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外伝 遼州司法局前記 播州愚連隊 第1章 プロローグ
御大将
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路地から出るとようやく落ち着いた明石は三人のきちんとアイロンの当てられた制服を眺めた。そして急にいたたまれないような気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。そして周りの好奇心に満ちた目を見るたびに湧き上がる焦燥感。そして二人の軍服の似合い方を見て分かったとでも言うようにつぶやいた。
「貴様等は軍に残ったんか?」
「まあな。……俺は実はお前を探していたんだ」
別所はそう言うとそのまま先ほどまで明石達の騒動を無視して息を潜めていた闇市の住人の救う市場を出て歩き始めた。海軍のエリート士官の後ろをついて歩くどう見ても堅気に見えない大男にお世辞にもきれいとは言えないが先ほどの市場の混乱に比べればはるかにましな歓楽街を歩く客達は思わず目をそらす。その様子に当の本人の明石が苦笑いを浮かべた。
「まあ大学を出ても仕事も無いしな。闇屋を始めるにも手持ちの金も無いって訳で赤松の大将に拾われたんだ」
そう言ってからからと笑う魚住。帝都六大学野球の最後の対法大戦で気弱な自軍のエースに危険球を投げるようにサインを出したことを思い出してつい明石に笑みがこぼれる。
「闇屋は儲かるか?」
先頭を行く別所が振り向く。明石は答える代わりに左腕に巻かれた金のブランド物の時計を見せる。
「なんだよ!俺も闇屋になるんだったな!」
そう言って明石より頭一つ小さい体の魚住が笑い出す。隣の明石と同じくらいの背格好の人造人間は引きつったような笑いを浮かべていた。
「黒田。闇屋は良いぞ!俺等の仕事じゃ稼ぎなんて高が知れてるからな」
魚住の冗談に困惑した表情の黒田と呼ばれる人造人間。
「ああ、コイツの紹介がまだか。黒田監物大尉殿だ。見ての通りのゲルパルトの『ラストバタリオン』の出身だ」
ゲルパルトの最後の賭けと呼ばれた戦闘用人造人間、『ラストバタリオン』。その存在をまるで知り尽くしているかのようにあっさり紹介してついてくる明石を振り返る別所。黒田はそのまま軽く明石に頭を下げる。
「別所が中佐で、魚住が少佐。ずいぶん階級の安売りをしとんやな海軍も」
皮肉のつもりで言った明石の言葉は魚住の笑いの中に消える。
「先の大戦でほとんどの職業軍人は戦死か追放だからな。俺等みたいな学徒兵上がりも出世は思いのままってところだ……おっとあそこの店だぜ」
魚住が指差したのは傾きそうなバラックに暖簾をかけている串カツ屋だった。戦後の軍に知識の無い明石でも知っている海軍の重鎮の赤松忠満と言う人物の宴席には到底不釣合いな店構えに見える。それを見て明石は立ち止まった。
「今日のところは挨拶だけで……」
昨日、その店にショバ代の件で舎弟に顔を出させたのを思い出し躊躇する明石。
「逃げるなよ」
そう言って別所は明石をにらみつけてきた。かつてマウンドで見た威圧するような視線は今ではさらに凄みを増していた。
「別所さん!御大将がお待ちですよ!」
店の前で雑談していた下士官が別所達を見て声をかけてきた。
「こういう時は度胸だぞ!」
そう言って明石の背を叩く魚住。仕方なく明石は三人のあとに続く。
「別所中佐!この方は?」
腰の拳銃をちらつかせながら下士官は明石を見上げる。明石はその好奇の視線にいらだちながら自分の腕なら殴れば穴が開きそうな壁が目立つ串かつ屋の店を眺めていた。
「大学時代の知り合いだ。有為な人材は逃すなってことだ」
