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第4章 捜索初日
金作
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その後、誠達はカウラの車で都心のビジネス街に向かった。持って行ったのはボストンバック一つだけだった。
かなめは銀行で札束を受け取る度にそれを無造作に放り込む。
「まるで銀行強盗にでもなった気分だな」
にやにや笑うかなめだが、そのバックの中身が分かっているだけに、誠は笑うことなど出来なかった。基本的に地球外に対する地球圏諸国の経済的締め付けはかなり厳しいものがあった。特にアメリカドルとなればその信用もあって換金にはそれなりの手続きが必要になる。しかも大体がこんな金額を現金でやりとりすることなど26世紀も半ばというのに考えている人間がどれだけいるか謎なところだ。当然窓口でなく話はすべて銀行の奥に通されての話となる。
「本当に麻薬や武器の取引ではないんですね?」
かなめが自分の身分を明かして胡州の領邦代官にまで身元確認を終えてからも、地球系資本の銀行の支店長はそう言いながらいぶかしげにかなめを睨み付けていた。
「私のお金です。後ろめたい使い道をするわけがないではないですか」
本来のかなめの性格なら殴りかかっても文句は言えない態度だが、かなめは慣れた調子で丁寧に対応する。このいつもの態度との差にアイシャもカウラもただ呆然とするしかなかった。
結局は夕方まで掛かってボストンバックいっぱいの現金が用意された。大口の決算処理が電子化されて数百年。これほどの現金を持って歩く人間が真っ当な金の使い方をするとは誰も思わないだろう。誠はカウラの赤いスポーツカーの後ろで小さくなりながら隣の席でバッグの現金の束を確認しているかなめを見ながらただ苦笑いだけを浮かべていた。誠には一生目にできないようなそれほどの金額。下手をすればアサルト・モジュールの一機や二機は買える金額だ。
「ずいぶんと情報とやらを手に入れるにはお金が掛かるのね……」
助手席で皮肉混じりにアイシャがつぶやく。
「胡州陸軍の非正規部隊も相当な金を使ってたからな。結局一番金が掛かるのが人間だよ」
札束を握りしめながらかなめがつぶやく。
「本当にこのまま行くのか?東都を出ることになるぞ」
カウラがつぶやく。車は高速道路を東都湾に沿って一路東に走っていた。
「こんな金を湾岸の租界近くで持って歩くのか?殺してくれって言ってるようなもんだぞ。ちゃんと相手には伝えてある。総葉(そうよう)インターまで突っ走れ」
すでに日は落ちて街灯の明かりに照らされているかなめの表情が急に冷たく感じられた。誠はそれを確認すると高速道路の防音板の流れていく様を見つめていた。
「総葉?租界からは遠いわね……お客さんは……使ってるのは船ね」
アイシャの何気ない一言にかなめは静かにうなづいた。
「何でもそうだが金で世の中の大概のことはどうにかなるもんだ。総葉には穀物関係のコンテナーターミナルがある上にヨットハーバーまであるからな。身元の怪しい船の一隻や二隻浮かんでいても誰も気にしねえよ。そこが実は租界と東和の裏の出入り口って訳だ」
札束を握りしめる要の言葉に意味もなくうなづきながら誠はただぼんやりと流れていく景色を見つめていた。
「つまらねえな……カウラ。ラジオでもつけろよ」
命令口調のかなめの言葉にこめかみをひくつかせながらカウラがラジオをつけた。ちょうど夕方五時のニュースが流れていた。
『東都時間午後二時頃、西モスレムのアサルト・モジュールを主力とする機動部隊が国境線を突破し、遼北軍と交戦状態となったもようです。また、この侵攻部隊及び応戦する遼北軍に対して展開していた同盟軍事機構軍が攻撃を仕掛け、現在も戦闘が国境線全域で散発的に繰り返されているもようです。繰り返します現地時間午前五時頃、西モスレムの機動部隊が……』
「ついにぶつかったわね」
冷静な口調のアナウンサーのまねをするように冷静な口調でアイシャがつぶやく。誠も事態の展開が早まってきたのを感じていた。
アナウンサーの言葉はさらに続いた。
『……遼北軍総司令部はこの戦闘でアサルト・モジュール5機を同盟軍事機構の攻撃により失ったことに関して同盟機構への抗議する声明を発表しました。また同じく4機のアサルト・モジュールを失った西モスレム軍高官は今回の前線司令部上層部の行動をイスラム法規委員会の方針に反した独断専行であると指摘、北部総司令以下数十名の高級将校の身柄を拘束して軍事裁判にかけるとの方針を発表しました。一方、同盟機構の大河内広報官は今回の軍事機構軍の行動は戦闘の拡大を防ぐための最低限の武力行使であり、以降も両軍の戦力引き離しの活動を続ける意向を示しており……』
