770 / 1,503
第4章 動き出す時代
酒と大望
しおりを挟む
明石はしばらく目をつぶり黙り込んだあと、頭の中で物事を整理した。
「単純に考えようや、どうせ胡州の首相は一人しか椅子が無い。そこに今烏丸頼盛言う人が座っとるが、それより実力のある西園寺基義言う人がそこに座りたいと思っとる。ならどうなる?」
明石は噛んで含めるように魚住に言った。そしてしばらく考えた後、魚住は明らかに沈痛な面持ちへとその表情を変えた。
「今は無理だな……と言うかどちらも動けないだろう。保科家春と言う御仁がいる。西園寺派でも醍醐さん陸軍の一派は前の大戦の休戦協定で助けられた恩がある。さらに問題なのは大河内家の被官連だ。大河内卿が療養中の今、事を起こしても足並みがそろわないことになりかねない」
別所の言葉にじっと耳を澄ます黒田。部屋の雰囲気が暗くなる。すでに明石達が政治に口を出せばろくなことにはならないと自覚していた。だが黙っていることができるほどおとなしくはなれないと思うと明石は禿げ頭を叩く。
「保科家春。面白そうな爺さんやのう。いつ喧嘩を始めるか分からん切れ者二人を黙らせる。大した御仁なんやな」
そう言って笑う明石を見て、不意に別所の顔がまじめになった。
「それなら会って見るか?」
突然の話に魚住が噴出す。しばらく咳き込み動けなくなる彼の背中を明石がさすった。
「なんでそうなる!枢密院議長だぞ!相手は。そんな急に……」
「別に今すぐ会うなんて言ってないぞ。ただ、赤松の親父のコネを使えば会えないことも無いという話だ。まあじっくり部屋でも借りてとは行かないだろうがな」
そう言って別所は酒を口に含むようにして進めた。
「問題の本質を知っていそうな人間に会う。それええなあ。うん、実にええことや」
明石はひざを叩きながら頷く。その笑顔に触発されたように黒田も珍しくコップのそこに少しだけたらした酒を舐めた。そしてすぐに顔が赤くなる様は非常に滑稽で今度は明石が酒を噴出しそうになった。
「いつ頃会える?出来ればワシ等四人で会うのが一番なんやけど」
「そう急くな。あの方もなかなかお忙しい方だ。明日で枢密院の通常会議は閉会だ。その後は陸軍関係の視察の予定が入っていたはずだから……その後は、どれも私的な勉強会か。保科さんらしいな」
胸のポケットから取り出した携帯端末をにらむ別所。
「おい、はじめからそれが狙いか?俺達を誘ってお偉いさんに意見する。まあ楽しみって言えば楽しみだけどな」
魚住の言葉を無視して端末のモニターをいじる別所。
「辞めとけ。昔からコイツはひねくれとった。いつだって勝負球はこちらの読みの裏をかいてくる」
そう言う明石を情けない目で見つめる別所。だが、明石は自分の口に笑みが浮かんでいるのを自覚していた。
「そうだな、来週の金曜の午後は海軍省の視察だそうだ。そこで非公式な懇談会が催されると言う話だからそのときに良い席を取るように手配しとくか」
別所の手配の早さに舌を巻きながら見つめる明石。赤ら顔の黒田を見るとつい面白くなってそのグラスに酒を注いでしまった。
「それじゃあ、今日は飲むか!」
そう言って一升瓶に手を伸ばす別所を見て明石は立ち上がった。
「どうした?便所か?」
魚住の言葉に首を振る。
「つまみが欲しいなあ思うてな。ちと貴子さんに頼んでくるわ……!って」
部屋の戸を開けるとそこには少女が立っていた。手にした盆にはエイヒレと四つの酢の物の小鉢が入っている。それは赤松邸のマスコットである赤松直満だった。
「お嬢。気いきくやないか」
「お母様が持っていけって」
赤松直満はにっこりと笑うと巨漢の明石に盆を渡した。
「有難うな!お嬢さん!」
魚住が叫ぶのを聞くと顔を赤らめて直満は廊下を走って消えていった。
「つまみもある。酒もある。じゃあ飲むしかないな」
そんな別所の言葉に三人は頷くとそれぞれ自分の小鉢と皿に手を伸ばした。
「単純に考えようや、どうせ胡州の首相は一人しか椅子が無い。そこに今烏丸頼盛言う人が座っとるが、それより実力のある西園寺基義言う人がそこに座りたいと思っとる。ならどうなる?」
明石は噛んで含めるように魚住に言った。そしてしばらく考えた後、魚住は明らかに沈痛な面持ちへとその表情を変えた。
「今は無理だな……と言うかどちらも動けないだろう。保科家春と言う御仁がいる。西園寺派でも醍醐さん陸軍の一派は前の大戦の休戦協定で助けられた恩がある。さらに問題なのは大河内家の被官連だ。大河内卿が療養中の今、事を起こしても足並みがそろわないことになりかねない」
