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第18話 揺れ動く心
忠臣
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「忠さ……いや、赤松の動きは早いですね」
陸軍省参謀局次席参謀の執務室。ソファーに腰掛けた安東貞盛大佐はそう言って部屋の机の主に声をかけた。武装解除を宣告されてそれでも組織的にテロに走る動きを何とか押さえるのに必死な同志達の苦労を聞かされていた安東は一人この部屋に佇む主の姿を眺めていた。
「そのくらいのことをしてもらわなければ命がいくらあっても足りないだろ?なんなら君の手のものに護衛をしてもらおうかね」
清原和人准将はそう言って自分が追放解除に協力した片腕に苦笑いを浮かべた。
「ですがこちらから仕掛けるにはこの措置はちょっと厄介ですよ。それに西園寺卿と言う魔物まで復活してきた状況は決してこちらには有利な状況とは言えませんから……」
そう言うと安東は長い足を組み替えて清原を見上げる。
「なに、今の状況で政権を握ることは西園寺さんの派閥には不利な点が多いんだ。どうせ在地球資産の凍結は解けるわけではないし、それが解けなければ国家の破綻寸前の財政の回復は望めないんだ。その為にはこの国の力をすべて中央に結集する必要がある」
清原の言葉に大きくため息をつく安東。彼は正直なところこの軍籍回復に努めてくれた恩人である清原を好きにはなれなかった。清原和人という男。保科家春に見出された下級貴族出の俊才は確かにその軍政家らしい判断のできる人物だった。
軍事は政治に付随するものだ。そのことは予科時代に今は敵となった赤松や無茶な量の課題の作成に協力してくれた嵯峨などと机を並べていた時期に教官から叩き込まれていた。そして先の大戦ではエースとして人型兵器アサルト・モジュールパイロットとして活躍するものの拙い政治判断で次第に悪化する戦線を見た彼にとって清原の手腕は賞賛に値する功績をいくつも上げたことを知っていた。
だがどこまで言っても清原は参謀本部の人間だった。
正直、安東は追放解除で軍籍を回復した時に比べて清原が忠義を尽くす烏丸派が勢力を獲得できないとは思ってはいなかった。牙城である陸軍はアフリカで勇名をならした醍醐准将が発言権を強めていた。さらに醍醐と同じ嵯峨家の被官達の多くは態度を鮮明にしていない。それに流されるように西園寺基義の貴族特権の返上運動に危機感を募らせているはずの多くの将校達も表立って自分達を支援する動きは見せてはいなかった。
「……このひどい財政状態を回復する策が無い以上、アステロイドコロニーでは乱が起きる。そうなれば……」
清原が続ける希望的観測の演説を諦め半分に安東は聞いていた。
例え烏丸卿が再び政権を握っても国家の現状が変わらないことは安東も百も承知だった。おそらく一人で自分に向けて演説を続けているこの部屋の主もそれを否定することはできないだろう。それどころか烏丸派が掲げる政策である貴族制度の再編成による強固な国家体制の確立は地球や同盟にとっては脅威以外の何物でもなく、この国は孤立したまま両者との軍拡競争にひた走りさらに財政の悪化を招くのは必然だと思っていた。
「……安東君。私の話を聞いているのかね?」
少し不快そうな顔で清原が安東の顔を見下ろした。
「ええ、まあ……」
曖昧な返事をする安東。
だが、彼は決意を固めていた。清原には軍籍回復に努めてくれた恩義がある。そして烏丸家には幼いころ父母を失い姉と二人の後見として動いてくれたおかげで今がある。
『すまんな忠さん。俺は最後までこの御仁を支えることにするよ』
安東は旧友赤松忠満とその妻である姉貴子のことを思い出しながら演説好きな清原を黙らせるためにゆっくりと立ち上がった。
「どうしたんだね?」
機嫌を損ねた清原の言葉。だが安東にはそれを続けて聞くつもりは無かった。
