レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第2章 朝の実働部隊

面倒な居住者

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 シャムに見守られながら巨大な茶色い毛玉のようなグレゴリウスが朝食を食べている。

「よく食べるねえ」

 嵯峨は満足げにうなづくとどてらの懐からタバコを取り出す。

「それより……隊長、また泊まりですか?」 

「悪いか?」 

「悪くはないですけど……たまには同盟会議のネットワークと接触できる端末から離れてもいいじゃないですか」 

 吉田の言葉に嵯峨はポケットから紙タバコを取り出しながら苦々しげに微笑む。

 惑星遼州のもっとも伝統のある国家、遼南帝国。その皇帝を務めていた嵯峨だが堅苦しいのが嫌いだということで国内が安定すると宰相の位を政敵であるアンリ・ブルゴーニュ首相に与えて退位を宣言して下野した。

 だがその奇妙な行動に不信感を持っていたブルゴーニュと嵯峨のシンパ達は退位の無効を議会で議決して、名目上は嵯峨はまだ遼南帝国皇帝の地位にあることになっていた。こうして嵯峨が皇帝在位中に遼州に領土を持つ国の参加した遼州同盟の司法局実働部隊の隊長に就任してからも両派から新法の提出前に嵯峨にお伺いを立てるのが日常となっており、嵯峨にとっては隊長の仕事よりも遼南の新法の修正に比重が置かれることになっていた。

「アイツ等も結構必死だからね……経済状況は先月の遼南元の切り上げで悪化するのは間違いないんだ。誰にでもすがってなんとか乗り切りたいんだろうな」 

「それは遼南政府の仕事でしょ?」 

「まあ……皇帝退位が認められないとねえ」 

 とぼけたようにそう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。

 嵯峨のタバコが赤く光りだすと同時に空が白んでいくのがわかる。

「日の出だね」 

 シャムの言葉に一時食べるのを止めたグレゴリウス16世がシャムを見つめた。

「もう!かわいい!」 

 そう言うとシャムは巨大な熊の頭にしがみついた。うれしそうに舌をだして喜ぶグレゴリウス16世。それを眺めながらのんびりと嵯峨はタバコをくゆらせた。

「しかし……この状況がいつまで続くんですかね」 

「俺のこと心配しているのか?いい部下を持ったもんだなあ」 

「違いますよ。法術がらみのごたごたの話です」 

 嵯峨の様子を見ながら吉田がつぶやく。それには嵯峨は答えるつもりはないというように上空にタバコの煙を吐き出した。

 そんなシャム達に近づく影があった。

 金髪の耳まで見えるようなショートヘアーの女性仕官。整った顔に浮かぶ二つの青い瞳の鋭さがその人物がそれなりの修羅場を経験した戦士であることを印象付ける。

「おはようございます、大佐」 

 いったん軽くとまった女性仕官、マリア・シュバーキナ少佐はまるで敬意のこもっていない敬礼を嵯峨にするとそのままグレゴリウス16世が食事をするのを眺めているシャムの隣にまで来た。

「ああ、マリア。隊長じゃなくてアタシに用がある感じだね」 

「昨日頼まれていた件だ。残したのは16名だ」 

 マリアの話にシャムはしばらく天を見上げた後思い出したというように手を打った。

「ああ、畑仕事のお手伝いね。ありがとう。でも……」 

「ああ、古株の連中は家畜小屋の掃除をさせてる。まあ素人には無理な作業だ。軍警察関係者がヤギに引っ掛けられて労災だって訳にはいかないからな」 

 そう言うとようやくその戦いの女神というような硬い表情に少しばかりやわらかい笑みが浮かんできていた。

「それじゃあ……行くよ!グレゴリウス!」 

 シャムはそう言うとグレゴリウス16世の首輪をはずした。当然吉田はそれを見てすぐに止めようとするが、向かってくる巨大な熊を相手にしてさすがにかなわないと悟って走り出す。うれしそうな表情を浮かべたグレゴリウス16世もその後を追う。

「いいねえ、朝から運動」 

「でも俊平はサイボーグでしょ?」 

「関係ないよ。運動することはいい事だ……俺は宿直室で寝ているから。シュバーキナ。何かあったら」 

「了解しました」 

 去っていく部隊長に敬礼するマリア。それを真似してシャムも後姿だけの上官に敬礼をする。

「それじゃあもうそろそろ始めるか」 

 そう言うとマリアがシャムの頭をたたく。小柄なシャムはそれに笑顔で答えるとどんどん部隊の隊舎に向けて歩き出した。

「寒いな」 

「そうね、寒いね」 

 二人の吐く息が白くなっているのが照り始めた朝日の中に見える。ちょっとグラウンドのほうに目を向ければグレゴリウス16世に反撃しようとバットを振り回している吉田の姿があった。

「あれが伝説のハッカーの姿かね」 

「いいじゃん、身近に感じられて」 

 あきれるマリアに黙ってそう言うとシャムはポケットからカードを取り出して正面玄関の扉を開いた。

「外もそうだが中も寒いな」 

 マリアは寒さに耐えることには自信があったがそれでも冬の東都の寒さは格別だった。外惑星のほとんど太陽の恵みの届かないコロニー群で育った彼女だが、空気調整のなんとか動いているコロニーとこのような大気を持つ惑星の自然環境との違いに振り回されることが多くなって少しばかりふるさとが恋しく感じられるようになり始めた。

「ちょっと待っててね」 

 技術部の機材室の隣の粗末なベニヤ板で作った扉の前でシャムが足を止める。ジャンパーのポケットから鍵を取り出して南京錠に差し込むシャム。

「ずいぶんと取ってつけたような扉だな」 

「仕方ないじゃん。島田君達に頼んで作ってもらったんだから」 

 立て付けの悪い扉を開きながらシャムはつぶやいた。

「鎌と……袋……ゴミ袋」 

 シャムは早速準備を始める。マリアはそのシャムのうれしそうな様子を不思議そうに眺めていた。

「シャム、お前本当に農業に向いているな」 

「そう?でも畑仕事は大好きだし……牛の世話とかも……」 

 うれしそうにそう言うと鎌を二本マリアに手渡した。

「私も手伝うのか?」 

「お願い!意外と最近忙しくて手入れしていないのよ」 

「そう言うものか?」 

 なんとなく釈然としないマリアを置いてシャムは倉庫の鍵をかけた。

「じゃあ行こ!」 

 元気よくシャムが歩き出すのにあきれながらマリアも後をつけた。
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