別所の言葉にじっと耳を澄ます黒田。部屋の雰囲気が暗くなる。すでに明石達が政治に口を出せばろくなことにはならないと自覚していた。だが黙っていることができるほどおとなしくはなれないと思うと明石は禿げ頭を叩く。
「保科家春。面白そうな爺さんやのう。いつ喧嘩を始めるか分からん切れ者二人を黙らせる。大した御仁なんやな」
そう言って笑う明石を見て、不意に別所の顔がまじめになった。
「それなら会って見るか?」
突然の話に魚住が噴出す。しばらく咳き込み動けなくなる彼の背中を明石がさすった。
「なんでそうなる!枢密院議長だぞ!相手は。そんな急に……」
「別に今すぐ会うなんて言ってないぞ。ただ、赤松の親父のコネを使えば会えないことも無いという話だ。まあじっくり部屋でも借りてとは行かないだろうがな」
そう言って別所は酒を口に含むようにして進めた。
「問題の本質を知っていそうな人間に会う。それええなあ。うん、実にええことや」
明石はひざを叩きながら頷く。その笑顔に触発されたように黒田も珍しくコップのそこに少しだけたらした酒を舐めた。そしてすぐに顔が赤くなる様は非常に滑稽で今度は明石が酒を噴出しそうになった。
「いつ頃会える?出来ればワシ等四人で会うのが一番なんやけど」
「そう急くな。あの方もなかなかお忙しい方だ。明日で枢密院の通常会議は閉会だ。その後は陸軍関係の視察の予定が入っていたはずだから……その後は、どれも私的な勉強会か。保科さんらしいな」
胸のポケットから取り出した携帯端末をにらむ別所。
「おい、はじめからそれが狙いか?俺達を誘ってお偉いさんに意見する。まあ楽しみって言えば楽しみだけどな」
魚住の言葉を無視して端末のモニターをいじる別所。
「辞めとけ。昔からコイツはひねくれとった。いつだって勝負球はこちらの読みの裏をかいてくる」
そう言う明石を情けない目で見つめる別所。だが、明石は自分の口に笑みが浮かんでいるのを自覚していた。
「そうだな、来週の金曜の午後は海軍省の視察だそうだ。そこで非公式な懇談会が催されると言う話だからそのときに良い席を取るように手配しとくか」
別所の手配の早さに舌を巻きながら見つめる明石。赤ら顔の黒田を見るとつい面白くなってそのグラスに酒を注いでしまった。
「それじゃあ、今日は飲むか!」
そう言って一升瓶に手を伸ばす別所を見て明石は立ち上がった。
「どうした?便所か?」
魚住の言葉に首を振る。
「つまみが欲しいなあ思うてな。ちと貴子さんに頼んでくるわ……!って」
部屋の戸を開けるとそこには少女が立っていた。手にした盆にはエイヒレと四つの酢の物の小鉢が入っている。それは赤松邸のマスコットである赤松直満だった。
「お嬢。気いきくやないか」
「お母様が持っていけって」
赤松直満はにっこりと笑うと巨漢の明石に盆を渡した。
「有難うな!お嬢さん!」
魚住が叫ぶのを聞くと顔を赤らめて直満は廊下を走って消えていった。
「つまみもある。酒もある。じゃあ飲むしかないな」
そんな別所の言葉に三人は頷くとそれぞれ自分の小鉢と皿に手を伸ばした。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
潜水艦艦長 深海調査手記
ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。
皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~
エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。
若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。
抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。
本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。
グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。
赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。
これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は蚊帳の外です。
豆狸
ファンタジー
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」
「いえ、違います」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる