レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
688 / 1,503
第7部 『殺戮機械が思い出に浸る時』 第一章 失踪

いきなり詰問する姪

しおりを挟む
「隊長に聞くのか?」 

 不服そうにつぶやくカウラをかなめは情けなさそうな顔で見つめる。

 司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐。かなめの叔父でかえでの義父でもある喰えない中年士官の間抜けな面を思い出して誠はため息をつく。

「無駄だと思うけどな……」 

 思わず誠がつぶやくとギロリとかなめが誠を睨みつけた。

「何か言ったか?」 

 引くに引けない。そんな視線のかなめを前に、面と向かって文句を言う度胸は誠には無かった。

 廊下をただ一直線にかなめは進む。

 人気がないのが幸いだと誠は思った。もしいればまた勢い込んだかなめが尋問して回るかもしれない。隣を見れば呆れた顔のカウラが上官だからつきあうのだという顔をして歩いている。

「おい!叔父貴!いるんだろ!」 

 隊長室の前にたどり着いたかなめがしたのはノックと言うより扉を破壊しない程度にぶん殴るという感じだった。驚いて止めに入ろうとする誠だがすでにかなめは返事も待たずに勝手にドアを開けて隊長室に入っていた。

「おい!」 

「なんだよ……聞こえてるよ。でかい声出せばいいってもんじゃねえだろ?」

 いつものように手入れの行き届かない嵯峨の七三分けの髪が書類の山の向こうから顔を出した。疲れているのか、眠いのか。半開きの目が迷惑そうに詰問を始めようとするかなめを眺めていた。

「じゃあそのでかい声をださせた原因は……」 

「なんだ?吉田の話か?」 

 誠もいつものこういうときの嵯峨の察しの良さには感心させられた。かなめも図星を付かれて黙り込んでいる。それを確認すると嵯峨は制服の胸のポケットからしわくちゃのタバコの箱を取り出して一本取り出す。

「こう言う季節だ……旅にでも出たくなったんじゃないの?」 

「旅だ?許可は取ったのかよ」 

「そりゃあふと梅の頼りに誘われての一人旅に許可なんて野暮なものを求めるのは……」 

 嵯峨はそれだけ言うとタバコに火を付ける為に黙り込む。だが誠が聞いても嵯峨の言っていることは十分無茶苦茶だった。

「あいつは何か?芸術家か何かなのか?え?おい兵隊だろ?兵隊」

 かなめの頬に怒りの引きつりが走る。また面倒なことになった。誠はそう思いながらゆっくりとタバコを吹かす嵯峨に目をやった。

「あいつがいないとお前等は何か困ることがあるのかねえ……さっきからの口ぶりだと仕事が進まなくなるような被害があるみたいな感じだけど」 

「直接の被害はねえけどさあ!突然の出動とかがあったらどうするんだよ!」

 かなめが右手を振り上げて殴りかかろうとするような仕草を見せる。ただそれを見慣れている嵯峨にはまるで効果がないのは確かだった。

「アイツが出るほどの事態が起きりゃあアイツの方からのこのこ出てくるよ。それにだ……」 

 そこまで言うと嵯峨はタバコを咥えたまま隊長の椅子から立ち上がりそのまま外に向かって顔を向けた。

「コンビを組んでるシャムが困ってないから今日まで気づかなかったんだろ?シャムがアンに施している特訓の為のシミュレーションメニュー。ちゃんとシャムの提案通りに提出されてるからアイツも文句を言うこともない。部隊の管理部のメインフレームの交換作業も遅れが無いどころか予定より早く切り上がりそうだって……。仕事はしてるんだからどこにいようが俺の知ったことじゃねえよ」 

 嵯峨は静かに開いた窓の隙間からタバコの煙を吐き出す。すきま風が微かに冷たく誠達の頬をなでた。

「隊長……それは無責任じゃないですか?」 

 不意に思わぬところから声があったというように嵯峨がタバコを咥えたまま振り返った。声の主はカウラだった。その鋭い瞳が薄ぼんやりとした部隊長の顔を射すくめる。だが嵯峨も手練れだった。にやりと笑ってタバコをもみ消すとそのまま何事も無かったかのように椅子に座りなおす。

「無責任?一般的な部隊の隊員ならその言葉はまさにその通り。俺は部隊長失格だな。だが吉田は特殊な契約をしててね」 

「年俸制……事があったときは歩合で割り増し。腕の立つ傭兵の契約方式か?」

 かなめの言葉に嵯峨はにんまりと笑みを浮かべるだけで否定も肯定もしない。そして目の前の書類をぺらぺらとめくり話を続ける。

「あいつは腕利きだよ。どこの組織も欲しい人材だ。うちじゃあ三日や四日自由にしていいことにしてあいつのご機嫌を取り結んで契約を結んでいるわけだ。つまりだ。お前さん等が吉田と同じ事をすると……」 

「脱走で銃殺」 

 かなめの当然のように吐かれた言葉に誠の額に冷や汗が走る。

「まあそう言うことだ。俺は無駄な労力は使いたくないからな。探したいなら自分で探せよ」 

 突き放されたような態度でかなめもカウラも何も言えずにその場に立ち尽くした。嵯峨はようやく決意が付いたというように目の前の冊子の一ページ目を開いてペンを握る。

「まだ何かあるの?」 

「いいえ……失礼します」

 何も言えずにカウラは踵を返す。かなめも誠も従うしかない雰囲気ができあがっていた。

「ああ、一言付け加えておくと……。見つけたら教えてくれると助かるんだけどね!」 

 出て行こうとする誠達の背中に嵯峨の声が響くいた。

「おい、どうするよ」 

 かなめは扉を閉めてじっと下を向いているカウラに詰め寄る。その様子はたとえカウラが止めても自分一人で探しに出かけかねない勢いだった。

「今は勤務中だ。余計なことは考えるな」 

 それだけ言うとカウラは再び詰め所へと歩き始める。

「だけどあの様子だと叔父貴も吉田の旦那の行方は知らねえみたいだな……教えてくれなんて人にものを頼むのは叔父貴がすることじゃねえ」 

「それが分かってどうなる?明日は幸い非番じゃないか。明日考えればいい」 

 カウラはそう言うと詰め所のドアを開いた。かなめも誠もカウラの許可が出たことで探偵ごっこの真似事が始まると言うわくわくした感覚に包まれていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...