レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第16章 隠者との出会い

隠者

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 行き止まりには銀色の扉が見えた。

「もう偽装の必要も無いってわけか……どんな人物が待ち受けているのか……」 

「予想はいくらでも出来ますが、今はするだけ無駄でしょう。顔を合わせて話せば分かりますよ」 

 ネネはそう言うと躊躇うように立ち止まっているオンドラを追い抜いてドアの前に立った。ドアはゆっくりと音も立てずに開く。オンドラはさすがにネネの行動が無謀だと感じてその前に飛び出して銃口を部屋の中に向けた。

 薄暗い明かりが二人を包んだ。そしてその明かりがだんだんと強くなっていくので二人は思わず眼を細めていた。闇に慣れた目が何とか光を捉えることが出来るようになった時、二人は部屋の中央に棺桶のようなものがあるコンピュータルームと言うのがその部屋の正体だと知った。

「なんともまあ……」 

 オンドラは銃口を棺桶に向けたまま部屋を見回した。壁面を埋め尽くすモニター画面。中空にもフォログラムモニターが展開しており、そこにはオンドラも何度か見たことがある様々なテレビ番組や映画、ネットの検索画面やゲームのプレイ画面が映し出されていた。

「監視者気取りのドラキュラさんの顔は……」 

 苦笑いを浮かべながら棺桶に顔を突き出そうとした瞬間、棺桶の蓋が勢いよくはじき飛んだ。オンドラも場数は踏んだ手練れ、蓋をかわして飛び退くとそのまま銃口を蓋の中から現われた半裸の人物に向けた。

「なんだ!テメエは!」 

 オンドラの叫び。ネネはただ黙ってにらみ合う二人をじっと眺めていた。

「なんだテメエは……?そう言うテメエはなんだ?」 

 棺桶から立ち上がった男の目が笑っている。その様が不気味に見えて思わずオンドラは顔をゆがめて身を引いた。男の顔かたちは彼女が調べた司法局実働部隊の第一小隊3番機担当者吉田俊平のものだったが、そのやせぎすの義体は軍用とはとても思えないものだったし、爛々と光る目はどう見てもまともな人間のそれではなかった。

「そうですね……侵入者は私達の方ですから」 

「ほう……」 

 ネネの言葉にすぐに吉田は関心をネネへと向けていた。棺桶からジャンプして飛び出し、跳ね回りながらネネの周りを回る。

「オメエ……アングラ劇団の劇団員か?」 

「失礼なことを言う!」 

 思わず出たオンドラの本音にこれもまた大げさに反応するとそのままじりじりと顔を銃を手にしているオンドラに近づけた。もし彼女が素人ならば恐怖のあまり引き金を引いているところだが、吉田は相手がそれなりに場数を踏んだ猛者だと読んでかうれしそうな表情を浮かべてじりじり顔を近づける。

「来るんじゃねえよ!気持ち悪い!」 

「それを言うならこちらの方だ!せっかく良い気分で眠っていれば突然の侵入! 君ならこんなときにご機嫌でいられるかね?」 

 オンドラとは話が合わないと悟ってか、吉田は話をネネに振ってきた。

「でも入り口のあの文字。あれを書いたのがあなたなら私達を歓迎してくれても良いと思いますよ」 

 ネネの言葉に矛盾はなかった。しばらく吉田は天井を見上げて一考した後、手を打って満面の笑みを浮かべた。

「そうか!あの謎かけを解いたのか!」 

「そうじゃなきゃここにいねえだろ?」 

 オンドラのつぶやきを無視して吉田はネネの手を取った。

「学究の徒、遠方より来たるか!これはまた楽しいことだな!酒宴でも催したいところだが……見ての通り酒ものもろくにない有様でね」 

「お前さんと酒宴だ?まっぴらだね」 

 オンドラが吐き捨てるようにつぶやく。吉田は敵意の視線をオンドラに向けた後、すぐに満面の笑みに戻ってネネの手を取る。

「この星に眠る謎。どれもまた興味深いものばかりだ!それを尋ねてもう何年経つか……成果を横取りしようとする馬鹿者達の相手も疲れたところだからね」 

「成果を横取り?あなたはこの部屋で軍や警察の研究成果をハッキングしているだけなんじゃありませんか?」 

 うんざりしたように呟いたネネの言葉。だがネネには吉田の敵意が向かうことはない。満面の笑みを崩すことなく何度となく頷き笑い声を静かに漏らす。

「確かに……個々の研究成果はどれも私ではなくそれぞれの実地の研究者の地道な活動の賜(たまもの)であることは認めるよ……でもそれを統合し一つの成果として世に送り出す天才が必要だ。そうは思わないかね?」 

