775 / 1,503
第6章 西園寺サロン
母と娘
しおりを挟む
屋敷町でも官庁街からすぐの大きな門をくぐった。それが西園寺基義卿の館であることは明石も読めた。すぐに書生が駆け寄ってきて奥の駐車場へと車を誘導する。
「なんや、御大将も来とるやないか」
明石の目に第三艦隊の『二引き両左三つ巴』、赤松家の家紋をかたどった隊旗をつけた公用車が見える。
「貴様の昇進を祝いたい人がいるってことだ。良い話だろ?」
そう言ってキーを抜いて駐車場に降り立つ。だが、明石はそこで見慣れないガソリンエンジンのスクーターが止まっているのに気づいた。
「なんや、あれ。出前でも取ったんやろか?」
明石の言葉に苦笑いを浮かべながらそのまま別所は玄関へと向かう。
赤松家よりも二回りも大きい玄関だが、そこには駐車場にいた書生以外の人の気配が無かった。だが、別所はそのまま靴を脱ぎっぱなしで上がりこむ。書生が駆け寄って靴を持つのを見て明石もそのまま上がりこんだ。
長い廊下。次第に闇に落ちていく庭を見ながら二人は奥に進んだ。
「ええ匂いがするんやけど……」
明石がそう言うと別所は足を止めてにやりと笑った。
「お前はこの屋敷は初めてだったな」
そしてそのまま再び廊下を歩き続ける。視界が開けて当たりに庭が広がる。獅子脅しの音、それに混じって宴会でもやっているような声が遠くで聞こえる。
「西園寺邸には食客が多くてな。いつも宴会が催されている。お前も聞いたことがあるだろ、その噂くらいは」
「まあな。西園寺サロン言うところは帝大でも有名な話やさかいな。平民出の知り合いは皆憧れとったわ」
西園寺家は文化の守護者。これは胡州の国民なら知らぬものはいない事実だった。この屋敷に世話になりつつ芸を磨く芸人。出入りしては糊口をぬらす詩人。酒を求めて出入りするシャンソン歌手。胡州の芸能の守護者でもあるのが西園寺家のもう一つの顔だった。明石はただ宴会の続いているような別棟から離れるように進む回廊を別所に続いて進んでいた。
行き着いた先。砂の敷き詰められた広場に煌々とライトが照らされている。そこで別所が歩みを緩めてそのまま片ひざを着いて頭を下げた。
その光の中に陸軍の士官候補生が一人、木刀を構えて立っている。そしてそれに向かい合うように和服の女性が薙刀を構えて向かい合っていた。
「控えろ、康子様とかなめ様だ」
別所の言葉に明石も片ひざをついた。西園寺基義の妻康子の噂は明石も時たま耳にすることがあった。遼南貴族の出で、その人となりは天真爛漫。その奇行で周りを惑わす。どれも四大公の筆頭の妻女としては疑問に感じる行動にただ西園寺基義と言う切れ者が相当な物好きだと思う以外の感想は明石には無かった。だが、明石は槍に自信があるところから目の前の康子が相当な薙刀の達人であることだけは一目で見抜くことが出来た。
薙刀にしろ槍にしろ。どちらも弱点は間合いの中に入られることにある。そうすれば短い剣に抗することは難しい。だが、じりじりと迫る娘の要の間合いから、ぎりぎりのところまで来ると素早く下がり、回り込む。娘の要が隙を突くべくにじり寄るタイミングをずらして迫るのだが、それを見越したように絶妙な間で回り込んでいた。
『これは……康子様が勝つな』
そう思った瞬間、待ちきれずにかなめが上段に構えた木刀を持って一挙に切り込んだ。しかし、それは軽くかわされ、振り下ろされた薙刀がかなめの背中に打ち込まれる。
「これは!」
思わず立ち上がった明石を別所が止める。
「ああ、晋一君。見てたの?」
まるで調子の狂うのんびりとした言葉に明石の力が抜けた。
「康子様。ご機嫌……」
「何よ!晋一君たら。照れちゃって!それとそこのお坊さんは?」
背中をさすっている娘の要の肩を叩きながら満面の笑顔で康子は頭を垂れている明石に目をやった。
「ああ、明石清海言います。娘さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫よね!」
明るくたすき掛けをした帯を緩めながら康子が叫ぶ。だが背中を打たれて倒れていた少女はしばらく膝に付いた砂を払っていて康子の問いに答えることは無かった。
「ほら大丈夫!」
「大丈夫に見えますか?お母様」
砂を払い終えて立ち上がるかなめ。腕まくりをしているひじから先に筋のようなものが見える。
『そう言えばかなめ様はサイボーグだったな』
明石は祖父を狙ったテロで瀕死の重傷を負い、体のほぼ90パーセント以上を失った事件の被害者、要のことを思い出していた。西園寺家は代々進歩派として知られ、いつも国粋主義的な勢力にとっては敵以外の何物でもなかった。多くの当主がテロで倒れ、子息は凶弾に倒れた。それでも先進的家風で常に政治の局面に関わり続ける一族の力に明石はただ感服しながらその次期当主の要の姿を眺めていた。
