レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
642 / 1,503
第3章 勤務開始

いつもの雑談

しおりを挟む
「それにしても……今年もやっぱり被害は多いのか?猪の食害」 

 めんどくさそうにランがシャムを見つめる。シャムはしばらく考えた後口を開いた。

「今年は特にサツマイモがやられちゃったみたい。特に夏から秋は禁猟期だからその時期を狙って降りて来るんだよね」

「そーなのか?まあいいや。先週の起動実験のレポートまとめてくれりゃー帰って良いぞ」 

 だんだん投げやりになるランにシャムは頬を膨らませた。

「それってアタシが邪魔ってこと?」 

「邪魔だな」 

「邪魔としか……」 

 ランとそれまで黙って様子をうかがっていたロナルドが答える。その態度がシャムの怒りに火をつけた。

「じゃあかえでちゃん。アタシは行かないから」 

「え?僕と渡辺だけで行けと言うんですか?」 

 驚いたようにかえでが叫ぶ。隣の渡辺も困ったようにシャムを見つめている。

「いいじゃねえか。付き合ってやれよ」 

「そんなに言うならかなめちゃんが行けば良いじゃないの!」 

 シャムはそう言うとかなめをにらみつける。めったに文句を言わないシャムが怒っているのを見て吉田がいつでも止めに入れるように椅子に手をかけた。

 ふと気がついたように天井を見つめたランがつぶやき始めた。

「じゃあ先月の出張旅費の清算書。間違いが有ったよな」 

「中佐、それは俺が直しといたはずですけど……」 

「吉田に聞いてるわけじゃねーよ。再提出できるよな?」 

 ランの言葉にシャムは一気に目を輝かせて自分の端末を開いた。

「それじゃあ僕達は出かけます」 

「おー。がんばって来いよ」 

「お土産待ってるね」 

 かえで達が出かけるのをランとシャムが見送る。かなめは時々自分に熱い視線を投げてくるかえでを無視してそのまま黙り込んでいた。

「じゃあ……早速頼むぞ」 

 そう言うとランは自分には大きすぎる椅子からちょこんと飛び降りる。

「ランちゃんどこ行くの?」 

「会議だよ……ったくこう言う事はまじめにやるんだな隊長は……」 

 頭を掻きながら113cmの小さな体で伸びをしながら部屋を出て行くランを部隊員はそれぞれ見守っていた。

「会議?」 

「あれじゃねえか?来月の豊川八幡宮の時代行列の警備とか」 

 不思議そうなロナルドにすっかりオフモードのかなめが答えた。だがそれでも理解できないと言うようにロナルドは首をひねる。

「うちね、去年部隊が創設されたときに隊長が自分の家の鎧とか兜とかを着て見せて祭りを盛り上げる約束をしたの」 

「そう言う事だ。まあ実際嵯峨家の家宝の具足は今一つ叔父貴の趣味にあわねえとか言って全部叔父貴のポケットマネーで隊のほとんどの鎧兜は新調したんだがな」 

 かなめの言葉に瞬時にロナルドの目に輝きがともった。それを見てかなめはまずいことをしたと言うように目をそらした。

「それは……俺達も鎧兜を?」 

「うん!多分みんなの分も作ってくれるよ」 

 元気に答えるシャム。ロナルドも思いがけない思い出作りができるとすっかり乗り気でシャムに質問を続ける。

「侍の格好か……あれかな、キュードーとかも見れるのかな?」 

「キュードー?」 

 突然英語のような発音で言われてシャムは戸惑う。めんどくさそうにかなめは手元の紙に『弓道』と書いてシャムに手渡した。

「弓だね!それは名人がいるよ!」 

 シャムの言葉に気分を害したと言うようにかなめがうつむく。

「もしかして西園寺大尉が?」 

「違うよ、隊長。隊長の家の芸が流鏑馬(やぶさめ)なんだって」 

「やぶさめ?」 

 不思議そうでそれでいて興味津々のロナルドに嫌々ながらかなめが口を開いた。

「馬を疾走させながら的を射抜くんだ。結構慣れとか必要らしいぞ」

「隊長が……あの人はまるでスーパーマンだな」 

 ロナルドは感心したように何度と無くうなづいた。それを見ている部下のジョージ岡部大尉とフェデロ・マルケス中尉はすでに知っていると言うような顔でロナルドを見つめていた。

「でもなあ……叔父貴がスーパーマンだとスーパーマンがかわいそうだな」 

「確かにね。あんなに汚い部屋に住んでるんだもんね」 

 シャムの言葉にロナルドはうなづいた。

 隊長室。そこは一つのカオスだった。その隊長の執務机には趣味の小火器のカスタムのために万力が常に銃の部品をはさんでいた。さらに微調整の際にやすりで擦って出た金属粉が部屋中に散らかっている。かと思えば能書で知られることもあって知り合いから頼まれた看板や表札のためにしたためられた紙があちこちに散らばる。そして常に書面での提出を求められている同盟司法局への報告書の山がさらに混乱に拍車をかける。