「自分を天才呼ばわりか……終わってるな」 

 再び殺気を帯びた敵意の表情がオンドラに向けられる。ネネはその様子があまりに滑稽なので吹き出しそうになりながら吉田の次の言葉を待った。

「終わっているか……それはいい!」

 半裸の吉田はそう叫んで手を打った。その狂気の表情にネネは目を背けた。目を見開き、ただ口を半分開けて笑みと呼ばれる表情を浮かべるそれ。

「その面!見ててむかつくんだよ!」 

 オンドラの言葉に吉田はただひたすら笑いだけで返す。

「だから何だって言うんだ?まあいいや、君達は運が良い。俺は今大変に機嫌が良いんだ」

「そうは見えませんけど……」 

 それとないネネのつぶやきにも吉田の笑みは止まることを知らない。

「まあいい。君達は俺のことを捜していた……」

「さもなきゃこんなところに来るかよ」 

「そうだな……だが機嫌が良い俺に会えるのはそう無い機会だぞ」

 吉田はそう言うと一つの端末に取り付いた。狂ったようにそのキーボードを叩き続けた結果ついに全面の画面が切り替わる。

 すべてはアルファベットの羅列に埋め尽くされた。それがドイツ語のものだとネネはすぐに気づいた。

「これは……ゲルパルトの仕事でも請け負っているんですか?」 

 ネネの言葉に吉田は狂気を孕んだ笑みでうなづく。

「大きく時代は動く……時代を動かす機会とは無縁だと思っていたが……世の中そう捨てたもんでもないらしい」 

「お前の場合すでに捨ててるみたいなもんだけどなあ」 

 オンドラのつぶやきを無視して吉田の笑みは続く。

「君達も見ただろ?海峡を越えていく避難民の乗る輸送船の群れを」 

「もうすぐ無駄だったとわかるんじゃないですか?彼らも。さすがの遼北、西モスレムも全面核戦争だけは避けるでしょうし」 

 非難めいた響きを湛えたネネの言葉に吉田は耳を貸す様子もない。

「いや、彼等は正しいんだよ……まもなくそれは証明される……ゲルパルトのネオナチの連中……悪意を湛えていい顔をしていた……実にいい顔だった」 

「悪意を湛えたいい顔?そんなものがあるなら見てみたいね」 

「君は今、俺を通して見ているじゃないか!」 

「なら見たくもないな」 

 オンドラの言葉に話すに足りないと言うように吉田は目をネネに向ける。ネネは無表情に吉田を見つめた。

「悪意を湛えたいい顔……悪意はどこまで行っても悪意ですからそんなものはないですよ」 

 吐き捨てるように呟かれたネネの言葉に吉田は大げさに肩を落とした。

「残念だ……これだけ貴重な出会いだというのに分かり合えないとは……」 

 心底残念そうに肩を落とす吉田にネネはただ黙ってその表情を見つめるだけだった。

「悪意を望む人を褒めるのはどうかと思うのですが……」 

「そうかな?悪意は一つのエネルギーだよ。それゆえに人は団結する。ゲルパルトのネオナチ、遼北の教条主義者、西モスレムの原理主義者。彼らを動かしているのは敵意、悪意、そして憎しみだよ」 

