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第4章 午前勤務
空
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「お疲れ様です!」
ハンガーの前のグラウンドにはすでに午前中の日課のランニングをしていた警備部の古参兵の面々の姿は無い。かわりにその手前にシートを広げて弁当の準備をしている新兵達の姿があった。
「え?こんなところで食べるの?」
シャムの問いに逆に珍しそうな顔で見つめ返してくる。つなぎの襟には兵長の階級章をつけておりどちらかといえば小柄で見た感じ第四惑星『胡州帝国 』の出身者のように見えた。
「はあ、自分はこういう青い空が珍しいもので…… 」
そう言う青年の後ろで同じく兵長の階級章の長身の男が隣の工場の生協の弁当を抱えて歩いている。
「やっぱりみんな胡州出身?」
「いえ、俺と皆川は胡州ですが……パクは大麗だし……カールはゲルパルト……」
「俺は外惑星同盟です!」
長身の男の後ろについてきた赤毛の彫りの深い上等兵がそう答えた。
「やっぱりコロニー出身者には珍しいんだね。空」
「そうよ。私も初めて青い空を見たときは本当に驚いたもの」
立ち止まってシャムと兵士の会話を聞いていたアイシャがそう言って空を見上げる。雲ひとつ無い空。北風は吹くものの日向はぽかぽかと暖かく感じられた。
「いろんなところがあるんだね」
シャムから解放された上等兵が自分の弁当に手を伸ばすのを見ながらシャムはハンガーの巨大な扉の中に入った。
「ナンバルゲニア中尉!……とクラウゼ少佐?」
「島田君……なんで私のところだけテンション上がるの?」
M10の前で車座になって弁当を食べている整備員の中で一人工具入れを椅子代わりにして座っていた島田の顔が若干困ったような様子になった。
「クラウゼ少佐、こいつを苛めないでくださいよ。一応整備班長としての威厳という奴があるんですから」
巨大なアサルト・モジュールがしゃべっているようなバリトンがハンガーに響いた。思わずアイシャとシャムは静かにたたずんでいるM10に目を向ける。そこには巨大な丸い塊が動いているのが見えた。
「エンゲルバーグ中尉……」
「ヨハン・シュぺルターです!」
大きな塊の上の肉の塊に張り付いた眼鏡がぴくぴく動きながら反論する。司法局実働部隊技術部法術関連技術主任、ヨハン・シュぺルター中尉。その七・三分けの金髪をハンガーの中を流れていく風になびかせながらゆっくりとシャム達に近づいてくる。
「そう言えばエンゲルバー……」
「シュぺルターです!飯は食いました!」
アイシャの冗談に機先を制するとそのまま大きすぎる体を左右に振りながらよたよたと技術部の詰め所に向かい歩き出す。
「何やってたの?あの人?」
「ああ、岡部中尉のM10 二番機につけた法術ブースターの記録データを取りに来たとか言ってましたよ」
「ふーん」
島田の答えになんだか納得しきれていないような調子でアイシャがうなづく。それにあわせるようにシャムも意味もなくうなづいた。
「それにしても……まだ昼になって20分経ってないじゃないの」
「ああ、あの人の早食いは昔からですから」
「そうだよね、シャムもびっくりの早食い!」
シャムの滑稽な態度に島田の部下の古参兵達は満面の笑みで笑い始めた。
「西君!」
「はい!」
下座で弁当のヘリについた米粒をつついていた技術部最年長だがすっかり古参扱いの西にアイシャが声をかける。その調子がいつものいたずらを仕掛ける時特有の色を帯びていたので周りの古参兵や島田達はニヤニヤ笑いながら少し青ざめた調子の西の顔を見つめていた。
「レベッカはどうしたのよ」
島田達は予想通りのアイシャの言葉にニヤニヤ笑いながら西を見つめる。西は西でただどう答えるかうろたえながら目を白黒させてアイシャを見つめていた。
「その……シュペルター中尉が……」
「ヨハンがどうしたのよ」