「まあ芸が多いのと部屋を片付けられるのは別の才能だからな」 

 ロナルドは納得したように席に戻った。

「それにしても……誠ちゃん大丈夫かな」 

 話を変えてシャムはそのままにやけながらかなめを見つめた。

「何が言いてえんだ?」 

 明らかに殺気を込めた視線でかなめはシャムをにらみつける。

「だって東都の病院でしょ?警察とか軍とか誠ちゃんの秘密を知りたい人達の縄張りじゃないの。下手をしたら隊長みたいに生きたまま解剖されちゃうかも知れないよ」 

 シャムの豊かな想像力にかなめは大きなため息をついてシャムを見上げた。

「解剖か……」 

「俺がですか?」 

 突然の声に驚いて振り返るかなめ。そこにはつなぎを着た技術部整備班班長の島田正人准尉が立っていた。

「ちゃんとノックぐらいしろ!」 

「しました。気づいてないのは西園寺さんくらいですよ」 

「アタシも気が付かなかったよ!」 

「ナンバルゲニア中尉は……まあいいです」 

 そう言うと島田はディスクを一枚シャムの前に差し出した。

「何?これ」 

 シャムの言葉に大きく肩を落とす島田。そしてかなめに目をやる。かなめは自分が話しの相手で無いと分かるとそそくさと自分の席に戻って書類の作成を開始していた。

「先週の対消滅エンジンの位相空間転移実験の修正結果です」 

「エンジン?あの時はちゃんと回ったじゃん」 

 抗議するような調子のシャムに大きくため息をついた後、島田は頭を掻いてどう説明するか考え直しているように見えた。

「無駄無駄。どうせシャムにはわからねえよ」 

「かなめちゃん酷い!アタシだって……」 

「じゃあ対消滅エンジンの起動に必要な条件言ってみろよ」 

 かなめにそう言われると黙って何も言えないシャム。フォローしてやるかどうか考えている吉田は黙って動くことも無かった。

「まあぶっちゃけ理屈が分からなくてもきっちり成果はありましたと言うのが結論なんですがね」 

 島田はそう言うとそのまま立ち去ろうとする。シャムは首を捻りながら相変わらず対消滅エンジンの理論を思い出そうとしていた。

「ああ、解剖なら最適の人材がいたな」 

 何気ないかなめの一言にびくりと驚いたようによろける島田。それを見てさらにかなめはにんまりと笑って立ち上がりそのまま島田の肩を叩いた。

「やっぱり俺を解剖するんじゃないですか!」 

 島田が叫ぶが誰一人としてかなめの軽口を止めるものはいない。

「だって……」 

「なあ」 

 岡部もフェデロも島田が解剖されるのは当然と言うような顔で島田を見つめている。

「死なないんだろ?貴官は」 

 ロナルドの言葉が島田に止めを刺す。うつむいてうなづく島田。確かに彼は本当に不死身だった。

 不老不死の存在「エターナルチルドレン」。そういう存在も先住民族『リャオ』には存在した。島田はその血が現れた珍しい能力を保持していた。意識がはっきりしている間の彼の再生能力は異常だった。先日の同盟厚生局の暴走の際に出動した際も腹部に数十発の弾丸を受けて内臓を細切れにされても翌日には平気で歩き回っていたほどの再生能力。それはかつて嵯峨がアメリカ陸軍の研究施設で完全に臓器ごとに解剖されてから再生されたと言う事実に匹敵するインパクトを部隊の隊員達に与えた。

「確かにそうですけど……痛いんですよ、あれは結構」 

「痛いですむのか?それなら一度こいつを三枚に下して……」 

「俺はアジか何かですか!」 

 叫んだ島田に部屋中のにやけた視線が集まる。

「まあ安心しろよ。再生すると分かっていてもお前の頭に風穴を開けたら殺人未遂でアタシ等が刑務所行きだ。誰もそんなことはしねえだろう……多分」 

「西園寺さん!多分が余計ですよ!」 

 島田が叫ぶのを見ながらシャムは自分の端末のスロットに島田から受け取ったディスクを差し込む。

「じゃあアタシも勉強するから」 

「期待してませんがね。がんばってくださいよ」 

 シャムの言葉に吐き捨てるようにそう言うと島田は出て行った。

「アイツ……冗談くらい分かればいいのに」 

「島田にしか通用しない冗談だな。それにさっきの大尉の言葉どおり貴官が銃を島田に向けた時点で殺人未遂で懲戒免職だ」 

「それは大変だねえ。クワバラクワバラ」 

 ロナルドの言葉に首をすくめながら再びかなめは作っていた書類の作成の業務に立ち戻った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...