レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
679 / 1,503
第9章 飲み会

盛り上がり

しおりを挟む
 おもわず取り残されて呆然とする小夏だが、さすがに自分がいないと二人が何をするのか分からないのでそのまま階段を下りていく。

「効くなあ……おい。ファンがいるとはうらやましいねえ」 

「心にもないことは言わないことだ」 

 冷やかすかなめの声を聴きながらカウラは静かに半分ほど飲んだビールを一気に飲み干す。少しばかり酔いが回ってきたようで白い頬が朱に染まっている。

「本当に面白いね」

「まあいいんじゃ無いの?」 

 その様を見ていたシャムが吉田に声をかけるが吉田はつれなくそう言うとビールを飲み干した。

 シャムもビールを飲み干しながら考えていた。パーラのことや誠のこと。そして何も解決できずにちらちら目を動かせば、笑顔でランとなにやら歓談している明石が見えた。

 今なら誠の立ち直りのきっかけについて話が聞けるのではないか。そう思ってシャムが腰を上げようとしたときだった。

「はい、新エビ玉三倍!」 

 どんとシャムの前にどんぶりが置かれた。上を見上げれば仏頂面の菰田が仁王立ちしている。

「俺のは?」 

「はい」 

 これもまた菰田が投げやりに吉田の分を差し出す。その態度にさすがの吉田も冷笑を浮かべている。

「菰田君。もう少し愛想良くしないと」 

「そうだ!この変態!」 

 春子のたしなめる言葉とかなめの罵声。予想はしていたようで平気な風の菰田だが、少しばかり表情を曇らせているカウラを見るとさすがにまずかったというようにうつむいてみせる。