「計9機か……おい、シンの旦那のスコアー増えたみたいだな」
相変わらず札束を握りしめながらかなめがつぶやいた。遼北と西モスレムの軍事衝突の間に割って入ったシンの同盟軍事機構の部隊による両軍に対する実力行使行動の発表は車内に一種の安堵感をわき起こしていた。
「まあシン大尉なら実戦経験も豊富だもの。それにカウラちゃんとかなめちゃんはかなり鍛えられたんでしょ?」
アイシャの何気ない一言でカウラの前任の第二小隊の隊長が話題の人アブドゥール・シャー・シン大尉であることを誠も思い出した。
「主計大尉ってことで事務屋もこなせるがパイロットが本業だからな、あの旦那は。それにしても……西モスレムも遼北も張り子の虎だな。たかだか数機のアサルト・モジュールを失ったくらいで戦意喪失か?」
「アサルト・モジュールの一機の値段を考えてみろ。それにシン大尉がまともに撃墜しただけなら前線の司令官を更迭するなんて過剰反応をすると思うのか?恐らくコックピットを燃やしたんだろ」
ハンドルを軽く叩きながらカウラは車を追い越し車線に運ぶ。そしてそのまま一気に加速して目の前の大型トレーラーを追い抜いて見せた。
「法術ね。あの人はパイロキネシスとでしょ?」
そう言うとアイシャはダッシュボードから携帯端末を取り出してそのままキーボードを叩き始めた。ラジオがニュースから音楽番組に変わったところでカウラはラジオを切った。
「シンの旦那はマリアの姐御から領域把握能力の指導を受けていたからな……テリトリーに入った敵機に法術発動して敵兵を全員消し炭にでもしたのか?」
冗談めかしてかなめがつぶやく。アイシャはたた曖昧にうなづきながら画面を頻繁に切り替えて検索を続けていた。
「どうやらかなめちゃんの冗談が本当の話みたいよ」
手を止めたアイシャが手元の通信端末の画像を無線で飛ばしてフロントガラスに投影した。真っ黒な映像が目の前に広がる。そして凝視するとそれが焼け焦げたアサルト・モジュールのコックピットであることが見て取れた。
「ひでえ有様だねえ……これを見たら戦意も無くなるな」
呆れたようにかなめがつぶやく。そこには水蒸気爆発で試算したパイロットスーツの切れ端と、炭化した頭蓋骨が見て取れた。
「僕が力を示さなければこんなことにはならなかったのに……」
史上初めて法術を使った人間としての自責の念が誠を責める。手首だけが操縦桿だった黒い棒にへばりついているパイロットだった黒い塊が大写しになる。
焼け焦げていく敵兵の意識。誠はそれを想像していた。法術は意識の領域を拡大したものと担当士官のヨハン・シュペルター中尉から聞かされていた。おそらくはシンもそれを感じていたことだろう。突然全身の水分が水蒸気爆発を起こす瞬間。想像するだけでもぞっとする。
「つまらねえこと考えるんじゃねえぞ」
まるで誠の心の中を読んだかのようにかなめがつぶやく。誠は見透かされたことを恥じるように頭を掻くとそのまま外の風景に目を転じた。
流れていく風景にはいくつもの高層マンションが点在している。そこに暮らす人にもまた法術師がいてその力の発動に恐れを抱きながら生きている。この半年の法術犯罪の発生とそれに伴う差別問題の深刻化は世事に疎い誠の耳にすら届いてくる。その典型例が先月の法術操作型法術師による違法法術発動事件だった。
法術適性検査は現在では任意と言うことになっているが、一部の企業はリストラの手段としてこれを強制的に受検させ、適正者を解雇するという事象が何度となく報告されている。そんなリストラ組の一人がその鬱憤を晴らそうと次々と法術師の能力を操作して違法に法術を発動させ、放火や器物破損、最後には殺人事件まで引き起こした悲劇的な事件。
その犯人が最後にこんな社会を作るきっかけとなった法術の公的な初の観測事象を起こした誠に向けた恨みがましい視線を忘れることは出来ない。おそらく誠がアステロイドベルトでの胡州軍貴族派のクーデター未遂事件、通称『近藤事件』で法術を発動させなければその犯人は犯人と呼ばれることもなく普通の暮らしを送っていたことだろう。
これから起きるだろう社会的弱者となった法術師の起こす自暴自棄の違法法術発動事件。それに出動することが予想されてくるだけに誠の心は沈む。
「誠ちゃん。自分を責めるのは止めた方がいいわよ。遅かれ早かれ法術の存在は広く知られることになったでしょうから。むしろ今まで存在が世の中にバレずにいたのが不思議なくらいよ」
