押さえ役の斎藤を苦労させたものだった。そして騒動がばれて呼び出されるのは三人だけ。一番暴れていた嵯峨は要領よく逃げおおせて一人窓の外から説教を受ける三人を笑って見つめていたのが懐かしく感じられた。
そんな三人も先の大戦ではそれぞれの道を歩むことになった。
非戦を唱える西園寺家の出と言うことで中央から忌み嫌われた嵯峨は東和共和国大使館付き陸軍武官に飛ばされそのまま中央に戻ることは無かった。一方で安東は陸軍のパイロットとして華やかに活躍し、何度と無く戦意高揚のための線で映画に登場することになった。同じく駆逐艦の艦長を任された赤松も地球などからの撤退戦では輸送艦の兵士達から『守護天使』と呼ばれる活躍を見せた。
そんな中、斎藤もまた海軍のパイロットとして活躍を見せていた。予科時代からの甘いマスクとすでに歌壇で注目され始めた歌人としての人気は絶大で胡州の少女達は彼に応援の手紙を送るのがブームになるほどだった。
だが、冥王星域における最後の撤退戦で一人敵陣に突入した彼は帰還することは無かった。三年後にデブリを回収していたリトアニアの業者が斎藤の愛機の97式を回収しその中から酸欠を恐れて拳銃自殺した斎藤の遺体を発見したことを安東は昨日のことのように思い出していた。
「大佐、車はどこに回しましょうか?」
田中と言う従卒。半年ばかり安東を担当しているこの青年下士官の気配りが最近うれしいと思うようになってきていた。ロビーには陸軍幹部との接見を求める格地区の防衛部隊の幹部連とそれに付き従ってきた士官達であふれていた。
「今日は隊には戻らない。タクシーを拾うから先に帰っていてくれ」
そんな安東の言葉に嫌な顔ひとつせず敬礼するとそのまま自動販売機に向かう田中。安東はそのまま階下へ向かうエレベータを待つことにした。ちらほらと振り返るとロビーでは相変わらず烏丸派と西園寺派の将校達が談笑を続けていた。部隊の幹部連中と言うことで明石から聞いている若手将校の小競り合いのような殺気だった雰囲気は無かったが、それぞれに相手を意識しながら小声で話し合っている。その内容がお互いの悪口に終始しているだろうと思うと安東の気持ちは憂鬱になった。
「大佐これを」
エレベータが開いて乗り込もうとした安東の背中に声をかけてくる田中。彼の手から缶コーヒーを手にして軽く笑みを浮かべると一人で安東はエレベータに乗り込んだ。扉が開くと静けさが狭い箱の中に広がる。そしてそこは思索に向いていると安東は思っていつもどおりこれから会う一国の皇帝のことを思い出した。
空間に開く画面。そこには懐かしい顔があった。
『おう、忙しそうだな』
着流し姿の上半身が見える。嵯峨惟基は画面の向こうで半笑いで不愉快そのものと言う表情の安東にだるそうな笑みを投げてくる。
「そういうお前はずいぶん暇なようだな。皇帝と言う職業はそんなに気楽なもんなのか?」
安東の皮肉に額を叩くと嵯峨は手にした杯を傾けた。
『ああ、皇帝家業はしばらくは弟達が変わりにやってくれてるよ。同盟成立までが俺だからできること。後のことは優秀な政治家さん達に任せることにしているからねえ』
嵯峨には腹違いの兄弟が百人以上いる。そんな中に影武者を務めている者がいることは安東も耳にしていた。元々堅苦しいのが苦手な嵯峨に皇帝などと言う稼業をいつまでも続けられないことを昔から知っていたことを思い出して自然の安東の頬はゆるんでいた。
『それよりどうせ清原さんと喧嘩でもしたんじゃないかその面は。まああの人は頭と口が先に動くばかりの人だからな。まじめな貞坊には見てられねえだろ』
自分のことを『貞坊』と呼ぶ竹馬の友の言葉に曖昧に頷く。
「どうせ暇なら酒に付き合えと言うんだろ?分かった。どこで飲んでる。上町か?」
諦めてそう言った安東を満足そうに見つめる嵯峨。背景の掛け軸の艶画から見て色町として知られる上町のそれなりの店で飲んでいるらしいとあたりをつけた。
『正解だ。さすがだねえ……そういえば明日は斎藤の命日だしさ。飲み明かすのも悪くないんじゃないか?』
「そうか……そんな日だったな」
斎藤一学。軍人志望の貴族子弟を教育する機関である『胡州高等予科学校』時代の安東と嵯峨の親友の一人だった。いつも今は敵である赤松を加えた四人で馬鹿なことばかり続けていた学生時代。喧嘩や悪戯では安東と赤松が一番後先考えない行動でどちらかと言えば押さえ役の斎藤を苦労させたものだった。そして騒動がばれて呼び出されるのは三人だけ。一番暴れていた嵯峨は要領よく逃げおおせて一人窓の外から説教を受ける三人を笑って見つめていたのが懐かしく感じられた。
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そんな中、斎藤もまた海軍のパイロットとして活躍を見せていた。予科時代からの甘いマスクとすでに歌壇で注目され始めた歌人としての人気は絶大で胡州の少女達は彼に応援の手紙を送るのがブームになるほどだった。
だが、冥王星域における最後の撤退戦で一人敵陣に突入した彼は帰還することは無かった。三年後にデブリを回収していたリトアニアの業者が斎藤の愛機の97式を回収しその中から酸欠を恐れて拳銃自殺した斎藤の遺体を発見したことを安東は昨日のことのように思い出していた。
「大佐、車はどこに回しましょうか?」
田中と言う従卒。半年ばかり安東を担当しているこの青年下士官の気配りが最近うれしいと思うようになってきていた。ロビーには陸軍幹部との接見を求める格地区の防衛部隊の幹部連とそれに付き従ってきた士官達であふれていた。
「今日は隊には戻らない。タクシーを拾うから先に帰っていてくれ」
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「大佐これを」
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