レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第52章 世は事も無し

世は事も無し

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「開いてるぜ!」 

 めんどくさそうに叫ぶ嵯峨の言葉を聞くと扉が開いた。そこには噂のアイシャの他にかなめとカウラ、そして誠が神妙な表情で立っていた。

「遠くにいても始まらねえよ!こっち来い!」
 
 入り口で黙って歩哨の真似事をしているシャムと吉田を白い目で見ながら誠達は部屋に通された。

「お疲れ様だね。例の犯人の身柄の確保。結果オーライと言うところか?」 

「相手が相手とはいえ、一名負傷。室内戦闘の訓練が必要な感じだがな」 

 嵯峨の言葉に警備部部長として室内戦闘などの訓練の指揮を担当しているマリアの厳しい言葉が飛んだ。

「はあ、申し訳ありません」 

 片腕を落とされ腹に七発の銃弾を受けて義体を駄目にしたかなめが渋々頭を下げた。

「それにしてもアイシャ。まただな、艦長代理を頼むよ」

 椅子に座った嵯峨の見上げる挑戦的な視線にアイシャは余裕の笑みを浮かべる。 

「隊長の指示なら」 

「指示よりもオマエさんのやる気が重要だ。行けるか?」 

 嵯峨の言葉に部屋の中の人々の視線がアイシャに集中する。アイシャは照れたように自分の頬を右手でつつきながら嵯峨を見つめていた。

「できる限りがんばります」 

「まあいい返事だ。できないことはやっぱりできないからな」 

 アイシャの答えに満足したように嵯峨が笑う。それを見てリアナは手を叩いた。

「それじゃあお祝いしないと!」 

「酒抜きでな」 

「えー!」 

 マリアの『酒抜き』の一言にかなめが思わず叫んでいた。

「あのねえ、かなめちゃん。リアナお姉さんのお腹には赤ちゃんがいるの。分かる?」 

「だからってアタシ等まで酒禁止なのか?」 

 不満そうに周りを見るかなめ。だが誰一人として助け舟を出す様子は無かった。

「主賓が飲めないのに祝う側の人間が飲んでたら意味ねーだろ?そのくらい分かれよ」 

 子供のような体に似合わず酒飲みのランに言われてかなめがうなだれた。

「それは良いとして……シャム!」 

 衛兵の真似をしているシャムに声をかける嵯峨。声をかけられてすぐにシャムはドアを開けて飛び出す。そしてそんな彼女の相棒である吉田もあとに続いた。

「バーベキューの準備ですか?でも寒いですよ」 

 誠の言葉に嵯峨は苦笑いを浮かべる。

「一応うちでのしきたりみたいなもんだ。リアナには毛布でもかけておけば良いだろ?」 

「ええ、にぎやかなのは赤ちゃんも喜びますよ」 

 そんなリアナの一言に場は一気に和やかなものへと戻り始めた。そんな中、一人嵯峨は浮かない表情で誠達を見つめていた。

「ああ、そう言えばかなめ」 

「アタシ?」 

 嵯峨の声に振り返るかなめ。きょとんとしているアイシャも思わず嵯峨に目をやる。

「あの現場、とんでもない化け物がいたらしいじゃねえか……桐野だろ?」 

 何気なく言ってみせる嵯峨だがその目は先ほどと違い鋭い光をはらんでいた。誠は再びあの冷たい殺意を帯びた大男の笑みを思い出して背筋に寒いものが走るのを感じる。

「叔父貴のかつての部下だろ?調べたよ」 

「知ってるか……」 

「部下?調べたって……」 

 かなめのタレ目がしっかりと嵯峨を見ているのを見てアイシャは戸惑うようにつぶやく。

「前の大戦で胡州幼年挺身隊の隊長として俺の下にいたんだよ、アイツは。そこで俺に能力を見出されたのは良いが……」 

「そのまま人殺しが趣味にでもなったんですか?」 

「ベルガーは鋭いねえ。いつも通り情報元の安全のため詳しくは言えねえが……今は例の『ギルド』に属して荒事を専門に仕切っているそうだ。お前さん等も見たとおり、例の北川とか言う法術師がお守りでついているらしい」 

「最初から知ってたんじゃねえか?叔父貴」 

 かなめに突かれるとそのまま背を向けて外を向く嵯峨。それをみてかなめは嫌味のように敬礼するとそのまま部屋を出ようとした。

「私達もお手伝いしていいかしら?」 

「お姉さんは……賓客じゃないの」 

 アイシャの言葉に首を振りながらランとマリアに目をやるリアナ。仕方が無いと言うように二人はそのままリアナに釣られて廊下に出た。

「隊長も難しい立場なんだから。分かってあげないと」 

 リアナはそう言うとそのまま笑顔でクラッカーを鳴らす実働部隊や管理部員の輪の中へと飛び込んでいった。

「お姉さんは決める時は決めるねえ……やっぱりかなわねえや」 

 かなめはそう言うとそのあとに続いた。

「でも……良いんですか? 『ギルド』の面々はまだ身柄を押さえられて無いんですよ。僕達がこんなどんちゃん騒ぎなんてしてても……」 

「いつもいつも……水ばっか差しやがって!水差し野郎!」 

 誠の言葉にかなめはすばやく反応するとそのまま首にまとわりついてそのままヘッドロックを決めた。

「苦しい……」 

「しょうがないじゃないの。前から言っているようにこの法術の力。存在自体がタブーみたいなもののふたを開けちゃったんだから……ある程度の摩擦は覚悟しないと」 

「ほう、クラウゼが珍しいな。正論だな」 

「カウラちゃん。珍しいとは心外ね」 

 ニヤニヤ笑いながらのアイシャとカウラの言葉を聞きながらようやく首を万力のようなかなめの腕から開放されて息をつく誠。やってきたハンガーに張り出した階段から階下を覗いた。

 整備班員が大漁旗を振り回しながら万歳を続けている。その中心にはライトブルーと言うより白に近い色の髪のリアナの笑顔が揺れていた。

「まあ……あれだ。難しいことは後で考える。それで駄目なら叔父貴に押し付ける。それがうちの流儀だからな。気にせず楽しめばいいんだよ」 

「ずいぶんとまあ……お気楽なのね」 

「アイシャに言われる筋合いはねえよ」 

 じゃれながらもかなめもアイシャも笑顔だった。横を見ればライトグリーンのポニーテールを開かれたハンガーの扉から吹いてくる北風になびかせながら笑顔を浮かべるカウラがいた。

「寒いですね」 

「そりゃ冬だからな。まあいいや、とりあえずシャムのところに行ってジュースをあるだけ持って来い。足りなかったら買出しに行くから。パーラの車で行けば結構詰めるからな」 

「仕切るわね。かなめちゃん」 

「別に仕切っているわけじゃねえよ」 

 相変わらず口だけのかなめにせかされて誠は階段を駆け下りる。

「神前君!よろしくね!」 

 リアナが手を振るのを見ながら誠は笑顔でシャムが溜め込んでいるジュースのある一階の食堂に向かう。

 すべてはことも無く平和である。そんな当たり前の日々が帰ってきたことに誠は満足しながら走り始めた。


                                        了
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