レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
628 / 1,535
第52章 世は事も無し

世は事も無し

しおりを挟む
「開いてるぜ!」 

 めんどくさそうに叫ぶ嵯峨の言葉を聞くと扉が開いた。そこには噂のアイシャの他にかなめとカウラ、そして誠が神妙な表情で立っていた。

「遠くにいても始まらねえよ!こっち来い!」
 
 入り口で黙って歩哨の真似事をしているシャムと吉田を白い目で見ながら誠達は部屋に通された。

「お疲れ様だね。例の犯人の身柄の確保。結果オーライと言うところか?」 

「相手が相手とはいえ、一名負傷。室内戦闘の訓練が必要な感じだがな」 

 嵯峨の言葉に警備部部長として室内戦闘などの訓練の指揮を担当しているマリアの厳しい言葉が飛んだ。

「はあ、申し訳ありません」 

 片腕を落とされ腹に七発の銃弾を受けて義体を駄目にしたかなめが渋々頭を下げた。

「それにしてもアイシャ。まただな、艦長代理を頼むよ」

 椅子に座った嵯峨の見上げる挑戦的な視線にアイシャは余裕の笑みを浮かべる。 

「隊長の指示なら」 

「指示よりもオマエさんのやる気が重要だ。行けるか?」 

 嵯峨の言葉に部屋の中の人々の視線がアイシャに集中する。アイシャは照れたように自分の頬を右手でつつきながら嵯峨を見つめていた。

「できる限りがんばります」 

「まあいい返事だ。できないことはやっぱりできないからな」 

 アイシャの答えに満足したように嵯峨が笑う。それを見てリアナは手を叩いた。

「それじゃあお祝いしないと!」 

「酒抜きでな」 

「えー!」 

 マリアの『酒抜き』の一言にかなめが思わず叫んでいた。

「あのねえ、かなめちゃん。リアナお姉さんのお腹には赤ちゃんがいるの。分かる?」 

「だからってアタシ等まで酒禁止なのか?」 

 不満そうに周りを見るかなめ。だが誰一人として助け舟を出す様子は無かった。

「主賓が飲めないのに祝う側の人間が飲んでたら意味ねーだろ?そのくらい分かれよ」 

 子供のような体に似合わず酒飲みのランに言われてかなめがうなだれた。

「それは良いとして……シャム!」 

 衛兵の真似をしているシャムに声をかける嵯峨。声をかけられてすぐにシャムはドアを開けて飛び出す。そしてそんな彼女の相棒である吉田もあとに続いた。

「バーベキューの準備ですか?でも寒いですよ」 

 誠の言葉に嵯峨は苦笑いを浮かべる。

「一応うちでのしきたりみたいなもんだ。リアナには毛布でもかけておけば良いだろ?」 

「ええ、にぎやかなのは赤ちゃんも喜びますよ」 

 そんなリアナの一言に場は一気に和やかなものへと戻り始めた。そんな中、一人嵯峨は浮かない表情で誠達を見つめていた。

「ああ、そう言えばかなめ」 

「アタシ?」 

 嵯峨の声に振り返るかなめ。きょとんとしているアイシャも思わず嵯峨に目をやる。

「あの現場、とんでもない化け物がいたらしいじゃねえか……桐野だろ?」 

 何気なく言ってみせる嵯峨だがその目は先ほどと違い鋭い光をはらんでいた。誠は再びあの冷たい殺意を帯びた大男の笑みを思い出して背筋に寒いものが走るのを感じる。

「叔父貴のかつての部下だろ?調べたよ」 

「知ってるか……」 

「部下?調べたって……」 

 かなめのタレ目がしっかりと嵯峨を見ているのを見てアイシャは戸惑うようにつぶやく。

「前の大戦で胡州幼年挺身隊の隊長として俺の下にいたんだよ、アイツは。そこで俺に能力を見出されたのは良いが……」 

「そのまま人殺しが趣味にでもなったんですか?」 

「ベルガーは鋭いねえ。いつも通り情報元の安全のため詳しくは言えねえが……今は例の『ギルド』に属して荒事を専門に仕切っているそうだ。お前さん等も見たとおり、例の北川とか言う法術師がお守りでついているらしい」 

「最初から知ってたんじゃねえか?叔父貴」 

 かなめに突かれるとそのまま背を向けて外を向く嵯峨。それをみてかなめは嫌味のように敬礼するとそのまま部屋を出ようとした。

「私達もお手伝いしていいかしら?」 

「お姉さんは……賓客じゃないの」 

 アイシャの言葉に首を振りながらランとマリアに目をやるリアナ。仕方が無いと言うように二人はそのままリアナに釣られて廊下に出た。

「隊長も難しい立場なんだから。分かってあげないと」 

 リアナはそう言うとそのまま笑顔でクラッカーを鳴らす実働部隊や管理部員の輪の中へと飛び込んでいった。

「お姉さんは決める時は決めるねえ……やっぱりかなわねえや」 

 かなめはそう言うとそのあとに続いた。

「でも……良いんですか? 『ギルド』の面々はまだ身柄を押さえられて無いんですよ。僕達がこんなどんちゃん騒ぎなんてしてても……」 

「いつもいつも……水ばっか差しやがって!水差し野郎!」 

 誠の言葉にかなめはすばやく反応するとそのまま首にまとわりついてそのままヘッドロックを決めた。

「苦しい……」 

「しょうがないじゃないの。前から言っているようにこの法術の力。存在自体がタブーみたいなもののふたを開けちゃったんだから……ある程度の摩擦は覚悟しないと」 

「ほう、クラウゼが珍しいな。正論だな」 

「カウラちゃん。珍しいとは心外ね」 

 ニヤニヤ笑いながらのアイシャとカウラの言葉を聞きながらようやく首を万力のようなかなめの腕から開放されて息をつく誠。やってきたハンガーに張り出した階段から階下を覗いた。

 整備班員が大漁旗を振り回しながら万歳を続けている。その中心にはライトブルーと言うより白に近い色の髪のリアナの笑顔が揺れていた。

「まあ……あれだ。難しいことは後で考える。それで駄目なら叔父貴に押し付ける。それがうちの流儀だからな。気にせず楽しめばいいんだよ」 

「ずいぶんとまあ……お気楽なのね」 

「アイシャに言われる筋合いはねえよ」 

 じゃれながらもかなめもアイシャも笑顔だった。横を見ればライトグリーンのポニーテールを開かれたハンガーの扉から吹いてくる北風になびかせながら笑顔を浮かべるカウラがいた。

「寒いですね」 

「そりゃ冬だからな。まあいいや、とりあえずシャムのところに行ってジュースをあるだけ持って来い。足りなかったら買出しに行くから。パーラの車で行けば結構詰めるからな」 

「仕切るわね。かなめちゃん」 

「別に仕切っているわけじゃねえよ」 

 相変わらず口だけのかなめにせかされて誠は階段を駆け下りる。

「神前君!よろしくね!」 

 リアナが手を振るのを見ながら誠は笑顔でシャムが溜め込んでいるジュースのある一階の食堂に向かう。

 すべてはことも無く平和である。そんな当たり前の日々が帰ってきたことに誠は満足しながら走り始めた。


                                        了
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...