気休めのように聞こえるアイシャの言葉に誠は答えることもなくそのまま窓から流れる風景を見つめていた。
かなめは銀行で札束を受け取る度にそれを無造作に放り込む。
「まるで銀行強盗にでもなった気分だな」
にやにや笑うかなめだが、そのバックの中身が分かっているだけに、誠は笑うことなど出来なかった。基本的に地球外に対する地球圏諸国の経済的締め付けはかなり厳しいものがあった。特にアメリカドルとなればその信用もあって換金にはそれなりの手続きが必要になる。しかも大体がこんな金額を現金でやりとりすることなど26世紀も半ばというのに考えている人間がどれだけいるか謎なところだ。当然窓口でなく話はすべて銀行の奥に通されての話となる。
「本当に麻薬や武器の取引ではないんですね?」
かなめが自分の身分を明かして胡州の領邦代官にまで身元確認を終えてからも、地球系資本の銀行の支店長はそう言いながらいぶかしげにかなめを睨み付けていた。
「私のお金です。後ろめたい使い道をするわけがないではないですか」
本来のかなめの性格なら殴りかかっても文句は言えない態度だが、かなめは慣れた調子で丁寧に対応する。このいつもの態度との差にアイシャもカウラもただ呆然とするしかなかった。
結局は夕方まで掛かってボストンバックいっぱいの現金が用意された。大口の決算処理が電子化されて数百年。これほどの現金を持って歩く人間が真っ当な金の使い方をするとは誰も思わないだろう。誠はカウラの赤いスポーツカーの後ろで小さくなりながら隣の席でバッグの現金の束を確認しているかなめを見ながらただ苦笑いだけを浮かべていた。誠には一生目にできないようなそれほどの金額。下手をすればアサルト・モジュールの一機や二機は買える金額だ。
「ずいぶんと情報とやらを手に入れるにはお金が掛かるのね……」
助手席で皮肉混じりにアイシャがつぶやく。
「胡州陸軍の非正規部隊も相当な金を使ってたからな。結局一番金が掛かるのが人間だよ」
札束を握りしめながらかなめがつぶやく。
「本当にこのまま行くのか?東都を出ることになるぞ」
カウラがつぶやく。車は高速道路を東都湾に沿って一路東に走っていた。
「こんな金を湾岸の租界近くで持って歩くのか?殺してくれって言ってるようなもんだぞ。ちゃんと相手には伝えてある。総葉(そうよう)インターまで突っ走れ」
すでに日は落ちて街灯の明かりに照らされているかなめの表情が急に冷たく感じられた。誠はそれを確認すると高速道路の防音板の流れていく様を見つめていた。
「総葉?租界からは遠いわね……お客さんは……使ってるのは船ね」
アイシャの何気ない一言にかなめは静かにうなづいた。
「何でもそうだが金で世の中の大概のことはどうにかなるもんだ。総葉には穀物関係のコンテナーターミナルがある上にヨットハーバーまであるからな。身元の怪しい船の一隻や二隻浮かんでいても誰も気にしねえよ。そこが実は租界と東和の裏の出入り口って訳だ」
札束を握りしめる要の言葉に意味もなくうなづきながら誠はただぼんやりと流れていく景色を見つめていた。
「つまらねえな……カウラ。ラジオでもつけろよ」
命令口調のかなめの言葉にこめかみをひくつかせながらカウラがラジオをつけた。ちょうど夕方五時のニュースが流れていた。
『東都時間午後二時頃、西モスレムのアサルト・モジュールを主力とする機動部隊が国境線を突破し、遼北軍と交戦状態となったもようです。また、この侵攻部隊及び応戦する遼北軍に対して展開していた同盟軍事機構軍が攻撃を仕掛け、現在も戦闘が国境線全域で散発的に繰り返されているもようです。繰り返します現地時間午前五時頃、西モスレムの機動部隊が……』
「ついにぶつかったわね」
冷静な口調のアナウンサーのまねをするように冷静な口調でアイシャがつぶやく。誠も事態の展開が早まってきたのを感じていた。
アナウンサーの言葉はさらに続いた。
『……遼北軍総司令部はこの戦闘でアサルト・モジュール5機を同盟軍事機構の攻撃により失ったことに関して同盟機構への抗議する声明を発表しました。また同じく4機のアサルト・モジュールを失った西モスレム軍高官は今回の前線司令部上層部の行動をイスラム法規委員会の方針に反した独断専行であると指摘、北部総司令以下数十名の高級将校の身柄を拘束して軍事裁判にかけるとの方針を発表しました。一方、同盟機構の大河内広報官は今回の軍事機構軍の行動は戦闘の拡大を防ぐための最低限の武力行使であり、以降も両軍の戦力引き離しの活動を続ける意向を示しており……』