そう言って別所が縄のれんをくぐって店の立て付けの悪い引き戸を開ける。
中には海軍の将校達が串カツを片手に活発に議論を戦わせていた。しかし、別所の顔を見るとすぐに立ち上がり敬礼をする。
明石は自分に場違いな雰囲気に苦笑いを浮かべながら剃り上げられた頭を叩いた。
「お客さんか?晋一、そないにワシを喜ばせても何にもでえへんぞ?」
店の奥で白髪の目立つやつれた顔の店の亭主と雑談をしていた将官の制服に身を包んだ男がカウンターの高い椅子降りてそのまま明石の前に歩み寄ってきた。
「『千手の清海』か……極道にも顔がきくんかいな、晋一は」
そう言って赤松は明石を眺めている。先の地球と遼州星系の戦争で追い詰められていく補給部隊や撤退する輸送艦を護衛して一隻の脱落者も無く護衛駆逐艦の艦隊を率いた男。伝説の策士を目の前に明石はただ呆然と立ち尽くしていた。
「おう、いつまで立っとん?ここ、ここに座れ」
明石はそのままカウンターの手前を叩いて明石を座らせる。人のよさそうな顔に口ひげを蓄え、多少出っ張った腹を叩きつつ店の亭主からコップ酒を受け取る赤松。
「別所!お前等もや」
明石の言葉にカウンターに席を占める別所達。
「この芸州じゃあ帝大出の坊主の倅(せがれ)が肩で風切って歩いとる言う話は聞いとったが、ずいぶんとおとなしいもんやなあ」
一口酒を口に含むと堅苦しい顔の中にめり込んでいるように見える大きな目で別所を見つめる。
「なあに、場所をわきまえているだけでしょう。まさか御大将の目的の一つが人材の一本釣りをは思っていないでしょうからね、こいつは」
別所の口から一本釣りと言う言葉を聞いても明石はまるで理解できなかった。
「お前さんの親分さんな。杯返してくれ言うとったわ。土下座はいらん、とっとと出てけって……なあ!」
そう言ってカウンターの後ろの座敷で議論に明け暮れていた部下達に赤松が目を向けると彼等は笑顔で頷いた。
「破門……なんでワシが?」
闇屋の鉄砲玉からの抜擢。明石はなぜ赤松達が自分にこれほどの好意を赤松が見せるのか理解できなかった。しかもそれが海軍への引き抜きと言うことらしいのでただ呆然と立ち尽くした。
「貴様等は軍に残ったんか?」
「まあな。……俺は実はお前を探していたんだ」
別所はそう言うとそのまま先ほどまで明石達の騒動を無視して息を潜めていた闇市の住人の救う市場を出て歩き始めた。海軍のエリート士官の後ろをついて歩くどう見ても堅気に見えない大男にお世辞にもきれいとは言えないが先ほどの市場の混乱に比べればはるかにましな歓楽街を歩く客達は思わず目をそらす。その様子に当の本人の明石が苦笑いを浮かべた。
「まあ大学を出ても仕事も無いしな。闇屋を始めるにも手持ちの金も無いって訳で赤松の大将に拾われたんだ」
そう言ってからからと笑う魚住。帝都六大学野球の最後の対法大戦で気弱な自軍のエースに危険球を投げるようにサインを出したことを思い出してつい明石に笑みがこぼれる。
「闇屋は儲かるか?」
先頭を行く別所が振り向く。明石は答える代わりに左腕に巻かれた金のブランド物の時計を見せる。
「なんだよ!俺も闇屋になるんだったな!」
そう言って明石より頭一つ小さい体の魚住が笑い出す。隣の明石と同じくらいの背格好の人造人間は引きつったような笑いを浮かべていた。
「黒田。闇屋は良いぞ!俺等の仕事じゃ稼ぎなんて高が知れてるからな」
魚住の冗談に困惑した表情の黒田と呼ばれる人造人間。
「ああ、コイツの紹介がまだか。黒田監物大尉殿だ。見ての通りのゲルパルトの『ラストバタリオン』の出身だ」
ゲルパルトの最後の賭けと呼ばれた戦闘用人造人間、『ラストバタリオン』。その存在をまるで知り尽くしているかのようにあっさり紹介してついてくる明石を振り返る別所。黒田はそのまま軽く明石に頭を下げる。
