レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第9章 飲み会

コント

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「師匠!」 

 突然声をかけられて驚いてシャムは隣を見る。シャムよりも一見年上に見える中学生家村小夏。エプロンを着けたままいつものようにきっちりと正座をしている。

「どうしたのよ小夏。お仕事は?」 

「はあ、菰田の野郎が自分がやるからって」 

「あれだな、下にいるのはマリアだろ?おべんちゃらでも使ってうまいこと取り入ろうって魂胆だ。アイツらしいな」 

 吉田の言葉にシャムも何となくうなづいた。

「それで小夏。どうするの?」 

「今度のライブの件ですよ!ネタがまだできて無いじゃないですか」 

「ライブのネタねえ……ずいぶん先じゃん」 

 シャムは考え込んだ。シャムと小夏はコントのコンビを組んでいる。時折ライブと称して近くの老人施設などの慰問をすることもあった。節分の次の週の日曜日にもその予定があった。シャムはしばらく考え込む。

「最近はどつきネタばかりだって言われてるから……」 

「まあどつかれるのは師匠なんですけどね」 

 小夏の合いの手に思わず頭を掻く。ネタ的にマンネリなのはシャムも感じていた。特に誠が転属してきてからはいろいろと事件が多くネタを仕込む時間もない。
 
 二人は深刻そうに首をひねった

「お困りのようね」 

 すいと二人の間にビールの瓶が差し出される。見上げてみれば満面の笑みのアイシャだった。

「いいアイディア……やっぱりいいや」 

「なによ、シャムちゃん。ずいぶんつれないじゃないの」 

 すねるように大げさに首を振るアイシャ。こうなると手が付けられないのはシャムも十分承知している。

「じゃあ何かあるの?」 

 シャムがおそるおそる尋ねるとアイシャはいつものように不敵な笑みを浮かべた。

「『らくだ』って知ってる?」 

 突然のアイシャの言葉にしばらくシャムはあんぐりと口を開けた。

「『駱駝』?地球の砂漠にいる?」 

「違うわよ。落語。まあなんて言うか……ブラックな話」 

 アイシャの言う『ブラック』な話はだいたいとんでもない展開を見せるものである。シャムの顔が引きつる。隣を見ればなぜか分かっていると言うようにうなづいている小夏がいた。

「小夏は知ってるの?」 

「ええ、まあ嫌われ者の葬式を出す話ですよ」 

「ああ、西園寺の葬式を出す話だな」 

 吉田の言葉にシャムは思わずかなめの方に目を遣った。かなめは明らかに気に障ったというようにシャムを睨み付けている。シャムは頭を掻きながら得意げに話を続けようとするアイシャを遮った。

「まあ、いいから。この話は後でね!」 

「ちぇっ!もう少し面白いところまで話したかったのに」

「何も話していないような気がするんですけど……」 

「小夏ちゃん。何か言った?」 

「別に……」 

 小夏を威圧した後はすっかり言いたいことを言ったと言う表情でアイシャはそのままカウラの肩に手を乗せて意味もなく笑っていた。

「変な人だとは思っていましたけど……やっぱり変な人ですね」 

「ねえ、小夏。らくだってなに?」 

 シャムは尋ねるが小夏は答える気が無いというようにそのまま立ち上がると階段を駆け下りていく。

「俊平は知ってる?」 

「落語は噺家から聞くものだ。俺が語ってもつまらないだけだよ」 

 そう言うと平然とビールを飲む吉田。シャムはただ呆然と話に取り残されたことだけを実感してエビを口の放り込む。

「なんやねん。渋い顔して」 

 声をかけてきたのは明石だった。ふと見るとランはなにやら携帯で話し込んでいる。ようは退屈しのぎにシャムをからかいに来たというところなのだろう。

「しかし……うまそうやな」 

 明石はそう言うと素手でシャムのエビ玉をちぎって口に放り込む。

「取らないでよ!」 

「おっとすまん。ワシもこれを頼めばよかったんかもしれんな」 

 禿頭をなで回しながら明石はつぶやいた。そしてそのまま携帯の会話を終えたランと何やら会話を始めた。

「あそこに行くの?」 

「できれば私は勘弁ね」 

 現役実働部隊長のランとそれを支援する本局の調整官の明石。その会話が相当高度でシャムに手に負えないものであることは間違いなかった。小難しい理屈をこねるのが好きなアイシャもどうせ捕まれば説教されることが分かるので近づく様子もない。

「まあ夜も長いのよ……と言うわけで」 

 アイシャはそう言うとビール瓶を手に持つ。シャムは照れながらグラスを差し出した。

「ほら、吉田さん。ちゃんとラベルは上でしょ? 」 

「そんなことどこで覚えたんだか……つまみが欲しいな」 

「小夏!小夏!」 

 吉田のオーダーに答えてシャムがカウラとなにやらひそひそ話をしていた小夏を呼びつけた。小夏はと言えば突然のシャムの呼び出しにいつものように嫌な顔一つせずに飛び出してくる。