「なんや、御大将も来とるやないか」
明石の目に第三艦隊の『二引き両左三つ巴』、赤松家の家紋をかたどった隊旗をつけた公用車が見える。
「貴様の昇進を祝いたい人がいるってことだ。良い話だろ?」
そう言ってキーを抜いて駐車場に降り立つ。だが、明石はそこで見慣れないガソリンエンジンのスクーターが止まっているのに気づいた。
「なんや、あれ。出前でも取ったんやろか?」
明石の言葉に苦笑いを浮かべながらそのまま別所は玄関へと向かう。
赤松家よりも二回りも大きい玄関だが、そこには駐車場にいた書生以外の人の気配が無かった。だが、別所はそのまま靴を脱ぎっぱなしで上がりこむ。書生が駆け寄って靴を持つのを見て明石もそのまま上がりこんだ。
長い廊下。次第に闇に落ちていく庭を見ながら二人は奥に進んだ。
「ええ匂いがするんやけど……」
明石がそう言うと別所は足を止めてにやりと笑った。
「お前はこの屋敷は初めてだったな」
そしてそのまま再び廊下を歩き続ける。視界が開けて当たりに庭が広がる。獅子脅しの音、それに混じって宴会でもやっているような声が遠くで聞こえる。
「西園寺邸には食客が多くてな。いつも宴会が催されている。お前も聞いたことがあるだろ、その噂くらいは」
「まあな。西園寺サロン言うところは帝大でも有名な話やさかいな。平民出の知り合いは皆憧れとったわ」
西園寺家は文化の守護者。これは胡州の国民なら知らぬものはいない事実だった。この屋敷に世話になりつつ芸を磨く芸人。出入りしては糊口をぬらす詩人。酒を求めて出入りするシャンソン歌手。胡州の芸能の守護者でもあるのが西園寺家のもう一つの顔だった。明石はただ宴会の続いているような別棟から離れるように進む回廊を別所に続いて進んでいた。
行き着いた先。砂の敷き詰められた広場に煌々とライトが照らされている。そこで別所が歩みを緩めてそのまま片ひざを着いて頭を下げた。
その光の中に陸軍の士官候補生が一人、木刀を構えて立っている。そしてそれに向かい合うように和服の女性が薙刀を構えて向かい合っていた。
「控えろ、康子様とかなめ様だ」
別所の言葉に明石も片ひざをついた。西園寺基義の妻康子の噂は明石も時たま耳にすることがあった。遼南貴族の出で、その人となりは天真爛漫。その奇行で周りを惑わす。どれも四大公の筆頭の妻女としては疑問に感じる行動にただ西園寺基義と言う切れ者が相当な物好きだと思う以外の感想は明石には無かった。だが、明石は槍に自信があるところから目の前の康子が相当な薙刀の達人であることだけは一目で見抜くことが出来た。
薙刀にしろ槍にしろ。どちらも弱点は間合いの中に入られることにある。そうすれば短い剣に抗することは難しい。だが、じりじりと迫る娘の要の間合いから、ぎりぎりのところまで来ると素早く下がり、回り込む。娘の要が隙を突くべくにじり寄るタイミングをずらして迫るのだが、それを見越したように絶妙な間で回り込んでいた。
『これは……康子様が勝つな』
そう思った瞬間、待ちきれずにかなめが上段に構えた木刀を持って一挙に切り込んだ。しかし、それは軽くかわされ、振り下ろされた薙刀がかなめの背中に打ち込まれる。
「これは!」
思わず立ち上がった明石を別所が止める。
「ああ、晋一君。見てたの?」
まるで調子の狂うのんびりとした言葉に明石の力が抜けた。
「康子様。ご機嫌……」
「何よ!晋一君たら。照れちゃって!それとそこのお坊さんは?」
背中をさすっている娘の要の肩を叩きながら満面の笑顔で康子は頭を垂れている明石に目をやった。
「ああ、明石清海言います。娘さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫よね!」
明るくたすき掛けをした帯を緩めながら康子が叫ぶ。だが背中を打たれて倒れていた少女はしばらく膝に付いた砂を払っていて康子の問いに答えることは無かった。
「ほら大丈夫!」
「大丈夫に見えますか?お母様」
砂を払い終えて立ち上がるかなめ。腕まくりをしているひじから先に筋のようなものが見える。
『そう言えばかなめ様はサイボーグだったな』
明石は祖父を狙ったテロで瀕死の重傷を負い、体のほぼ90パーセント以上を失った事件の被害者、要のことを思い出していた。西園寺家は代々進歩派として知られ、いつも国粋主義的な勢力にとっては敵以外の何物でもなかった。多くの当主がテロで倒れ、子息は凶弾に倒れた。それでも先進的家風で常に政治の局面に関わり続ける一族の力に明石はただ感服しながらその次期当主の要の姿を眺めていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる