レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
689 / 1,505
第7部 『殺戮機械が思い出に浸る時』 第一章 失踪

対岸の火事

しおりを挟む
「吉田さんが来てない?まあ今のところうちは問題がないからねえ……」 

 昼休み。弁当を掻き込みながら、技術部整備班長の島田正人准尉が思い切り嫌な顔をしてつぶやいた。さすがに今日の島田に声をかけるのは誠も躊躇したが、そんなことを許すかなめではない。

 島田の弁当を作った司法局唯一の運用艦『高雄』の管制官のサラ・グリファン少尉が殺意を込めた視線で誠達を睨み付けてくる。

 島田は野郎ばかりの整備班の班長である。そんな島田の為に作ってた弁当を広げてひと時に浸る二人。そんな二人の時間をかなめは意図的に土足で踏みにじるつもりだ。そのいつもの興味深そうなタレ目を見れば誠も十分に分かった。

「今、第一小隊の05式の一斉点検の最中なんだけど……データ送っても速攻でレスが入ってくるからなあ。本当にいないの?嘘でしょ」 

「ならテメエのその何も見えていない目で確かめて見るか?え?」 

 かなめはそう言うと島田の襟首を掴んで持ち上げる。長身の島田と言えど、軍用の局地戦用義体の持ち主のかなめの腕力に勝てるわけもない。ただされるがままにつるされる。島田は逆らうだけ無駄だとわかっているのか、静かに目の前のかなめのタレ目に目をやる。

「だからうちじゃあ分かりませんて!吉田さんならシャムちゃんが相棒じゃないですか! 俺達に聞くよりそっちの方が!」 

「分からねえ奴だな!そのシャムが喋らないからテメエに聞いてるんだろ?答えろ!」 

 島田が何も知らないことは誠にもわかっていた。要するにかなめは島田とサラの貴重な時間を踏みにじりたいというサディスティックな欲求だけでこうして暴力をふるっているだけだった。いつものことながら誠はただあきれてその様子を眺めていた。

「かなめちゃん止めてよ!」 

 さすがに勢い余って首を絞め始めて島田が泡を吹き出したところでサラが止めにかかった。常人ならとっくに窒息していたほどの時間ぎゅうぎゅうと首を絞められて一瞬白目を剥いた島田がなんとか咳をしながら我に変える。

「人をなんだと思ってるんですか?」 

「え?死なない便利な弾避け」 

 かなめの言葉にカウラは大きくため息をついた。島田は体組織再生能力という体質の持ち主だった。これまでも何度か誠達の無謀な行動につきあわされて常人なら即死するような目に何度もあっている。それでもこうして平和に弁当を食べられるのはその不死の体故だった。だが所詮は死なない以外にとりえのない島田である。今はこれ以上ひどい目にあわなようにとじっとかなめに吊るされたまま口を開いた。

「吉田の旦那と一番話をしてるのはうちではキムですよ。アイツは鉄砲オタクだから吉田の旦那とは趣味があいますから」 

「吉田のは趣味じゃなくて実用だろ?それにキムの知識といえば、どこのメーカーのバレルが長持ちするとか、狙撃用の弾薬のパウダーのメーカーをどこにしたらいいかとか……そんなことが役に立つと思うか?」 

「いやあ、役に立つかと聞かれても……」 

 島田はとりあえずかなめの脅威がしばらく続きそうなのでうんざりしながら周りを見回した。いつもは人望厚い島田だがこと相手がかなめとなると、あえて身代わりになりに来るような古参兵達は周りにはいない。新兵達はかなめは自分達を端から相手にしないことは分かっているのでそれぞれがやがやと雑談を続けている。

「おい、ベルガー」

「なんだ」

 かなめは無駄なことに付き合わされて苦虫をかみつぶすような表情を浮かべているカウラを呼ぶ。

「次どこ行くか?」

「私に聞くな」

 かなめはネタ切れだ。誠はそう思うとこれ以上騒動が大きくならないと踏んで大きく安どのため息をついた。

 誠もかなめがこのまま機動部隊の詰め所に帰ってくれるだろうと思っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...