「別所が中佐で、魚住が少佐。ずいぶん階級の安売りをしとんやな海軍も」
皮肉のつもりで言った明石の言葉は魚住の笑いの中に消える。
「先の大戦でほとんどの職業軍人は戦死か追放だからな。俺等みたいな学徒兵上がりも出世は思いのままってところだ……おっとあそこの店だぜ」
魚住が指差したのは傾きそうなバラックに暖簾をかけている串カツ屋だった。戦後の軍に知識の無い明石でも知っている海軍の重鎮の赤松忠満と言う人物の宴席には到底不釣合いな店構えに見える。それを見て明石は立ち止まった。
「今日のところは挨拶だけで……」
昨日、その店にショバ代の件で舎弟に顔を出させたのを思い出し躊躇する明石。
「逃げるなよ」
そう言って別所は明石をにらみつけてきた。かつてマウンドで見た威圧するような視線は今ではさらに凄みを増していた。
「別所さん!御大将がお待ちですよ!」
店の前で雑談していた下士官が別所達を見て声をかけてきた。
「こういう時は度胸だぞ!」
そう言って明石の背を叩く魚住。仕方なく明石は三人のあとに続く。
「別所中佐!この方は?」
腰の拳銃をちらつかせながら下士官は明石を見上げる。明石はその好奇の視線にいらだちながら自分の腕なら殴れば穴が開きそうな壁が目立つ串かつ屋の店を眺めていた。
「大学時代の知り合いだ。有為な人材は逃すなってことだ」
そう言って別所が縄のれんをくぐって店の立て付けの悪い引き戸を開ける。
中には海軍の将校達が串カツを片手に活発に議論を戦わせていた。しかし、別所の顔を見るとすぐに立ち上がり敬礼をする。
明石は自分に場違いな雰囲気に苦笑いを浮かべながら剃り上げられた頭を叩いた。
「お客さんか?晋一、そないにワシを喜ばせても何にもでえへんぞ?」
店の奥で白髪の目立つやつれた顔の店の亭主と雑談をしていた将官の制服に身を包んだ男がカウンターの高い椅子降りてそのまま明石の前に歩み寄ってきた。
「『千手の清海』か……極道にも顔がきくんかいな、晋一は」
そう言って赤松は明石を眺めている。先の地球と遼州星系の戦争で追い詰められていく補給部隊や撤退する輸送艦を護衛して一隻の脱落者も無く護衛駆逐艦の艦隊を率いた男。伝説の策士を目の前に明石はただ呆然と立ち尽くしていた。
「おう、いつまで立っとん?ここ、ここに座れ」
明石はそのままカウンターの手前を叩いて明石を座らせる。人のよさそうな顔に口ひげを蓄え、多少出っ張った腹を叩きつつ店の亭主からコップ酒を受け取る赤松。
「別所!お前等もや」
明石の言葉にカウンターに席を占める別所達。
「この芸州じゃあ帝大出の坊主の倅(せがれ)が肩で風切って歩いとる言う話は聞いとったが、ずいぶんとおとなしいもんやなあ」
一口酒を口に含むと堅苦しい顔の中にめり込んでいるように見える大きな目で別所を見つめる。
「なあに、場所をわきまえているだけでしょう。まさか御大将の目的の一つが人材の一本釣りをは思っていないでしょうからね、こいつは」
別所の口から一本釣りと言う言葉を聞いても明石はまるで理解できなかった。
「お前さんの親分さんな。杯返してくれ言うとったわ。土下座はいらん、とっとと出てけって……なあ!」
そう言ってカウンターの後ろの座敷で議論に明け暮れていた部下達に赤松が目を向けると彼等は笑顔で頷いた。
「破門……なんでワシが?」
闇屋の鉄砲玉からの抜擢。明石はなぜ赤松達が自分にこれほどの好意を赤松が見せるのか理解できなかった。しかもそれが海軍への引き抜きと言うことらしいのでただ呆然と立ち尽くした。
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