「何でしょう、師匠」 

「俊平の……つまみは」 

「エイひれで」 

 一言そう言ってビールを飲む吉田。小夏はと言えば元気にそのまま階段を駆け下りていく。

「小夏ちゃんとお話……珍しいのね」 

 アイシャは堅物のカウラの意外な光景に興味を引かれたように絡む。シャムが見た感じではアイシャはかなりよっているようで頬はすでに耳まで朱に染まっている。

「なんだ。私が小夏と話しているとおかしいことでもあるのか?」 

 カウラはそう言ってビールを傾ける。それでもアイシャのにやにやは止まらない。四つん這いでそのままカウラのそばまで這っていくとそのままカウラのポニーテールに手を伸ばす。

「止めろ!」 

「なに?お嬢様?うぶなふりして……この!」 

「クラウゼ。酔っているな貴様」 

 睨み付けるカウラにアイシャはとろけるような笑みを浮かべる。

「酔ってますよ……だって……ねえ」 

「だってと言われても困るんだけど」 

 シャムは色気のあるアイシャの流し目を受けながらただ戸惑ってつぶやく。

「ひどいんだ!カウラちゃん。シャムったらひどいのよ!」 

「お前の頭の中がひどいんだろ?」 

 呆れかえるカウラはそう言ってアイシャの肩を叩いて落ち着かせようとした。

 だだをこねるように頭を振り回すアイシャにカウラはほとほと参ったように上座に目を遣った。

「なんだ?クラウゼは泥酔か?」 

「もう少し飲ませて寝かせたれ」 

 無責任な発言を繰り広げるランと明石。仕方がないとカウラが後ろを向いたときだった。

「任せろ」 

 かなめは迷わずそれまで誠に飲ませようとしていた液体を手に颯爽と現われる。

「おい、アイシャ」 

「なによ」 

 突然のかなめのちん入に少しばかり戸惑いながらアイシャが答える。かなめは得意げにグラスの中の液体を振ってみせる。

「これ、神前にやろうと思ってたけどお前にやるわ」 

「何これ?」 

「ああ、神前の野郎のグラス」 

「え?」 

 驚いたがすぐにアイシャはそれを奪い取ると中身も確かめずに一気に飲み干した。

「ほらな」 

 かなめの言葉の終わると同時にぱたりとアイシャは倒れ込んだ。

「大丈夫なの?かなめちゃん」 

「まあな。最近は加減を覚えたから。何度も神前の裸踊りを見るのは飽き飽きしていたところだから」 

 それだけ言うとかなめは何事も無かったように去っていく。倒れたアイシャにじっと視線を落とすシャム。

「本当に大丈夫なのかな?」 

「大丈夫なはずだ。私達の体は本来毒物に対する耐性が強いからな。理性が飛ぶことはあっても死にはしないだろ」 

 まるで心配する様子のないカウラに少し呆れながら上座を見る。

 じっとこちらを見ているのは先ほどからランと明石の会話を聞かされ続けて退屈している岡部だった。 

「岡部ちゃん。とりあえずこれを部屋の隅に運ぼう」 

 シャムの言葉で針のむしろから解放されると嬉々として歩いてくる岡部。正座が続いていたからかどうにもその足下が不安定だった。

「大丈夫なの……岡部ちゃんも」

「ちょっと痺れて……」 

 足が気になるというように何度か屈伸をする。すっかり血行の悪くなった膝がどうにも思うようにいかずに岡部はごろりと倒れ込んだ。

「大丈夫?岡部っち」 

「ああ、なんとか」 

 そう言いながら立ち上がりつつも膝を押さえる岡部。

「かなり痺れたんだね」

「まあそれなりに」 

 岡部はそのままアイシャのところまで来るとじっとその様子を観察している。

「特に異常は無いみたいだな。とりあえず奥に寝かせよう」 

 そう言うと岡部はアイシャの肩を持ち上げた。するとアイシャの腕が岡部に絡みつく。

「誠ちゃん……」 

 突然の寝言に苦笑いを浮かべる岡部。シャムもアイシャの腰を持ち上げながら岡部のまねをしたような顔をする。

「落とすなよ!」 

 かなめの茶々を受けながらずるずるとアイシャを引きずる二人。ある程度予想はされていたことなので誰も口を挟むことはしない。

「それにしても……重いね」

「余計なお世話よ」 

 突然アイシャの目が開く。シャムは驚いて手を離しそうになるがそれがアイシャの寝言だと分かって安心してそのまま部屋の隅にアイシャを運んだ。

「こうして座布団を枕にして……しかしこの部隊はろくな飲み方をしないな」 

 相変わらずの困ったような表情の岡部にシャムはただうなづくしかなかった。
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