アイシャのそのふざけたような表情を見てシャムは西と付き合っているアメリカ海軍からの出向技官であるレベッカ・シンプソン中尉の動向を西に確認するまでもなくアイシャ自身が知っていることを確信した。
「仕事の途中で昼の注文の当番に出たので……」
「で?」
今にも噴出しそうな表情のアイシャ。シャムはひやひやしながら寒風吹きすさぶ中で冷や汗をたらしている西を心配そうに見つめた。
「注文の電話をしたら残りはシンプソンさんがやるからということで……」
「そこで西君は一緒に弁当とかの仕分けをしたいと言ったら島田先輩に怒られるからって言うのでそのままレベッカを一人正門のところに残して帰ってきたと」
「知ってたんですか!」
急にむきになって叫ぶ西。古参兵達は相変わらずいい気味だというように西をおかずにして飯を食らっていた。
「知ってたも何も正門の目の前は運行部の部屋じゃないの。あれだけ甘ったるい空気を出していれば嫌でも目に付くわよ」
アイシャの言葉の意味。すなわち女性ばかりの運行部の面々が二人のやり取りをすべて見物していたという事実に気づいて西の顔が今度は赤く染まった。
「空き弁当の管理をあの子だけに任せたらかわいそうでしょ。行ってあげなさいよ」
そう言いながら歩き始めるアイシャ。西も気がついたと言うように弁当を手に取るとそのまま走って正門に向かう。
「アイシャ、本当に意地悪だね」
「別に意地悪で言ってあげたわけじゃないわよ。……まあおせっかいということならまさにその通りなんだけど」
そう言うとそのままあちこちで新入隊員が弁当を食らっているハンガーを歩く。それぞれの出向元の軍の都合で期待を全身に受けて来た者、いらないと弾き飛ばされた者。それぞれの過去は知る由も無いがそれぞれに黙って弁当や麺類のどんぶりを抱えて食事を続けている。
「みんな外で食べれば良いのに」
「寒いじゃないの……まあ空が珍しくない面々にとっては少しでも暖かいこちらで食事をする方が良いんじゃないの」
「そんなものかな」
「なんならシャムちゃんは外で食べる?」
アイシャの言葉にシャムは黙り込む。それを満足げに見つめるとアイシャは手を振って正門へ向かう技術部長屋の廊下に向かって歩き出した。
ハンガーの前のグラウンドにはすでに午前中の日課のランニングをしていた警備部の古参兵の面々の姿は無い。かわりにその手前にシートを広げて弁当の準備をしている新兵達の姿があった。
「え?こんなところで食べるの?」
シャムの問いに逆に珍しそうな顔で見つめ返してくる。つなぎの襟には兵長の階級章をつけておりどちらかといえば小柄で見た感じ第四惑星『胡州帝国 』の出身者のように見えた。
「はあ、自分はこういう青い空が珍しいもので…… 」
そう言う青年の後ろで同じく兵長の階級章の長身の男が隣の工場の生協の弁当を抱えて歩いている。
「やっぱりみんな胡州出身?」
「いえ、俺と皆川は胡州ですが……パクは大麗だし……カールはゲルパルト……」
「俺は外惑星同盟です!」
長身の男の後ろについてきた赤毛の彫りの深い上等兵がそう答えた。
「やっぱりコロニー出身者には珍しいんだね。空」
「そうよ。私も初めて青い空を見たときは本当に驚いたもの」
立ち止まってシャムと兵士の会話を聞いていたアイシャがそう言って空を見上げる。雲ひとつ無い空。北風は吹くものの日向はぽかぽかと暖かく感じられた。
「いろんなところがあるんだね」
シャムから解放された上等兵が自分の弁当に手を伸ばすのを見ながらシャムはハンガーの巨大な扉の中に入った。
「ナンバルゲニア中尉!……とクラウゼ少佐?」
「島田君……なんで私のところだけテンション上がるの?」
M10の前で車座になって弁当を食べている整備員の中で一人工具入れを椅子代わりにして座っていた島田の顔が若干困ったような様子になった。
「クラウゼ少佐、こいつを苛めないでくださいよ。一応整備班長としての威厳という奴があるんですから」
巨大なアサルト・モジュールがしゃべっているようなバリトンがハンガーに響いた。思わずアイシャとシャムは静かにたたずんでいるM10に目を向ける。そこには巨大な丸い塊が動いているのが見えた。