「申し訳ありません。これから午後のブリーフィングがありますので」
仕事となれば文句は言えない。への字に口を曲げた上官に敬礼をすると安東は部屋を後にした。
陸軍省参謀局次席参謀の執務室。ソファーに腰掛けた安東貞盛大佐はそう言って部屋の机の主に声をかけた。武装解除を宣告されてそれでも組織的にテロに走る動きを何とか押さえるのに必死な同志達の苦労を聞かされていた安東は一人この部屋に佇む主の姿を眺めていた。
「そのくらいのことをしてもらわなければ命がいくらあっても足りないだろ?なんなら君の手のものに護衛をしてもらおうかね」
清原和人准将はそう言って自分が追放解除に協力した片腕に苦笑いを浮かべた。
「ですがこちらから仕掛けるにはこの措置はちょっと厄介ですよ。それに西園寺卿と言う魔物まで復活してきた状況は決してこちらには有利な状況とは言えませんから……」
そう言うと安東は長い足を組み替えて清原を見上げる。
「なに、今の状況で政権を握ることは西園寺さんの派閥には不利な点が多いんだ。どうせ在地球資産の凍結は解けるわけではないし、それが解けなければ国家の破綻寸前の財政の回復は望めないんだ。その為にはこの国の力をすべて中央に結集する必要がある」
清原の言葉に大きくため息をつく安東。彼は正直なところこの軍籍回復に努めてくれた恩人である清原を好きにはなれなかった。清原和人という男。保科家春に見出された下級貴族出の俊才は確かにその軍政家らしい判断のできる人物だった。
軍事は政治に付随するものだ。そのことは予科時代に今は敵となった赤松や無茶な量の課題の作成に協力してくれた嵯峨などと机を並べていた時期に教官から叩き込まれていた。そして先の大戦ではエースとして人型兵器アサルト・モジュールパイロットとして活躍するものの拙い政治判断で次第に悪化する戦線を見た彼にとって清原の手腕は賞賛に値する功績をいくつも上げたことを知っていた。
だがどこまで言っても清原は参謀本部の人間だった。
正直、安東は追放解除で軍籍を回復した時に比べて清原が忠義を尽くす烏丸派が勢力を獲得できないとは思ってはいなかった。牙城である陸軍はアフリカで勇名をならした醍醐准将が発言権を強めていた。さらに醍醐と同じ嵯峨家の被官達の多くは態度を鮮明にしていない。それに流されるように西園寺基義の貴族特権の返上運動に危機感を募らせているはずの多くの将校達も表立って自分達を支援する動きは見せてはいなかった。
「……このひどい財政状態を回復する策が無い以上、アステロイドコロニーでは乱が起きる。そうなれば……」
清原が続ける希望的観測の演説を諦め半分に安東は聞いていた。
例え烏丸卿が再び政権を握っても国家の現状が変わらないことは安東も百も承知だった。おそらく一人で自分に向けて演説を続けているこの部屋の主もそれを否定することはできないだろう。それどころか烏丸派が掲げる政策である貴族制度の再編成による強固な国家体制の確立は地球や同盟にとっては脅威以外の何物でもなく、この国は孤立したまま両者との軍拡競争にひた走りさらに財政の悪化を招くのは必然だと思っていた。
「……安東君。私の話を聞いているのかね?」
少し不快そうな顔で清原が安東の顔を見下ろした。
「ええ、まあ……」
曖昧な返事をする安東。
だが、彼は決意を固めていた。清原には軍籍回復に努めてくれた恩義がある。そして烏丸家には幼いころ父母を失い姉と二人の後見として動いてくれたおかげで今がある。
『すまんな忠さん。俺は最後までこの御仁を支えることにするよ』
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「どうしたんだね?」
機嫌を損ねた清原の言葉。だが安東にはそれを続けて聞くつもりは無かった。
「申し訳ありません。これから午後のブリーフィングがありますので」
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