レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第17章 操りの糸

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「おお!これぞ我が職場の有様ぞ!」 

「かなめちゃん……心にもない言葉は聞いてる方が呆れるわよ」 

 司法局実働部隊の駐車場に降り立ち、大きく伸びをするかなめにアイシャが突っ込みを入れる様を誠はただ苦笑いで見つめていた。実際、謹慎一週間は長かった。たしかにその間の給料が出ないことは痛いと言えば痛い。誠もいくつか予約を入れていたプラモデルのキャンセルをしなければならなかったほどだった。

 だが、それ以上に久しぶりの職場の雰囲気は以前のそれとまるで変わっていた。

「まるで廃工場だな」 

 運転席から降りたカウラの言葉で誠は自分の違和感の正体を見極めた。

 ともかく人の気配がしなかった。

 いつもなら出勤した寮以外の住居に住んでいる隊員達の車で一杯の駐車場はがらんとして飽きばかり。アサルト・モジュールの部品を運ぶための大型トレーラーが頻繁に出入りする隊舎の前の広場も沈黙で満たされている。

「まあ、良いじゃねえか。行くぞ!」 

 すっかり上機嫌のかなめはそのままいつものようにハンガーに向かった。いつもなら目にする基礎体力トレーニングのランニングをしている警備部の面々の姿もそこには無かった。ただ誠達の背中を見つめるだけの最低限の歩哨の視線だけがある。

「本当に……演習前って感じね。静かなこと」 

「いつもこうなんですか?演習前は」 

「貴様は初めてじゃないだろ?」 

 カウラに言われて配属直後の『近藤事件』前後の出来事を思い出してみた。あの時も同じようにアステロイドベルトでの演習を前にしての沈黙があったような気がする。だが今となっては誠にとってはあの出来事も遠い昔の出来事のように感じられた。

「いやあ、あの頃は普段を知らなかったもので……」 

「まあそんなものよ……人間、忘れて大きくなるのよ」

 アイシャがそのままハンガーの半分開いた扉を通りすぎるのを見て誠も後に続いた。

 がらんとした空虚な空間がそこにはあった。いつもは誠達の05式に隠れるようにひっそり存在している漆黒の嵯峨の愛機の『カネミツ』の姿が見えた。

「きれいなもんだねえ……すべては新港に搬送済みか!」 

 かなめの言葉が人気のないハンガーに響いた。

「分かり切ってること今更言っても……それにしても戦略兵器扱いの『カネミツ』がたった一機で放置?こいつとおんなじ格のクバルカ中佐の『ホーン・オブ・ルージュ』は確か演習参加機体に入ってなかったけど?」 

「ああ、あれは隣の工場でオーバーホールに入るそうだ。元々手がかかる機体だからな。シャムの『クローム・ナイト』と整備時期がかぶるとまずいだろ?」 

「へえ……そうなんだ……」 

 カウラの言葉にアイシャが意味ありげにつぶやいた。

「これから私達が落としに行くネットで出ている地殻すらぶち抜く大砲でも……頼りになるのはシャムだけか……」 

 あきらめを孕んだカウラの声にかなめがぴくりと眉を動かした。

「おいおい、同僚を戦力外扱いなんて……それはいくら何でも神前の野郎に失礼じゃないのか?」 

「そんな失礼だなんて……」 

 愛想笑いを浮かべながら呟いた誠をかなめが鋭い視線で睨み付けた。

「別に神前の能力を過小評価しているわけじゃない。正直言って神前にできるのは、干渉空間を展開して我慢することくらいだ。確かにあの砲の威力も神前の展開する干渉空間ならおそらくは耐えきれる」 

「なら問題ねえじゃねえか」 

 あっさり答えたかなめにカウラはひたすら大きなため息をついた。

「かなめちゃん……いくら防いでも壊せなきゃなんにもならないじゃないの。それとも出来るの?砲台の破壊に数か月の実戦経験しかない誠ちゃんが参加して役に立つの?報道されてる砲台が本当に一発大砲を撃ってそれで終わりなんて言う甘っちょろい代物だったら……東和宇宙軍も護衛の艦隊ぐらい配置しておくはずよ。スタンドアローンで敵中突破が可能な防御性能くらいはあると考えるのが普通じゃないかしら?」 

 アイシャの言葉に思い当たることがあるというようにかなめの表情が変わる。

「おそらく切り札の『ホーン・オブ・ルージュ』ではなく07式を駆るランちゃんは部隊の指揮で手一杯……攻撃に当てられてしかも成果が期待できるとなるとシャムちゃんの『クローム・ナイト』以外は想像が付かないんだけど……」 

「まあな……でもあいつも遼南内戦で知られた猛者だ」 

 苦し紛れのかなめの言葉に再びカウラが大きくため息をつく。

「こちらの手札は一枚。相手は……もし東和宇宙軍があれの確保を優先するとなれば艦隊規模でこっちへ向かってくるわよ……勝ち目はゼロね。まあそうなれば遼州同盟崩壊の主犯になるからそれは無いとしても……東和宇宙軍と裏でつながっているという噂の絶えないゲルパルトのいくつかのネオナチ系の公然武装組織。あるいは大統領の超法規的判断で動いたアメリカ海兵隊。これはあまり考えにくいけど、個人的なつきあいの関係で遼南宰相のアンリ・ブルゴーニュ氏のつながりでフランス海軍や海兵隊が動くって可能性も……」 

「ぐちゃぐちゃうるせえな!ともかくシャムが砲台を潰せば良いんだよ!」 

「ああ、そのシャムなら今日は有給だよ」 

 ハンガーの奥から叫び声が聞こえた。そこにはタバコを咥えた嵯峨の姿がある。

「お前ら……想像力を働かせるのは大変結構な話なんだけど……やることやってからにしてくれよ。とりあえず着替え。それと終わったら隊長室に来て謹慎開けの報告。それが終わったランの奴に反省文を今日中に提出。お願いね」 

 それだけ言うと嵯峨は悠然とハンガーの階段を上って隊長室のある二階に消えていった。

「とりあえず着替えか……」 

 カウラのその言葉を合図に誠達は嵯峨が立っていたハンガーから二階の執務室や更衣室のあるフロアーへ向かう階段へと急いだ。

 階段を上る間も物音も気配もなかった。

「技術の連中は新港か……」 

「運行部はどうなんだ?」 

 かなめの言葉にアイシャは曖昧にうなづく。

「まあうちはこの建物の中にシミュレータがあるしねえ……それに新港には機関部のスケベ連中がいるからわざわざ急いで近づかないわよ」 

 アイシャの投げやりな言葉を聞くと、誠はすぐにどろどろした女性関係を山ほど抱えた機関部の面々の顔を思い出した。遠く離れたこの豊川の地まで機関部の面々の女性関係のトラブルの噂は頻繁に聞こえてきていた。昔から『もてる』という言葉とは無縁だった誠にはあまり想像の付かない世界。面倒そうだなと思いながら管理部のいつものように忙しく働いている様子の見える二階へとたどり着いた。

「さっさと着替えるわよ……まあ誠ちゃんは一人で男子更衣室だけど」 

 廊下を足早に歩きながらのアイシャの一言。まあ誠はいつものことなのでただ曖昧にうなづきながらその後ろについて歩く。

 確かに人通りは少なくなっている。機動兵器を運用する部隊がどれほど技術面での支援を受けているか、そしてその支援のためにどれほどの人員が割かれているのか、それを誠はしみじみと実感した。
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