「計9機か……おい、シンの旦那のスコアー増えたみたいだな」
相変わらず札束を握りしめながらかなめがつぶやいた。遼北と西モスレムの軍事衝突の間に割って入ったシンの同盟軍事機構の部隊による両軍に対する実力行使行動の発表は車内に一種の安堵感をわき起こしていた。
「まあシン大尉なら実戦経験も豊富だもの。それにカウラちゃんとかなめちゃんはかなり鍛えられたんでしょ?」
アイシャの何気ない一言でカウラの前任の第二小隊の隊長が話題の人アブドゥール・シャー・シン大尉であることを誠も思い出した。
「主計大尉ってことで事務屋もこなせるがパイロットが本業だからな、あの旦那は。それにしても……西モスレムも遼北も張り子の虎だな。たかだか数機のアサルト・モジュールを失ったくらいで戦意喪失か?」
「アサルト・モジュールの一機の値段を考えてみろ。それにシン大尉がまともに撃墜しただけなら前線の司令官を更迭するなんて過剰反応をすると思うのか?恐らくコックピットを燃やしたんだろ」
ハンドルを軽く叩きながらカウラは車を追い越し車線に運ぶ。そしてそのまま一気に加速して目の前の大型トレーラーを追い抜いて見せた。
「法術ね。あの人はパイロキネシスとでしょ?」
そう言うとアイシャはダッシュボードから携帯端末を取り出してそのままキーボードを叩き始めた。ラジオがニュースから音楽番組に変わったところでカウラはラジオを切った。
「シンの旦那はマリアの姐御から領域把握能力の指導を受けていたからな……テリトリーに入った敵機に法術発動して敵兵を全員消し炭にでもしたのか?」
冗談めかしてかなめがつぶやく。アイシャはたた曖昧にうなづきながら画面を頻繁に切り替えて検索を続けていた。
「どうやらかなめちゃんの冗談が本当の話みたいよ」
手を止めたアイシャが手元の通信端末の画像を無線で飛ばしてフロントガラスに投影した。真っ黒な映像が目の前に広がる。そして凝視するとそれが焼け焦げたアサルト・モジュールのコックピットであることが見て取れた。
「ひでえ有様だねえ……これを見たら戦意も無くなるな」
呆れたようにかなめがつぶやく。そこには水蒸気爆発で試算したパイロットスーツの切れ端と、炭化した頭蓋骨が見て取れた。
「僕が力を示さなければこんなことにはならなかったのに……」
史上初めて法術を使った人間としての自責の念が誠を責める。手首だけが操縦桿だった黒い棒にへばりついているパイロットだった黒い塊が大写しになる。
焼け焦げていく敵兵の意識。誠はそれを想像していた。法術は意識の領域を拡大したものと担当士官のヨハン・シュペルター中尉から聞かされていた。おそらくはシンもそれを感じていたことだろう。突然全身の水分が水蒸気爆発を起こす瞬間。想像するだけでもぞっとする。
「つまらねえこと考えるんじゃねえぞ」
まるで誠の心の中を読んだかのようにかなめがつぶやく。誠は見透かされたことを恥じるように頭を掻くとそのまま外の風景に目を転じた。
流れていく風景にはいくつもの高層マンションが点在している。そこに暮らす人にもまた法術師がいてその力の発動に恐れを抱きながら生きている。この半年の法術犯罪の発生とそれに伴う差別問題の深刻化は世事に疎い誠の耳にすら届いてくる。その典型例が先月の法術操作型法術師による違法法術発動事件だった。
法術適性検査は現在では任意と言うことになっているが、一部の企業はリストラの手段としてこれを強制的に受検させ、適正者を解雇するという事象が何度となく報告されている。そんなリストラ組の一人がその鬱憤を晴らそうと次々と法術師の能力を操作して違法に法術を発動させ、放火や器物破損、最後には殺人事件まで引き起こした悲劇的な事件。
その犯人が最後にこんな社会を作るきっかけとなった法術の公的な初の観測事象を起こした誠に向けた恨みがましい視線を忘れることは出来ない。おそらく誠がアステロイドベルトでの胡州軍貴族派のクーデター未遂事件、通称『近藤事件』で法術を発動させなければその犯人は犯人と呼ばれることもなく普通の暮らしを送っていたことだろう。
これから起きるだろう社会的弱者となった法術師の起こす自暴自棄の違法法術発動事件。それに出動することが予想されてくるだけに誠の心は沈む。
「誠ちゃん。自分を責めるのは止めた方がいいわよ。遅かれ早かれ法術の存在は広く知られることになったでしょうから。むしろ今まで存在が世の中にバレずにいたのが不思議なくらいよ」
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