「まあいいや。じゃあお駄賃でアタシの分のテキーラやるから取って来いよ」 

「いらないですよ!」 

 かなめの叫びにそう返事すると菰田は足早に階段を下りていく。

「あいつも……管理部門なんだからもう少し愛想良くすりゃあいいのに」 

「人それぞれよ。ね、明石さん」 

「はあ」 

 急に春子に話題を振られた明石がどうにも困った顔で頭を掻いていた。

 シャムは今だと思ったが目の前の未知の味への誘いを断るほど理性が強い彼女ではない。自然と手はどんぶりの中のお好み焼きの具に伸びていた。

「へえ、結構大きなエビなんですね」 

「そうなの。そのままだと大きすぎるから試しに切ってみたんだけど……歯ごたえを考えるとその大きさが微妙でね。いろいろ試してこうなったのよ」 

 吉田の言葉に春子は得意げに答える。そんな明るい雰囲気に気が紛れてきたのか、それまでこわばっていたパーラの表情が少し緩むのがシャムにも見えた。

「あんまりかき混ぜないでね。このエビは歯ごたえが大事なんだから」 

 春子の言葉にうなづくとシャムは静かに鉄板の上に生地を広げた。

 小麦粉の焼ける香ばしい香りが広がる。それはシャム達の鉄板だけではない。明石のところも軽快に油がはねる音が響いている。

「おう、懐かしいなあ。これを待っとったんや」 

 明石の銅鑼声が部屋中に響く。隊員達もそれぞれに自分の具を焼き始めていた。

 香りと歓談に満たされる。

 シャムもまたそんな雰囲気に酔っていた。

「菰田君!ビール!」 

 早速叫ぶシャムに菰田は思い切り嫌な顔をする。

「菰田、頼む」 

 そこにかなめに頼まれたのか、恥ずかしそうにカウラの声が入った。

「はい!ただいま持って参ります!」 

 元気に叫ぶと菰田は階段を駆け下りていった。

「全く現金な奴だな」 

 吉田はたこ焼きを突きながらその様を眺めていた。ぼんやりとカウラを見つめじっと命令を待つソンの姿も異様に見える。

「それにしてもカウラちゃん効果は絶大だね。どうして?」 

 自分のお好み焼きをひっくり返すと振り返ってシャムはカウラに尋ねた。カウラはと言えばただ当惑したような笑みを浮かべたままでシャムを見返してくる。

「そりゃあ人望じゃないのかね」 

 吉田の一言にむっとしてシャムは彼をにらみつけた。

「まあ、うちの隊じゃ怖い姐御のたぐいは別として、それなりに常識があって行動もちゃんとしているとなるとベルガーくらいだろ?」 

「吉田少佐……それは聞き捨てならないわね」 

 たこ焼きをほおばりながらつぶやく吉田に今度はアイシャが食ってかかる。

「聞き捨てならない?事実だからだろ?お前もアニメグッズを買いあさるのを少しは控えてだな……」 

「ひどい!人の楽しみを奪うわけ!」 

 吉田の一言にアイシャは心底傷ついたように叫ぶ。だが部屋中の全員が彼女を白い目で見ていることに気づくと気を紛らわそうと自分の豚玉を叩き始めた。

「まあ……カウラちゃんは常識人だからね」 

「シャム。お前が言うと説得力ねえな」 

 かなめはそう言いながらソンが運んできたテキーラをショットグラスに注いでいた。

「説得力無くて悪かったですね!」 

 そう言うとシャムはそのまま焼けてきたかどうか自分の三倍エビ玉を箸で突いてみた。

「焼けたか?」 

「まだみたい」 

 吉田の問いに答えながらシャムはビールをグラスに注ぐ。

「神前!気を遣えよ!」 

「ああ、すいません西園寺さん……ナンバルゲニア中尉……」 

「いいよ、もう注いじゃったから」

 かなめの白い目を見て誠を哀れみながらシャムはビールを飲んだ。そこでシャムは今度は誠にどんな話を明石からされたのか聞こうと思った。

「あのね、神前君」 

 シャムが声をかける。誠はカウラに注いでいたビールを持ってそのままシャムのところまで来た。

「ちょっと待ってね」 

 ビールを一気にあおってグラスを空にするとシャムは誠にグラスを差し出した。

「しかし、よく飲みますね」 

「そうかな?」 

 シャムはそう言いながら注がれたビールを軽く口に含む。そして誠に立ち直りのきっかけを尋ねようとしたときだった。

 いつの間にか誠の隣に来ていた菰田が誠の腕を引っ張る。

「何をするんですか!菰田先輩」 

「お前も手伝え。下にシュバーキナ少佐が来てる」 

 菰田の言葉に誠の顔色が変わる。そしてそのままパーラと小声で話している春子に顔を向けた。

「神前君もお願いね」 

 春子の無情な一言に誠も立ち上がった。

「ああ、マリアも来てるんだ……」 

 結局誠に話を聞けなかったシャムは上の空でそう言うとビールを軽くあおった。

「おい、シャム。大丈夫か?」 

「何が?」 

「鉄板」 

 吉田の言葉にシャムは驚いて自分のお好み焼きを眺める。少しばかり焦げたような臭いが鼻を襲った。

「やっちゃった!」 

 シャムは叫ぶとへらでひっくり返す。焦げが黒々とシャムの三倍エビ玉を覆い尽くしていた。

「みごとに焦げたな……」 

「ならひっくり返してくれればいいのに」 

「なんで?」 

 吉田はとぼけた顔でたこ焼きを食らう。シャムはむっとした表情で仕方なく削り節をかける。

「あら、焦げちゃったわね」 

「ひどいんだよ!俊平はずっと見てたのに何もしてくれないの!」 

 シャムの訴えに春子は鋭い視線を吉田に向ける。極道に身を置いたことがあるすごみのある女性の視線に吉田もさすがに気まずく感じてビールをのどに流し込んでごまかそうとする。

「でも本当においしいから。食べてみてよ」 

 春子は特製のソースをかけてやり、さらに青のりを散らす。

 独特の香りにシャムの怒りも少しだけ和らいだ。

「じゃあ食べてみるね」 

 シャムはそう言うと一切れ口に運んでみた。柔らかい生地の中に確かな歯ごたえのエビが感じられる。

「これいい!」 

「でしょ?」 

 気に入ったというようにシャムはそのまま次々と切っては口に運ぶことを続けていた。

「慌てて食うとのどにつかえるぞ」 

 吉田に言われてビールを流し込む。それでも勢いが止まらない。

「よく食うな……」 

 ふらりと立ち寄った感じのかなめが手にしたテキーラをシャムのビールの入ったグラスに注ごうとするのを軽く腕で阻止する。

「なんだよ、ばれたか」

 そのままかなめは自分の鉄板に戻っていった。

 周りでも次第に焼け上がっているようで鉄板を叩くコテの音が響く。

「なんだか飯を食ってる感じがするな」

「幸せな瞬間でしょ?」 

「そうか?」 

 吉田はただマイペースで一人たこ焼きを突く。その吉田のテーブルに誠がビールを運んでくる。

「気がつくね」

 吉田は空になった瓶を誠に渡すとグラスになみなみとビールを注いだ。

 またシャムはチャンスだと思った。誠は今度はシャムにビールを注ごうとしてくる。

「あのさあ……」 

「誠ちゃん!私も」 

 シャムがグラスを差し出すところでタイミング良くアイシャが叫ぶ。

「はい!今行きますね!」 

 飛び跳ねるように誠はそのままビールを持ったままアイシャに向かって行く。

「また聞き損ねたか」 

 吉田の痛快という笑顔にシャムはエビをほおばりながらむっとした表情を浮かべて見せた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...