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第12章 複雑な兄弟
動く皇帝
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「お前が動く必要はあるのかね」
帝都、西園寺邸。この屋敷の主である西園寺基義は目の前で寿司を無造作に放り込む弟、嵯峨惟基を眺めていた。弟は現在遼州星系の要とも言える要職、遼南皇帝の地位にある男だった。二百年以上前、地球からの独立を宣言したこの遼州星系の民の心の支えであった遼南皇家。胡州帝国もその名の『帝』とは遼南皇帝のことを指すことは形式だけとなった今でも変わることはなかった。
その皇帝が単身、着流し姿で西園寺邸に現れたことに兄である基義は不快感を隠せなかった。
黙って土産と称して手にしてきた寿司の桶から寿司を手に取り、妻の康子が出した取って置きの大吟醸を水でも飲むように口に流し込む弟に付き合う自分の人の良さを笑う基義。だが、海胆を食べ終えたところでようやく人心地ついたというように杯を干した弟の目は真剣なものがあった。
「兄貴。すまないけどしばらくどこかに隠れてもらえませんか?」
突然だった。そしてその言葉に不意に笑いがこみ上げてくるのを西園寺は止められなかった。
「馬鹿言うなよ。今は一番この国の重要な局面だ……」
「だから言ってるんですよ」
強い調子で迫る嵯峨。弟がこういう強い調子で自分に意見することなど初めてのことだったので、西園寺は黙って弟を見つめた。一回り以上年下だが、それ以上に童顔の弟を見ると失礼極まりない言葉を聞いても西園寺に怒りはこみ上げてこなかった。実際、彼の政敵達は自分の退場を望んでいることは知っていた。遼州同盟の拡大と言う事実と同時進行する貴族制と言う国家の根幹に関わる方針をめぐる対立。その中で西園寺派の主張である貴族制の解体と言う最重要課題に多くの貴族達は西園寺家の出仕停止を求める請願を司法裁判所に起こしていることも知っていた。
「それじゃあ何か?清原あたりの連中の好きにこの国を動かせといいたいわけか、新三は」
新三。嵯峨惟基がまだ西園寺家の部屋住みの時代の名前を使って弟をにらみつけてみた。だが、その時と顔つきはほとんど変わっていないというのに、どこか余裕のある笑みを浮かべて再び寿司に手を伸ばす弟に西園寺は違和感を感じていた。
『成長しやがって……』
内心安堵すると共に、不安感が西園寺を襲った。突然父に引き合わされて弟となったと告げられた嵯峨惟基、遼南を追われた十二歳の甥ムジャンタ・ラスコーを初めてこの屋敷で見たとき、西園寺はそのか細い首筋を見て幻滅したことを思い出した。実の父との皇位継承権争いに敗れ、叔母に当たる康子を頼って亡命してきた幼い皇帝は吹けば倒れるような弱弱しい印象しか残らなかった。だが、今こうして自分に意見している弟はそんな弱弱しい皇子様と同一人物とは思えない傑物としか見えなかった。
「俺が引いたとする。そうすると奴等がどうすると思うんだ?同盟の中でも胡州の加盟には民主化が必要だっていう東和の意見がある限り烏丸さん達が政権を握る間は胡州の同盟加盟は不可能なんだ。それとも何か?お前が同盟結成の言いだしっぺだということで東和や大麗の説得をしてくれるとでも言うのか?」
そう言って西園寺は初めて寿司桶からかっぱ巻きを手にして口に運ぶ。
「じゃあしばらく時を待てば良いんじゃないですか?幸い大河内公は回復に向かっているそうじゃないですか。西園寺と大河内両家の当主の合意と言うことになれば烏丸さんも無視はできない。その状況なら俺も被官の説得に動くくらいのことは出来ますよ」
弟の言葉に西園寺は自然と笑みが出てきていた。彼自身もこの政治対立を武力衝突まで拡大させるのは本意では無い。政争が内乱にまで発展すれば先の敗戦で多くの駐留部隊を派遣する協定を遼州星系諸国と結んでいる地球列強の介入を招くことすらありえない話ではないことは彼も十分承知していた。
「だが、それまで清原達が待てるのか?」
そう言うと西園寺は先ほど弟が注いだ酒を口に含んでその苦味に顔をしかめた。
帝都、西園寺邸。この屋敷の主である西園寺基義は目の前で寿司を無造作に放り込む弟、嵯峨惟基を眺めていた。弟は現在遼州星系の要とも言える要職、遼南皇帝の地位にある男だった。二百年以上前、地球からの独立を宣言したこの遼州星系の民の心の支えであった遼南皇家。胡州帝国もその名の『帝』とは遼南皇帝のことを指すことは形式だけとなった今でも変わることはなかった。
その皇帝が単身、着流し姿で西園寺邸に現れたことに兄である基義は不快感を隠せなかった。
黙って土産と称して手にしてきた寿司の桶から寿司を手に取り、妻の康子が出した取って置きの大吟醸を水でも飲むように口に流し込む弟に付き合う自分の人の良さを笑う基義。だが、海胆を食べ終えたところでようやく人心地ついたというように杯を干した弟の目は真剣なものがあった。
「兄貴。すまないけどしばらくどこかに隠れてもらえませんか?」
突然だった。そしてその言葉に不意に笑いがこみ上げてくるのを西園寺は止められなかった。
「馬鹿言うなよ。今は一番この国の重要な局面だ……」
「だから言ってるんですよ」
強い調子で迫る嵯峨。弟がこういう強い調子で自分に意見することなど初めてのことだったので、西園寺は黙って弟を見つめた。一回り以上年下だが、それ以上に童顔の弟を見ると失礼極まりない言葉を聞いても西園寺に怒りはこみ上げてこなかった。実際、彼の政敵達は自分の退場を望んでいることは知っていた。遼州同盟の拡大と言う事実と同時進行する貴族制と言う国家の根幹に関わる方針をめぐる対立。その中で西園寺派の主張である貴族制の解体と言う最重要課題に多くの貴族達は西園寺家の出仕停止を求める請願を司法裁判所に起こしていることも知っていた。
「それじゃあ何か?清原あたりの連中の好きにこの国を動かせといいたいわけか、新三は」
新三。嵯峨惟基がまだ西園寺家の部屋住みの時代の名前を使って弟をにらみつけてみた。だが、その時と顔つきはほとんど変わっていないというのに、どこか余裕のある笑みを浮かべて再び寿司に手を伸ばす弟に西園寺は違和感を感じていた。
『成長しやがって……』
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「俺が引いたとする。そうすると奴等がどうすると思うんだ?同盟の中でも胡州の加盟には民主化が必要だっていう東和の意見がある限り烏丸さん達が政権を握る間は胡州の同盟加盟は不可能なんだ。それとも何か?お前が同盟結成の言いだしっぺだということで東和や大麗の説得をしてくれるとでも言うのか?」
そう言って西園寺は初めて寿司桶からかっぱ巻きを手にして口に運ぶ。
「じゃあしばらく時を待てば良いんじゃないですか?幸い大河内公は回復に向かっているそうじゃないですか。西園寺と大河内両家の当主の合意と言うことになれば烏丸さんも無視はできない。その状況なら俺も被官の説得に動くくらいのことは出来ますよ」
弟の言葉に西園寺は自然と笑みが出てきていた。彼自身もこの政治対立を武力衝突まで拡大させるのは本意では無い。政争が内乱にまで発展すれば先の敗戦で多くの駐留部隊を派遣する協定を遼州星系諸国と結んでいる地球列強の介入を招くことすらありえない話ではないことは彼も十分承知していた。
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