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第9章 去り行くもの
転地
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軍艦のキャビンと言うものが初めての北川公平は、しばらく落ち着かずに席を立ったり座ったりを繰り返していた。ようやく落ち着いたのはキャビンに入ってから一時間が過ぎようとしたときだった。
大きくため息をついた後、どっかりとソファーに腰を下ろす。
「落ち着かないな……」
向かい合って半眼のままじっと固まったように見えるいつもの薄汚い黒いトレンチコートの桐野孫四郎を見ると北川は力ない笑みを浮かべた。
「反戦活動家が軍艦で移動……しかもそれも地球の船とあったらかなり矛盾するじゃないですか」
「反戦活動家?活動家崩れのテロリストの間違いだろ?」
ゆっくりと開かれた桐野の目には相変わらず生気が感じられない。北川はただこの相手にはその話題は無駄だと悟ってわざとらしい大きな動作で腕時計を確認して見せた。
「今頃は公僕の皆さんは俺の撒いたブラフに引っかかって小言を呟いているでしょうねえ……」
「ふん……」
北川の言葉に桐野は歯牙にもかけないというように手にしている日本刀に目をやる。北川はそれを見て思わず飛び退く。
「何を驚いている……」
「旦那のことだ……いきなりばっさりなんてご免ですよ」
「何を言うのやら……お前さんの法術展開の不規則さを知っている俺だ。そう簡単に斬れる相手じゃないことも十分知っている。ああ、なかなか斬れない相手だから斬ってみるのも面白いとも言えるな……」
「冗談ばかり……」
北川の言葉は振えていた。相手はすでのこのひと月で23人も東都で平然と辻斬りをしてきた相手だった。しかもその数字には彼等の所属する組織である『ギルド』の利害関係者は含まれていない。いくつかの彼等の意図にそぐわない非正規活動家やその所属する組織への武力制圧で桐野が斬った人間の数はさらにその数倍に達する。
「それにしてもいくら今生の別れになるかも知れないとはいえ……今は何の義理もないかつての所属セクトに情報を流すとはずいぶんとお前も人情味があるじゃないか」
桐野の口から『人情味』などと言う言葉が出たので北川は吹き出していた。桐野の刀を握る手に力が入るのを見ると北川は手を振りながら釈明を始める。
「いえいえ……あの情報チップをくれた奴の気に沿うようにしてやるには俺には他には手が無くてね……旦那と違って女に縁がないんで……」
「まるで俺が女たらしのような口を聞くな。それとじゃあお前はあのチップを指定された場所で受け取った段階でそれが吉田俊平からのものだと分かっていたのか?」
珍しくいやらしい笑みという感情らしいものを浮かべている桐野を見ながら北川は前屈みになってソファーの前の机に頬杖をついた。
「わざわざ『ギルド』に情報を売りたい奴はこの世には何人いることやら……だけどあえて俺を指定して情報を流す人間はいないことは無いですけど……どれも役に立たないような代物ばかり。潰して欲しい敵対セクトや公安関係者の名簿。政府系機関と公には出来ないつながりのある民間企業の役員の一覧……かつての俺なら飛びついたでしょうが、今の俺には何の関心もない」
「じゃあ今回の情報チップの中身がそれと違うとなぜ分かった?」
興味深そうにあごをなでながら北川を見下ろす桐野に北川はただ力ない笑みで応えた。
桐野の鋭い視線に一瞬ひるんだかに見えた北川だが、その後ろに反った体には余裕があった。静かにため息をつき、そしてそのまま桐野を見つめる。
「まあ……受け渡し方法がね……俺の前いた世界の連中とはかなり違うんですよ。かなり手が込んでいると言うか……回りくどいというか……まあ慎重を期すプロの世界では当然なのかも知れませんが」
「まるで俺達がアマチュアみたいではないか」
「みたい何じゃなくてアマチュアそのものですよ。実際に諜報機関とかとやりとりがあるような連中がよこした情報。そう言う機関に出入りする連中に知り合いはいないものでね。俺は連中には追いかけられることには慣れていますが」
