レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
756 / 1,505
第27章 新たなフェーズ

公安調査庁

しおりを挟む
 そこは取調室だった。東和共和国内務省公安調査庁本庁舎の18階の一室にその部屋はあった。嵯峨惟基はただぼんやりと目の前の何もない壁を眺めていた。

 すでに彼がここに自首をしてから8時間が経過している。この取調室に連れてこられたものの供述調書を求められることも尋問されることもなく嵯峨はずっと放置されてきた。

 時折、タバコを吸いに外に出られるくらいその監視体制は緩いものだった。

「お待たせしました」

 突然、扉が開いて背広の中年の男が現れる。その後ろには若い男が付き従っていた。

「待ったなんてもんじゃねえよな……俺本当に何しに来たんだろうって考えちゃったよ。尾行までつけてるのにずいぶんとつれない対応だねえ」

 嵯峨はそう言って笑いかけた。年かさの方が嵯峨の正面に座り、若い方はそのまま書記の机に腰を掛けた。

「嵯峨さん。あなたの部下達の活躍で例の危険物の危険は除去された模様です」

 中年の調査官は笑顔を嵯峨に向けてきた。

「でしょうなあ……アンタ等が放置していた俺に関心を持つなんて何かあった時だけだもんなあ……それで、俺に何が聞きたいの?内容によっては答えないこともないけど」

 まるで調査官を取り調べるような調子で嵯峨はそう言った。

「あなたのところの吉田少佐が持ち出したとされる例の機密の件ですが……」

「持ち出したのはアイツじゃねえよ、インパルスカノンを乗っ取って大戦争を始めようとした地球人至上主義者達がいるじゃないの……そっち当たってよ……俺も暇じゃねえんだから」

「全くああ言えばこう言うだな」

 年かさの調査官がすげなくもてあそばれる様子を見て若い調査官はぽつりとつぶやいた。

「アンちゃん。取り調べなんてこんなもんだって……で、何が聞きたいのよ」

 完全に取り調べの関係が逆転している様に年かさの調査官は咳払いで嵯峨のペースを乱そうと試みた。

「うちの馬鹿連中のことだもの、信じてたよやってくれるって……それよりさあ……聞きたいことがあるんだけど」

 相変わらずマイペースに質問を繰り出してくる嵯峨に若い調査官は思わず立ち上がろうとしたが年かさの調査官の視線に止められた。

「アンタ等本当に公安の人?ここが公安調査庁の取調室ってことは分かるんだけどさ……普通調書を取ろうってところだったら来てすぐに質問攻めにするじゃないの?普通。それが全くなし……半日こんな辛気臭い部屋に閉じ込められて放置プレーって……俺が胡州の憲兵隊にいたときはもっとスムーズだったよ」

 嵯峨の突然の問いに二人は顔を見合わせて嵯峨をにらみつけた。

「いやあ、あくまで軍国主義国家の胡州のことだから、参考にはならないけどね……おかげでタバコも吸いに行けたし」

 それだけ言うと嵯峨は立ち上がった。

「どこに行く気か!」

 若い調査官は突然立ち上がった嵯峨に驚いたかのようにそう叫んだ。

「だって聞くことなんて無いんじゃないの?俺に。うちの連中と俺が連絡がつかないようにするだけの目的で拘束してたって考えるのが普通だよねこんなの」

 嵯峨はそう言うとそのまま出入り口に向かう。若い調査官は驚いたように立ち上がってその前に立ちふさがった。

「貴様には国家機密漏洩の嫌疑が……」

「それはこっちのセリフ。さっき爆発したとか言うアレの持ち主がいつの間にか変わってたの……アンタ等の手引きじゃないの?同盟破綻を狙ってる勢力がいるらしいよ……内務省内部にも」

 そう言って笑いかける嵯峨を若い調査官は止めることができなかった。

 嵯峨はそのままドアに手をかけ振り向いた。

「ああ、アンタ等、俺達をね……舐めないでね、痛い目見るよ」

 それだけ言い残すと嵯峨は取調室を後にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

処理中です...