レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 梅の花

昼飯

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「しばし待て……ねえ……」 

 アイシャはかなめの手元の端末に記された文字を見てただそう呟くとそのまま手元のチャーシュー麺に箸を伸ばした。

「ともかくあのネネとか言う情報屋は仕事をしている。それが分かっただけで良いじゃないか」 

 チャーハンについてきたスープを飲み終えてひとごこちついたカウラの言葉に誠は同意するように頷いた。だがかなめの表情は冴えない。

「こんなに時間が掛かる訳はねえと思うんだけど……このままじゃ停職が解かれる前どころか演習前に情報が集まらねえじゃねえか」 

 かなめはそれだけ言うとそのまま目の前の大盛りワンタン麺のどんぶりを手に取るとずるずると麺を啜り始める。さすがに三日も寮にこもりきりの生活は若い誠達には苦行以外の何物でもなかった。相手がかなり腹を立てている東和の公安当局とあって、勝手に動き回るにも限界がある。さらに先日は東都警察に出向していたのであちこち動き回るにしても顔が割れていて余計な詮索をされるのは本意ではなかった。

「たまにはこうして外に出たけど……映画でも見る?」 

「何か面白いのはやっているのか?」 

 カウラの言葉にアイシャはにんまりと笑う。それを見てかなめは明らかにげんなりした表情を浮かべた。

「どうせお子様アニメでも見るんだろ?金の無駄だ」 

「酷い!今度のはかなりの話題作で大人も泣けるのが売りなのよ!」 

「お涙ちょうだいの映画は見るに堪えない」 

 珍しくエンターテイメント系の話題にカウラが鋭く言い放つ。誠は最近知ったのだが、カウラはかなり映画に詳しい。特に前衛的な作品を好んでみる傾向があるのでアイシャや誠にはとてもその趣味についていくことは出来なかった。もしかなめがその映画のパンフレットを見ればそれだけで背を向けることが誠にも用意の想像できた。

「趣味が合わないから映画は駄目……じゃあ……ゲーム?」 

「それこそ金の無駄だ。私はそんなことをして時間を潰すために寮を出た訳じゃない」 

 これまたばっさりとカウラが切って捨てる。

「どうするんだよ……このまま寮に帰るか?それもなんだか警察連中に遠慮しているみてえで腹が立つしな……」 

 かなめは明らかに苛立っている。元々狭いところにいるのが一番嫌いな質のかなめである。味は評判で確かに旨いが、ごみごみした雰囲気の中華料理屋で無意味に時間を潰すのはかなめには無理な話だった。

「バッティングセンターは?」 

 アイシャの一言にカウラの大きなため息が漏れる。

「あそこはどこかの馬鹿がピッチャー返しならぬピッチングマシン返しをやって機械を壊した件以来出入り禁止だ」 

 カウラの言葉にかなめはとぼけたように笑う。誠が店の入り口を見るとすでに席が空くのを待つ行列が誠達が店に入ったときの倍以上に伸びているのが見えた。

「やっぱり外に出てから決めましょうよ」 

 誠の言葉は珍しく三人の意見と一致していた。それぞれに黙って料理を片付けることに集中し始める。誠はようやく安心して味噌ラーメンの最後に残した麺とチャーシューを口の中で味わうことに決めた。

「神前……まだか?」 

「ちょっと待ってください!」 

 すでに食べ終えたかなめの言葉に誠は慌ててラーメンのスープを啜る。

「お会計はかなめちゃん。お願いね」 

 アイシャはさっさと立ち去る。かなめはただ苦虫をかみつぶした顔をしてそのままカウンターの奥のレジに伝票を持って進む。

「助かったな」 

 カウラはそう言って珍しい笑みを浮かべるをそのまま店を出て行った。誠はようやくラーメンのスープを飲み終えるとそのままコップの中の水を口に流し込んで慌ててジャンバーを羽織って店の外に出た。

「ずいぶんとまあ……のんきなこと。場合によってはいつ核戦争が始まるかも知れないのに」 

 アイシャの言葉に『核』という言葉が出たのを聞いて客達が迷惑そうな表情でアイシャを見つめる。紺色の髪。普通の人間にはあり得ないその色。軍に詳しい人間なら人造人間のそれだと分かるが、一般人にはバンドメンバーか何かにでも見えるのだろう。こそこそとこちらから聞こえないように言葉を交わす他人に誠もうんざりしながらかなめ達の後に続いた。
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