にやりと笑う北川。だがまだ桐野は得心がいかないというような表情を浮かべている。
「俺と因縁がある諜報機関がらみ。そうなれば司法局くらいしか思いつかないでしょ?もし『ギルド』本体に用があるなら俺じゃない窓口を使うはずだ……太子はそれほど俺を信用しちゃいませんよ」
「口の軽い奴は誰だって信用しない」
「ああ、これは手厳しい!」
自虐的な笑みを浮かべて額を叩く北川だがその目は笑っていなかった。桐野も北川も所詮は手駒に過ぎない。遼南第四代皇帝ムジャンタ・ハド。通称廃帝ハドの冷酷で動くことのない心が二人を人間として扱ったことなど一度としてなかったのだろう。それ以前にハドに人間としてみられた人間がどれだけいるか……北川はそれを想像するとどうにも卑屈な自分を見つけて笑うしか無くなる。
「その吉田俊平……何をしようというのかねえ……俺を囮に使っての情報公開。しかも同盟とは相容れない思想の連中からの発言となればこいつは裏切り行為ですよ」
「あちらの指し手も嵯峨惟基だ。手駒に癖があるのは当然だろ?」
興味がないというように呟くと桐野はそのまま剣を抜いた。白い刃がキャビンの明かりに照らされて揺らめく。北川はその抜き方で桐野が相手を斬るつもりなのか剣の手入れをしようとしているのか区別がつくようになった自分に気がついて苦笑いを浮かべる。
「それにしてもヨーロッパ旅行……楽しみですね……しかもアサルト・モジュールパイロットの訓練教育付きとは……この年になってそう言う事をするとは思いもしませんでしたよ」
「地球人の気まぐれにつきあっていては身が持たんぞ?要は今のうちは俺達を東和から引き離したいという太子との利害が一致した偶然だ。我等はあまりに目立ちすぎた」
懐紙をコートのポケットから取り出すと桐野は静かに刀身を拭い始めた。何度となく斬ってきた人間の肉の脂で汚れていく懐紙。それを見ても北川の心は特に揺らぐこともない。
『俺もすっかり人殺しが板についてきた……初心というのは忘れるもんなんだな……』
口に出したとしたら間違いなく桐野に馬鹿にされるであろう昔の自分を思い出しながら北川は静かにしばらくは見納めになる東和の景色をキャビンの窓から眺めることにした。
大きくため息をついた後、どっかりとソファーに腰を下ろす。
「落ち着かないな……」
向かい合って半眼のままじっと固まったように見えるいつもの薄汚い黒いトレンチコートの桐野孫四郎を見ると北川は力ない笑みを浮かべた。
「反戦活動家が軍艦で移動……しかもそれも地球の船とあったらかなり矛盾するじゃないですか」
「反戦活動家?活動家崩れのテロリストの間違いだろ?」
ゆっくりと開かれた桐野の目には相変わらず生気が感じられない。北川はただこの相手にはその話題は無駄だと悟ってわざとらしい大きな動作で腕時計を確認して見せた。
「今頃は公僕の皆さんは俺の撒いたブラフに引っかかって小言を呟いているでしょうねえ……」
「ふん……」
北川の言葉に桐野は歯牙にもかけないというように手にしている日本刀に目をやる。北川はそれを見て思わず飛び退く。
「何を驚いている……」
「旦那のことだ……いきなりばっさりなんてご免ですよ」
「何を言うのやら……お前さんの法術展開の不規則さを知っている俺だ。そう簡単に斬れる相手じゃないことも十分知っている。ああ、なかなか斬れない相手だから斬ってみるのも面白いとも言えるな……」
「冗談ばかり……」
北川の言葉は振えていた。相手はすでのこのひと月で23人も東都で平然と辻斬りをしてきた相手だった。しかもその数字には彼等の所属する組織である『ギルド』の利害関係者は含まれていない。いくつかの彼等の意図にそぐわない非正規活動家やその所属する組織への武力制圧で桐野が斬った人間の数はさらにその数倍に達する。
「それにしてもいくら今生の別れになるかも知れないとはいえ……今は何の義理もないかつての所属セクトに情報を流すとはずいぶんとお前も人情味があるじゃないか」
桐野の口から『人情味』などと言う言葉が出たので北川は吹き出していた。桐野の刀を握る手に力が入るのを見ると北川は手を振りながら釈明を始める。