「エンゲルバーグ中尉……」
「ヨハン・シュぺルターです!」
大きな塊の上の肉の塊に張り付いた眼鏡がぴくぴく動きながら反論する。司法局実働部隊技術部法術関連技術主任、ヨハン・シュぺルター中尉。その七・三分けの金髪をハンガーの中を流れていく風になびかせながらゆっくりとシャム達に近づいてくる。
「そう言えばエンゲルバー……」
「シュぺルターです!飯は食いました!」
アイシャの冗談に機先を制するとそのまま大きすぎる体を左右に振りながらよたよたと技術部の詰め所に向かい歩き出す。
「何やってたの?あの人?」
「ああ、岡部中尉のM10 二番機につけた法術ブースターの記録データを取りに来たとか言ってましたよ」
「ふーん」
島田の答えになんだか納得しきれていないような調子でアイシャがうなづく。それにあわせるようにシャムも意味もなくうなづいた。
「それにしても……まだ昼になって20分経ってないじゃないの」
「ああ、あの人の早食いは昔からですから」
「そうだよね、シャムもびっくりの早食い!」
シャムの滑稽な態度に島田の部下の古参兵達は満面の笑みで笑い始めた。
「西君!」
「はい!」
下座で弁当のヘリについた米粒をつついていた技術部最年長だがすっかり古参扱いの西にアイシャが声をかける。その調子がいつものいたずらを仕掛ける時特有の色を帯びていたので周りの古参兵や島田達はニヤニヤ笑いながら少し青ざめた調子の西の顔を見つめていた。
「レベッカはどうしたのよ」
島田達は予想通りのアイシャの言葉にニヤニヤ笑いながら西を見つめる。西は西でただどう答えるかうろたえながら目を白黒させてアイシャを見つめていた。
「その……シュペルター中尉が……」
「ヨハンがどうしたのよ」
アイシャのそのふざけたような表情を見てシャムは西と付き合っているアメリカ海軍からの出向技官であるレベッカ・シンプソン中尉の動向を西に確認するまでもなくアイシャ自身が知っていることを確信した。
「仕事の途中で昼の注文の当番に出たので……」
「で?」
今にも噴出しそうな表情のアイシャ。シャムはひやひやしながら寒風吹きすさぶ中で冷や汗をたらしている西を心配そうに見つめた。
「注文の電話をしたら残りはシンプソンさんがやるからということで……」
「そこで西君は一緒に弁当とかの仕分けをしたいと言ったら島田先輩に怒られるからって言うのでそのままレベッカを一人正門のところに残して帰ってきたと」
「知ってたんですか!」
急にむきになって叫ぶ西。古参兵達は相変わらずいい気味だというように西をおかずにして飯を食らっていた。
「知ってたも何も正門の目の前は運行部の部屋じゃないの。あれだけ甘ったるい空気を出していれば嫌でも目に付くわよ」
アイシャの言葉の意味。すなわち女性ばかりの運行部の面々が二人のやり取りをすべて見物していたという事実に気づいて西の顔が今度は赤く染まった。
「空き弁当の管理をあの子だけに任せたらかわいそうでしょ。行ってあげなさいよ」
そう言いながら歩き始めるアイシャ。西も気がついたと言うように弁当を手に取るとそのまま走って正門に向かう。
「アイシャ、本当に意地悪だね」
「別に意地悪で言ってあげたわけじゃないわよ。……まあおせっかいということならまさにその通りなんだけど」
そう言うとそのままあちこちで新入隊員が弁当を食らっているハンガーを歩く。それぞれの出向元の軍の都合で期待を全身に受けて来た者、いらないと弾き飛ばされた者。それぞれの過去は知る由も無いがそれぞれに黙って弁当や麺類のどんぶりを抱えて食事を続けている。
「みんな外で食べれば良いのに」
「寒いじゃないの……まあ空が珍しくない面々にとっては少しでも暖かいこちらで食事をする方が良いんじゃないの」
「そんなものかな」
「なんならシャムちゃんは外で食べる?」
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