 吉田は再び饒舌を取り戻してネネを睨み付ける。

「私はそう言う狂信者とは距離を置くのをモットーにしているもので」 

「確かにそれは賢明な発想だ。だが成功には時として彼等と共闘することを求める場面もある」 

 そう言うと得意げに吉田は背後に並ぶ画面に目をやった。瞬時にそれは何か巨大な施設を映し出す。

「何ですか?それは」 

 ネネの興味深げな反応に満足げに吉田はうなづいた。

「興味があるね?先ほど狂信者と距離を置くと言いながら……これが狂信者の作品そのものだというのに」 

「ゲルパルト辺りの秘密兵器というところか?」 

 オンドラの当てずっぽうの問いに吉田はもったいを付けたような笑みを浮かべている。

「それであなたは何をしようというのですか?」 

「俺が望んだ訳では無いよ。狂信者はただ敵の死を望む。俺はその様子の観察をもくろんだだけだ」 

「悪趣味だな」 

「なんとでも言いたまえ!俺は俺の快楽の為に存在しているのだから」 

 背後のメカニズムの動きにネネ達の視線は釘付けになる。何度となく繰り返される惑星を狙撃する巨大砲台の映像。 

「それは『管理者』の望んだことなんですか?」 

 静かに放たれたネネの一言。それまで満足の笑みを浮かべていた吉田の表情が崩れる。 

「『管理者』?……誰だね?それは」 

「あなたのお仲間が消された場所に必ず残っていた符号です。『管理者』……あなたはそれが誰かを知っていると思いますが?」

「知らないな!『管理者』?そんな存在を俺は……!」 

 そこまで言ったところで吉田の体が突然空中に撥ね飛んだ。絶え間ない痙攣を引き起こしながら地面に転がり、口からは泡を吐き始める。

「おい!ネネ!何をした!」 

 オンドラが叫ぶのも当然だった。先ほどまで満面の笑みでネネ達と会話をしていたサイボーグはただ痙攣と骨髄反射を繰り返しながら床に転がるだけだった。

「ようやく本当の『吉田』さんが現われますよ……」 

 目の前の惨めな義体を見下ろしながらネネは静かにそうつぶやいた。

『本当の俺ねえ……』 

 突然部屋に響き渡った電子音声にオンドラは顔を顰めた。

「突然喋るんじゃねえよ」 

『失礼した。まあ……こっちの方がかなり手間をかけたわけだからそう謝る必要は無いか』

「そうかも知れませんね。あなたのような一流のハッカーの足取りをオンドラさんみたいな素人に毛の生えたような捜査しかできない人間がつかめる。どう考えてもあなたに私達を誘導する意図が無ければできない話です」 

 そう言ってネネは白い目でオンドラを見る。

「なんだよ……アタシが素人みたいじゃないか」 

『みたいじゃなくて素人そのものだったね。君の情報調査能力……預言者ネネ。多少彼女を買いかぶりすぎていたんじゃないですか?』 

「いえ、別に買いかぶってなんていませんよ。それだけ無能だったからこそ私達はこうしてあなたに出会えたんですから。出来のいい軍や警察のハッカー連はまだあなたにたどり着いていない。だから今あなたは自分から私の前に現れた」 

 ネネの確信を込めた言葉。オンドラは不機嫌そうに銃口をまだ痙攣している義体へ向けた。

『ああ、そいつなら好きなだけ撃ってくれ。俺としてはそんな偽物がはびこっている世の中にはうんざりしているんでね』 

 吉田の言葉が終わるまでもなくオンドラはフルオートで義体に弾丸を撃ち込んだ。痙攣が止まり地べたに血が拡がっていく。

『気が晴れたところで……まず君達が知りたいことは何なのかな?』 

 できの悪い生徒を教える教師宜しく呟く吉田の言葉にネネは眉を潜めた。

「私の知りたいこと……最初にあなたの悪趣味が先天的なものかどうかを知りたいですね」 

『これは意外なところから話が始まるね……悪趣味……確かにそうかも知れないね。あちこちに自分の分身の死体を残して消える……少なくとも趣味の良い存在のすることじゃない』 

「確かにな。趣味が良ければ最初から分身なんて言うものを作る必要がねえからな」 

 オンドラの言葉。吉田の感情を表すように黒く染まったモニター画面が軽く白く点滅した。

『一つの意識……そこから出発するのが人間という生命の特徴だとするならば、俺のそれは多数の視点を持つ意識集合体として出発することになったから、それを統合する必要が生じた段階で個々の異端的意識を消す必要が生じた……こう言う説明では不十分かな?』 

「不十分ですね。まず、なぜあなたの意識が最初から分裂して多面的な視点を持つ必要が合ったのかの説明が必要になります。またその必要に妥当性があったとして、なぜ突如としてその多面的な視点が百害あって一理無い状況に至ったのか……それも説明をいただかないことには……」 

 ネネの言葉を聞くとすぐに画面が再び白く点滅する。

『預言者……その二つ名は伊達では無いんだろ?ならその二つの質問の回答の予想もすでにできているんじゃないかな』 

 吉田の言葉にネネは答えることもなくにんまりと笑う。

「ここにちょうど良い証人としてのオンドラがいますから……彼女に分かるように説明してください。そうしないと私も契約相手のあなたのことを心配している同僚にあなたについて説明をする自信が無いんです」 

『これは一本取られたな……じゃあ始めようか…俺が何者で何を目指しているのか……』

 満足げな吉田のつぶやき。オンドラはただ黙ってそれを聞いているだけだった。
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