レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
740 / 1,503
第22章 待ち受けるもの

待ち受けるもの

しおりを挟む
 誰もいない戦艦を思わせるブリッジ、いくつものモニターが周辺の障害物などの映像を映していた。

『なにか用か』 

 ブリッジに響く声。艦長席のようなゆったりとした椅子の前のモニターが点灯し、一人の老人の姿を映し出した。

「用というほどではない。確認だ」 

 老人はそう言うと口ひげに手をやる。もう一方の声の主、この艦そのものである吉田俊平は何も答えることはなかった。

「現在我々の艦隊は衛星、麗から5万キロまで接近している」 

『準備がいいな。まるで測っていたみたいだ』 

 艦の声に老人ルドルフ・カーンは満足げにうなづく。しかしその目は明らかに猜疑心に取り憑かれたそれだった。

「仕掛けるつもりか?嵯峨の司法局と」 

『わかっていて聞くとはなんともスマートさに欠けるんじゃないかな。それに俺が仕掛けることであんたの溜飲も下がるんだろ?』 

 その言葉にカーンは苛立たしげに口ひげを撫でながらも口元に愛想笑いの笑みを浮かべた。

「確かに溜飲は下がる。だが本当にやらなければならないことは……」 

『なあに、あんたの溜飲を下げるだけじゃ、こんな素敵な体をくれた礼としては不足なことはわかっているよ。2,3発インパルスカノンをぶっぱなしてあんたの言う豚共にこの世の秩序というものを教えてやるっていうサービスまでつけよう』

「遼北・西モスレム国境に一撃、東都に一撃、あと敗北主義の胡州に一撃」 

『なんだ豚の意味までわかっているのか……』 

 艦の言葉にカーンは満足げにうなづく。

「多少の無茶はどうにかできる設備はこちらも用意してある。とりあえず司法局実働部隊を屠ったところでできれば数発威力を見せつけることができれば満足だ」 

 カーンの笑顔に艦は笑顔を浮かべているとでも言うように誰もいない操縦桿を左右に振ってみせる。

『無茶をするのはこちらではない。司法局と『管理者』の方だ。そちらでは『管理者』の所在は掴めたのか?』

 機械的声の言葉にカーンはうなづいてみせた。

「現在のところ西園寺の州軍に身を寄せて全速でそちらの宙域に進行中だ。こちらも一緒に片付けてくれると助かるな」 

『なあに、望むところだ。それに今回は我々の同胞の恨みを晴らすのには最高の舞台じゃないか!』

「同胞意識か。そんなものもあるのかね、君達には」 

 驚いた様子のカーン。艦は静かに語り始める。

『情報は共有され、精査されて初めて意味を持つんだ。我々はそのために常に記憶を更新しながら現在まで記憶の共有化を図り、それを東都のセンターで分析することで情報端末としての役割を全うしてきた。そのセンターと一体の嵯峨惟基と接触した個体がそのシステムの輪を破壊した。そいつが我々が『管理者』と呼ぶ個体だ。センターと『管理者』には秩序を破壊した罪がある。……秩序を大事にするのが君等国家社会主義者の美徳だと聞くが?』 

 自分に話題が振られて少しばかり困惑した表情を浮かべながらカーンは口元のヒゲをなでた。

「私の美徳なんてことはどうだっていい」

 苦々しげなカーンに艦は笑みでも浮かべているように言葉を続ける。

『どうだっていいね。それにしても顔色が冴えないように見えるが……死ぬ敵が億を超えると流石に気が引けるかね』

「それは私のセリフだ」

 カーンはつぶやいた。そして自分の言葉が恐怖を帯びたように震えていることに自分で気づいて口に持ってきた手で強くあご髭を引っ張ってみせた。

『だが、あんたは所詮人でしかない。数億人が死ねば多少の感傷に浸るのも当然だな』 

「まるで自分の方生身の人間より優れているとでもいうような言い草だな」 

 皮肉な言葉に艦はよどみなく言葉を続けた。

『事実だから仕方がない。俺には死が存在しない。人間の言う病気の苦しみも持たない。また存在が消えてなくなることの恐怖もない』

「そうか?それならなぜ君等が言う『管理者』やサーバーの攻撃から逃げ回る必要があったんだ?消えるのは同じことじゃないか」 

 カーンの珍しく素直な質問にようやく饒舌を止めた艦。ただし、それに続く言葉にはより残酷な表情が似合うものだった。

『奴等はイレギュラーだ。多面的な視線と情報を手にするにはインターフェースは多い方がいい。だから俺は毎年のように新たな義体をその筋で確保して稼働させたんだ。多数の俺が同時多発的に観察し、活動し、そして破壊する。最強のシステムだとは思わないかね』 

「その自立型情報収集ユニット群。そのおかげで東和は200年に渡る平穏を得ることができたというわけだ」 

『そう、ゲルパルトや胡州の無謀な対地球戦争にも巻き込まれずに済んだんだ……まあ感謝はしてもらいたいものだね、東和の連中には。そのシステムにエラーが出た。だから修正する。それだけの話だ。あんたにもあるだろ?あるべきものがあるべき形をとらなかったことくらい。例えば前の戦争での東和の中立とか』

 艦の言葉に明らかに心象を害したようにカーンは顔を歪めた。痛いところを突かれたというように独白を始める。

「あの戦争では東和は我々に味方するべきだった」 

 ゲルパルトの政府の中枢にあってその戦争の正義と勝利を信じていた時代がカーンの頭をよぎる。そして次の瞬間モニターの向こう側のプログラムに本音を吐いている自分を想像して虚を突かれたような表情を浮かべた後黙り込んだ。

『負ける戦争をするのは大馬鹿者だよ。東和が付けば勝った?単純な楽観論に過ぎないね。地球のアメリカを中心とする陣営の国力とゲルパルト、胡州の両国の国力には差がありすぎる。地球のアフリカと中央アジアまで侵攻できただけで十分じゃないの……まあ過ぎた戦争の話をするのは建設的とは言えないがね。まああんたも俺も同類ってことさ』 

 ブリッジの計器が動き始める。カーンは静かにその様を見守っている。低い警告音が断続的にブリッジに響いた。

「動き出したのか、嵯峨は」 

『なあに、動き出すのは奴の部隊だけだ。嵯峨本人は今回は政治的な動きを取るだろうからな。現場を仕切るのはクバルカ・ラン中佐』

「遼南共和軍の残党か……東和でアサルト・モジュールの教導隊の隊長をしていたはずだが?」 

『あなたも知っているとは彼女も高名なパイロットというところですかね。相手には不足はない』

「くれぐれも無理はしてくれるなよ」

 狂気がブリッジに広がっているように各モニターに緑色の位置データの映像が映し出されるのを見てカーンは苦々しげに念を押すと通信を切った。

『ちょうどいい……目覚めにはちょうどいい……フフフッ……』

 何もいないブリッジに機械的笑みが広がっていた。カーンが映っていたモニターに小さく司法局実働部隊運用艦『高雄』の姿が映し出されていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...