レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 西園寺サロン

母と娘

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 屋敷町でも官庁街からすぐの大きな門をくぐった。それが西園寺基義卿の館であることは明石も読めた。すぐに書生が駆け寄ってきて奥の駐車場へと車を誘導する。

「なんや、御大将も来とるやないか」 

 明石の目に第三艦隊の『二引き両左三つ巴』、赤松家の家紋をかたどった隊旗をつけた公用車が見える。

「貴様の昇進を祝いたい人がいるってことだ。良い話だろ?」 

 そう言ってキーを抜いて駐車場に降り立つ。だが、明石はそこで見慣れないガソリンエンジンのスクーターが止まっているのに気づいた。

「なんや、あれ。出前でも取ったんやろか?」 

 明石の言葉に苦笑いを浮かべながらそのまま別所は玄関へと向かう。

 赤松家よりも二回りも大きい玄関だが、そこには駐車場にいた書生以外の人の気配が無かった。だが、別所はそのまま靴を脱ぎっぱなしで上がりこむ。書生が駆け寄って靴を持つのを見て明石もそのまま上がりこんだ。

 長い廊下。次第に闇に落ちていく庭を見ながら二人は奥に進んだ。

「ええ匂いがするんやけど……」 

 明石がそう言うと別所は足を止めてにやりと笑った。

「お前はこの屋敷は初めてだったな」 

 そしてそのまま再び廊下を歩き続ける。視界が開けて当たりに庭が広がる。獅子脅しの音、それに混じって宴会でもやっているような声が遠くで聞こえる。

「西園寺邸には食客が多くてな。いつも宴会が催されている。お前も聞いたことがあるだろ、その噂くらいは」 

「まあな。西園寺サロン言うところは帝大でも有名な話やさかいな。平民出の知り合いは皆憧れとったわ」 

 西園寺家は文化の守護者。これは胡州の国民なら知らぬものはいない事実だった。この屋敷に世話になりつつ芸を磨く芸人。出入りしては糊口をぬらす詩人。酒を求めて出入りするシャンソン歌手。胡州の芸能の守護者でもあるのが西園寺家のもう一つの顔だった。明石はただ宴会の続いているような別棟から離れるように進む回廊を別所に続いて進んでいた。

 行き着いた先。砂の敷き詰められた広場に煌々とライトが照らされている。そこで別所が歩みを緩めてそのまま片ひざを着いて頭を下げた。

 その光の中に陸軍の士官候補生が一人、木刀を構えて立っている。そしてそれに向かい合うように和服の女性が薙刀を構えて向かい合っていた。

「控えろ、康子様とかなめ様だ」 

 別所の言葉に明石も片ひざをついた。西園寺基義の妻康子の噂は明石も時たま耳にすることがあった。遼南貴族の出で、その人となりは天真爛漫。その奇行で周りを惑わす。どれも四大公の筆頭の妻女としては疑問に感じる行動にただ西園寺基義と言う切れ者が相当な物好きだと思う以外の感想は明石には無かった。だが、明石は槍に自信があるところから目の前の康子が相当な薙刀の達人であることだけは一目で見抜くことが出来た。

 薙刀にしろ槍にしろ。どちらも弱点は間合いの中に入られることにある。そうすれば短い剣に抗することは難しい。だが、じりじりと迫る娘の要の間合いから、ぎりぎりのところまで来ると素早く下がり、回り込む。娘の要が隙を突くべくにじり寄るタイミングをずらして迫るのだが、それを見越したように絶妙な間で回り込んでいた。

『これは……康子様が勝つな』 

 そう思った瞬間、待ちきれずにかなめが上段に構えた木刀を持って一挙に切り込んだ。しかし、それは軽くかわされ、振り下ろされた薙刀がかなめの背中に打ち込まれる。

「これは!」 

 思わず立ち上がった明石を別所が止める。

「ああ、晋一君。見てたの?」 

 まるで調子の狂うのんびりとした言葉に明石の力が抜けた。

「康子様。ご機嫌……」 

「何よ!晋一君たら。照れちゃって!それとそこのお坊さんは?」 

 背中をさすっている娘の要の肩を叩きながら満面の笑顔で康子は頭を垂れている明石に目をやった。

「ああ、明石清海言います。娘さん……大丈夫ですか?」 

「大丈夫よね!」 

 明るくたすき掛けをした帯を緩めながら康子が叫ぶ。だが背中を打たれて倒れていた少女はしばらく膝に付いた砂を払っていて康子の問いに答えることは無かった。

「ほら大丈夫!」

「大丈夫に見えますか?お母様」 

 砂を払い終えて立ち上がるかなめ。腕まくりをしているひじから先に筋のようなものが見える。

『そう言えばかなめ様はサイボーグだったな』 

 明石は祖父を狙ったテロで瀕死の重傷を負い、体のほぼ90パーセント以上を失った事件の被害者、要のことを思い出していた。西園寺家は代々進歩派として知られ、いつも国粋主義的な勢力にとっては敵以外の何物でもなかった。多くの当主がテロで倒れ、子息は凶弾に倒れた。それでも先進的家風で常に政治の局面に関わり続ける一族の力に明石はただ感服しながらその次期当主の要の姿を眺めていた。
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