「いえいえ……あの情報チップをくれた奴の気に沿うようにしてやるには俺には他には手が無くてね……旦那と違って女に縁がないんで……」
「まるで俺が女たらしのような口を聞くな。それとじゃあお前はあのチップを指定された場所で受け取った段階でそれが吉田俊平からのものだと分かっていたのか?」
珍しくいやらしい笑みという感情らしいものを浮かべている桐野を見ながら北川は前屈みになってソファーの前の机に頬杖をついた。
「わざわざ『ギルド』に情報を売りたい奴はこの世には何人いることやら……だけどあえて俺を指定して情報を流す人間はいないことは無いですけど……どれも役に立たないような代物ばかり。潰して欲しい敵対セクトや公安関係者の名簿。政府系機関と公には出来ないつながりのある民間企業の役員の一覧……かつての俺なら飛びついたでしょうが、今の俺には何の関心もない」
「じゃあ今回の情報チップの中身がそれと違うとなぜ分かった?」
興味深そうにあごをなでながら北川を見下ろす桐野に北川はただ力ない笑みで応えた。
桐野の鋭い視線に一瞬ひるんだかに見えた北川だが、その後ろに反った体には余裕があった。静かにため息をつき、そしてそのまま桐野を見つめる。
「まあ……受け渡し方法がね……俺の前いた世界の連中とはかなり違うんですよ。かなり手が込んでいると言うか……回りくどいというか……まあ慎重を期すプロの世界では当然なのかも知れませんが」
「まるで俺達がアマチュアみたいではないか」
「みたい何じゃなくてアマチュアそのものですよ。実際に諜報機関とかとやりとりがあるような連中がよこした情報。そう言う機関に出入りする連中に知り合いはいないものでね。俺は連中には追いかけられることには慣れていますが」
にやりと笑う北川。だがまだ桐野は得心がいかないというような表情を浮かべている。
「俺と因縁がある諜報機関がらみ。そうなれば司法局くらいしか思いつかないでしょ?もし『ギルド』本体に用があるなら俺じゃない窓口を使うはずだ……太子はそれほど俺を信用しちゃいませんよ」
「口の軽い奴は誰だって信用しない」
「ああ、これは手厳しい!」
自虐的な笑みを浮かべて額を叩く北川だがその目は笑っていなかった。桐野も北川も所詮は手駒に過ぎない。遼南第四代皇帝ムジャンタ・ハド。通称廃帝ハドの冷酷で動くことのない心が二人を人間として扱ったことなど一度としてなかったのだろう。それ以前にハドに人間としてみられた人間がどれだけいるか……北川はそれを想像するとどうにも卑屈な自分を見つけて笑うしか無くなる。
「その吉田俊平……何をしようというのかねえ……俺を囮に使っての情報公開。しかも同盟とは相容れない思想の連中からの発言となればこいつは裏切り行為ですよ」
「あちらの指し手も嵯峨惟基だ。手駒に癖があるのは当然だろ?」
興味がないというように呟くと桐野はそのまま剣を抜いた。白い刃がキャビンの明かりに照らされて揺らめく。北川はその抜き方で桐野が相手を斬るつもりなのか剣の手入れをしようとしているのか区別がつくようになった自分に気がついて苦笑いを浮かべる。
「それにしてもヨーロッパ旅行……楽しみですね……しかもアサルト・モジュールパイロットの訓練教育付きとは……この年になってそう言う事をするとは思いもしませんでしたよ」
「地球人の気まぐれにつきあっていては身が持たんぞ?要は今のうちは俺達を東和から引き離したいという太子との利害が一致した偶然だ。我等はあまりに目立ちすぎた」
懐紙をコートのポケットから取り出すと桐野は静かに刀身を拭い始めた。何度となく斬ってきた人間の肉の脂で汚れていく懐紙。それを見ても北川の心は特に揺らぐこともない。
『俺もすっかり人殺しが板についてきた……初心というのは忘れるもんなんだな……』
口に出したとしたら間違いなく桐野に馬鹿にされるであろう昔の自分を思い出しながら北川は静かにしばらくは見納めになる東和の景色をキャビンの窓から眺めることにした。
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